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僕の海岸物語 ~ただひとりから~

トンネルを抜け、道なりにカーブを過ぎると水平線が飛び込んでくる。わだかまりに埋もれた自分から、心を開いて本当の自分を取り戻せるように思えるこの瞬間。目の前に広がる景色はそれに重なり、毎日の現実からしばらくの間だけ離れることができる。そして緩やかな坂道を海沿いに下ると、朝日を受けた白波が眩しく目を細めてしまう。

「おはよう、マサオ」
珍しくノリが朝から来ている。週末の晩はたいがい飲み歩き朝はゆっくりと起きてきてみんなが海から上がった頃にやって来るノリが、もう来ている。
「さすがにこれは見逃せないっしょ!」と目くばせしながら海をみるノリ。ビーチに打ち寄せる3~4フィートのうねりは、きれいに斜面を続けながら白波となり砕けている。そして大型連休の翌週末のせいか人影はまばらだ。風もほとんどなく、サーフィンを楽しむには最高のコンディションだ。

ノリはその日の一番大きく一番形のいい波を厳選し、大きくゆったりとターンをつなぐグーフィーフッター。マサオは小刻みなターンで波の動きを読みながらアクションを仕掛けるレギュラーフッター。好みの波質が違うので、偶然に鉢合わせなんてあまりないのだが、そのどちらをも虜にしてしまう小悪魔的な波が打ち寄せてきている。夜の遊び人も朝からやって来た小悪魔の魅力にまいっているようだ。

***

転勤族の父親の仕事柄、海沿いを転々としてきたマサオ。友達ができ親しくなってきたと思ったら次の「勤務地」へと引っ越しを繰り返すため、親友と言える友達はいなかった。これからの進路を決めなければならない高校2~3年を過ごしたこの町はマサオの両親も気に入っていて、「定年後はここを終の棲家にしてもいいよな」は両親の口癖になっていた。特に漁師町で生まれ育った母親はここの魚介類を最高に気に入っていた。

高校3年の秋に突然父親の転勤が決まった。異例の昇進のため断る理由はないらしいが、突然の転勤にマサオは戸惑いながらも一人でここの高校を卒業し、仕事を探すことを決めた。田舎町の物価ならフリーターでもなんとかなるんじゃないかな?いざとなれば親元に戻ればいいやと気楽に考えてもいた。親友ができないせいか、何事も一人で考える癖がついてしまっていたのかもしれない。両親も「もう子供じゃないんだから」と尊重してくれた。

高校はすんなり卒業できたが、就職はすんなりとはいかなかった。フリーターでもいいかなと思いながらも正社員の仕事を探したが、肉体的に又は精神的にきつい仕事しかマサオにできる募集はなかった。「学校の勉強なんて世間に出て役に立つものなんてない、実践あるのみ!」の浅はかな目論見は、若気の至りか脆(もろ)くも崩れ去ってしまった。ネットでのバイト探し生活が、本人の意思や希望にかかわらず始まってしまった。

断り切れない性格が災いしてか、バイト先でもきつい仕事や時間帯を押し付けられることが少なくなかった、と言うよりも日増しに多くなっていた。その性格が幸いしてか、収入は想像よりは増えていった。だがそこには充実よりむなしさが募るだけだった。生きるためだけに稼ぐ生き方でいいのか?親の転勤について行って自分のやりたいことをやった方が、自分の目指す生き方により近いのではないか?と、心が揺れる毎日が繰り返された。

「マサオ、明日は早番に入って準備からやってくれよな。」
「リーダー、明日は無理です。」
「なんで?お前に用事なんかないだろう?」
「そういうんじゃなくって・・・、明日は無理です・・・。」

「ったく、役にたたねぇなぁ!」背中越しに聞こえたリーダーのつぶやきに苦々しさを感じる反面、気持ちはなんだか清々しかった。

つづく

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