今日、私は美容院へ行った。
昨日予約してあり、母には、今日の〇〇時に美容院へ行くことを、朝、話した。
同居から住まいを変え、約半年。
一緒に住んでいた時とは違う感覚に、今なっている。
同居していた時から、掃除・炊事・洗濯は半々位していたが、
ちょっとした料理を少し分けてもらったり、以前からだが、
より付かず離れずな関係になったように、私は感じている。
ほぼ毎日、仕事の都合上、顔は出している。ただ、同じ屋根の下にいないというだけ。
そして、時間は少しずれたが、同じ美容院へ、同じ時間に滞在した。
私がシャンプー台に座って待っている時、目の前で母がヘアカットしてもらっていた。その景色をふっと見ながら、思わず感情が溢れた。
ああ、この人に育ててもらったんだなぁ。
言いたいこと、言ってきたかもなあ。
それでも、ずっとずっと、味方でいてくれてる。
父も同様。
ずっとずっと、味方でいてくれている。
当たり前かもしれないけど、
当たり前でない気もして。。。。
美容師さんが隣に来て、シャンプー台が横になり、
顔にタオルがかかった後、目から涙が溢れた。
本当、意図していなくて、自分でも内心びっくりしたが、
これも生理現象。
「感謝・ありがとう」という言葉では言い表せないものが、
自分の胸の中に疼いたのだと思う。
シャンプー台が起き上がり、顔のタオルが外された時、
目頭にたまった涙と、少し下に伝ったそれを、ぬぐった。
当たり前にいてくれているようで
当たり前でない存在
それが、親ってものなんじゃないかと思う
親が亡くなっている方もだんだん出てくる世代となってきたこと、親の同級生も亡くなっていたり、何かしら病があったりするようになってきた。
忘れないうちに、今日感じたこの感情を、
書き残しておこうと思う。
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