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夜中に爪を切る

大昔、ほのかな油の明かりで爪を切っていた時代。もちろん爪切りなど便利な道具はないので、小刀で切っていた。
夜、そんなことをしていたら、ザックリ指先ごといってしまうので危ないよ、という戒めが『夜に爪を切るな』だという。

私の地元では、それが変化したのか『夜中に爪を切ると親の死に目に会えない』といわれてきた。

「お前なんかがデザイナーになれるわけがない」

当たり前に、そう母は言った。
デザイナー職への内定が決定し、その報告を行った直後だった。
なんともない、日常の風景のなかで、私の世界だけ歪んだ。喜んでもらえると思っていた予想は大きく外れて私の胸を突き刺した。唖然として言い返すこともできなかった。
内定しても、この人からは認められないのだ。

この後何十年も、今もまだ呪いにかかっている。

何か新しいことをやろうとした時に、必ず脳裏に浮かぶのである。

“お前なんかができるわけがない”。

精神科の先生が言うには、
「愛されて育った人なら、他人に、ましてや娘にそんな言葉をかけるわけがない。(母を)可哀想な人だと思いなさい」
といわれた。

その論理で言うと、母は祖母から愛されて育たなかった人ということになる。

しかし祖母は優しく、暴言や虐待からは程遠い人だ。
祖母が詠んだ詩がある。
『夫と子の 笑い声 背に 菜を漬ける』
自分は炊事をしながら、夫と子供らが庭先で遊んでいるの見るのが楽しみに生きてきた人だ。
娘を愛して育てなかったはずがない。

つまり母は、人が言われてどう思うか、考えない人だった。たとえ相手が娘であっても。

そのほかにも散々な言葉をかけられてきた。
「ここまで育ててやったんだから、愚痴ぐらい聞け」
「あんたはブサイクだから大人になったら自分の金で整形しなさい」
「あんたがやりたいって言ったから、介護させてやってる」
「(友人から貰ったプレゼントに対し)それはお前がバカにされている証だから、返してきなさい」
「姉(私)より弟の方がかわいい」
ま、それぞれに物語があるけれどもここは割愛する。

とにかく散々な呪詛を数えきれないほどかけられて育った。

だから今日も、私は夜中に爪を切る。

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