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ストレートパーマをかけるのをやめました[1]

これまでの人生に関する不和の原因について明確に意識しはじめたのはアメリカに留学していた時だった。

体調不良のため、学校に併設されているクリニックにかかったときのこと。これまでの病歴や家族の病歴などを記入する欄に、発達障害に関する項目があった。

当時は2011年。日本では発達障害に関する理解が今ほど浸透していない頃だったが、わたしはふと祖母の家がゴミ屋敷だったことを思い出していた。

どうして自分は他の人のように振る舞うことができないのか、その場に流れる暗黙の了解を理解することができないのか、できることとできないことの差が激しいのはなぜか、片付けが苦手でモノや金銭管理ができないのはなぜか、そういったいろいろなことには理由があるのかもしれない。そう思うようになっていった。わたしのこのちぐはぐな感じは、もしかして発達障害と呼ばれるものなのではないかという気がし始めていた。


どうやらこの世界には「正解がある場で正しく振る舞う」という暗黙の了解があるようだ。あるようなのだが、場に流れている文脈をうまく汲み取ることができないがために、しばしばトンチンカンな行動を取ってしまう。他の場面でもそういったちぐはぐさはよく目立っていただろうけれど、こと労働においてそういう欠陥は致命的だ。

大学進学まではクリアできた。しかし、人生はそこで終わってはくれない。肝心なのはその後だ。圧倒的に労働に向いていないとうすうす気がついていたわたしは、就職活動に向き合うことができなくなった。リクルートスーツを着たのは5回ほど。就職活動をしようとすると、すさまじい拒否反応がでてしまう。労働への圧倒的なコンプレックスからだったと思う。

わたしは、仕事ができない。
わたしの仕事のできなさはもう、圧倒的だった。

かねてから、アルバイトが苦手だった。
レジのアルバイトでは、お金が合わない。精算時に自分の財布から不足分を払わされることは茶飯事だった。どんなにお釣りを数えながら渡しても、数日に一度は必ず合わない。ぶどう狩りのアルバイトでは、隣の畑のぶどうをナチュラルに狩っていたことがある。もちろん怒られた。ラジオ局のアルバイトでは居眠りしてしまう。歯医者のアルバイトでは、仕事が遅いのに雑だと怒られた。カレー屋のアルバイトでは、カレーの容器を正しくセットできない。ここは4日でクビになってしまった。正しい時間までに出勤するということも苦手だ。遅刻は日常茶飯事。仕事の間も、物事に注意を向け続けていられない。人の説明がうまく理解できない。正しい動作ができない。従業員として望まれていることはきっとこういうものだということはわかるのだが、それを自分の頭や体に落とし込んで実行することができないのだ。とにかく、最低限の働きもままならない。焦りはさらにミスを生んでしまう。まじめにやらなければと思えば思うほど、どんどんわけのわからない方向へと進んでしまう。労働は完全に恐怖だった。

そんな中、なんとか就職した。社会人になったら真面目になれるだろうか。毎日労働に向き合えば、自分も活躍できるようになるだろうか。そう思ったが、会社での業績は相変わらずふるわないまま時間だけが過ぎた。

その後、転職もした。転職を機に上京したが、その数ヶ月前にわたしはついに精神科を受診した。みんなのように「普通に」働けるようになるのなら、薬を飲んだっていい。自分が変わることに対して、ネガティブな思いよりも「そうしなければならない」という義務感のほうが勝っていた。

幸いなことに、担当の医師は親切だった。説明も丁寧だった。知能テストを受けた結果、言語生IQは少し高かったが、動作生IQが少し低かった。この差があるほど、バランスが取れずにちぐはぐになるのだという。わたしのどんくささはそういうことによって生まれているのかもしれない。そして、テストや過去・日常の様子から判断するに、発達障害の傾向があるとの診断が下りた。医師は言った。「治療をするかしないかはあなた次第です。」

薬を飲むことや、治療をすることが必ずしも必要なわけではない。自分がどれだけ困っているか、それによって選べば良い。医師の言い方としてはそういう感じだったと思う。

わたしはとにかく自分自身にすさまじい不自由さを感じていた。「普通になろう」とすることに心血を注いでいきてきたというのに、さして報われないことへ嫌気がさしてきていた。

日常で頻繁に現れるちぐはぐさや、発達障害に由来する欠陥は一生かけて潰していかないといけない。そして、強く自分を変えて行けさえすれば世の中に求められる人材になることができる。仕事ができるようになり、そして普通の振る舞いさえできるようになれば、苦手な恋愛にも挑戦できるだろう。みんなが持っている幸せを手にする権利を得ることができるはずだ。そう思ってわたしは投薬治療をスタートすることにした。

薬を飲むと、脳の感じがすこし変だなという気がした。気のせいかもしれない。しかし、強烈な副作用が出たのは2日目の夜だった。空腹の状態で服薬をしたら、胃腸炎かと思うほどの激しい吐き気に襲われ、数時間にわたりのたうち回った。外出先で知り合いがいる場だったので周囲の人たちはさぞ驚いたことだろうけれど、わたしはぐったりしながらトイレで吐き続けた。


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