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僕の海岸物語 ~乗れるはずもなく~

前回のあらすじ:親の転勤をきっかけに海辺の町で一人暮らしを始めるマサオ。高校は卒業したが正職に就くこともできず、バイト先でイライラを募らせる毎日。優柔不断な彼が初めて自分の意思を口にしたものの・・・

***

「そういうんじゃなくって・・・、明日は無理です・・・。」

「ったく、役にたたねぇなぁ!」背中越しに聞こえたリーダーのつぶやきに苦々しさを感じる反面、気持ちはなんだか清々しかった。シフトでは遅番だったので、明日の日中にぽっかり空いた大きな時間の穴の埋め方を考えつけなかった。感情から発した言葉でポコっと空いた時間に戸惑う、何とも言えないもどかしさ。だがその反面、自分の意思をリーダーにはっきり言うことができた何とも言えない誇らさ。バイト代は減るのかなと気弱にもなりかけたが、自分を表現できたことの対価としては安いものだと割り切ることにした。親兄弟や気の許せる友達以外に言いたいことを言えたのは、大袈裟に言えば大人への扉を開けた気分だった。多少の後ろめたさは残りつつも、やり遂げた感覚の気持ちよさが胸の奥底からじわじわと滲み、ふつふつと湧き出してきていた。

翌朝ゆっくり目覚めると、清々しい晴天とは裏腹に時間の穴の埋め方に悶々とし、纏まりはしなかった。早出を断らなかったらバイト代が増えたのに、なんて思いを頭の奥の方に追いやって、この気持ちいい青空をいかに楽しむかを考えた。だが名案をひらめくこともなく、苦し紛れにとりあえず近所のビーチまで歩いてみた。

目の前に広がる海原からは、水平線の彼方から幾筋ものうねりが規則正しく押し寄せている。その壮大な景色は、心の苦しさをこのとき限りかもしれないにしても紛らわせてくれる。苦し紛れってこういうことかもしれないな。沖から寄せてくるうねりが波として砕け散る、ただそれだけの単純な繰り返しにマサオはただひたすら没頭していた。

「海は好きかい?最近ちょくちょく来てるよな?」
いきなり話しかけられて戸惑うマサオに遠慮なく話を続ける。
「海が好きならサーフィンしないか?教えてやるよ。」
「えっ、いや、まぁ。。。」
「気が向いたらいつでも声をかけてくれよな。手軽に海を楽しむにはサーフィンが一番だ。俺はいつでもここでサーフィンしてるから、やりたくなったら遠慮はすんなよ。」
「あ、ありがと」
「じゃあまたな、俺はノリ、よろしくな!」
「あ、はい・・・」

沖から打ち寄せる波に乗ることができればさぞかし気持ちがいいだろう。見ているだけでも気持ちよく、心が穏やかに広がるのに、それに乗るなんてどれだけ気持ちがいいのだろう?と想像が膨らんだ。だがノリの屈託のない態度は、逆に警戒心を膨らませた。波に乗る興味より、ノリの「好意」はマサオにとってかなり面倒なハードルになった。そして興味津々のサーフィンを始めるにはおせっかいな「好意」を受け入れるしかなかった。だが「そんなの無理だ」の答えを出すのに時間はかからなかった。

つづく

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