日帰りで博多へ行った話の続き
福岡空港は過去に2回利用したことがあった。
一回目は仕事で、2回目はプライベートで。そのどちらもギリギリまで予定が詰め込めたのはなんといっても空港が便利な場所にあるから。
到着して30分後にはもうわたしは目的地「博多座」の前にいた。
メインキャスト8名の大きなポスターが貼られた窓を何枚も撮影した。
推しの顔にどうしても光が反射する。
ちょっとずれたら反射しないのかも、もうちょっとかな、このへんはどうだ、うーんだめだな。
じりじりと移動しつつスマホの角度を変えて撮影する人が階段あたりにかたまっている。
それぞれの推しは違えども、皆うっすら半笑いでスマホをのぞいているのは同じで、きっとわたしもあの顔をしているはずだった。
そしてその顔のままわたしは博多座へ足を踏み入れた。
ふかふかの絨毯を踏みしめながらエスカレーターに足を乗せ2Fヘ向かう途中でふと見ると、先ほどの窓の内側にまったく同じポスターがそのまま貼られているのに気がついた。
そうだった!内側にも同じ顔があるんだった、それも外側向けと同じポスターなので目の前にどどんと超ビッグサイズで、おまけに推しの顔の前にはベンチまであるんだった。
あかん。
エスカレーターでするすると2Fヘ運ばれながら、わたしはそうはっきり口に出していた。前の人が振り向いたがどうでもよかった。
終演後じゃ絶対撮影なんかできないだろうし、どう見ても今すいてるし。
2Fへ着いてそのまま横の階段で降りる。
チケットもぎられちゃったけど大丈夫かな、写真撮るだけだしいいよねいいよね、とそっちにばっかり気がいって足元がおぼつかなくなり(なんといっても変形性膝関節症患者は階段、特に下りに弱いのだ)最後の一段でつまづき、ダダン!とまるで歌舞伎で見得を切るようにわたしは1Fに着地した。
もぎってくれたお姉さんともうひとりのお姉さんが振り返り「大丈夫ですか!」と手を差し伸べてくれたのに手を軽くあげて応え、わたしは何事もなかったかのように「あそこの写真だけ撮りたいんですけど」と笑顔でポスターを指さした。
人が少ないタイミングで本当によかったと思った。
ただ人が少なすぎて、わたしは背中にずっとお姉さんの視線を感じていた。
誰の写真撮るのかしら、絶対踏み外したくせにめっちゃスカしてたわあの人、ああ大倉孝二さんね、あの人大倉さんのファンなのね、あのスカしてた人大倉さんのファンなのね、大倉さんだけ撮って帰ってきたわ、からの、
「はい、再入場ですね、どうぞ〜」
だったに違いないとわたしは思っている。
わたしがお姉さんなら絶対そう思う。
わたしのせいで、転びそうになったくせにスカして誤魔化したファンがいるなどと推しの評判を落としてしまったかもしれない申し訳ない。
「兎、波が走る」がどれほどすごかったかは前回も書いたし、きっと素晴らしいレビューもあちこちでいろいろ載っていると思うので遠慮するとして。
実は今回、わたしにはもうひとつ大事なミッションがあった。
SNSで知り合ったチーム推しの皆さんから、終演後みんなでお茶しませんか、とお誘いを受けていたのだ。
大千穐楽ということもありわたし以外に4人が博多座に集結するという。
どうしよう、と思った。
SNSでは仲良くさせてもらっていてなんとなく人となりはわかっている。
みなさんおもしろくていい人ばかりだ。
みなさんはいい人だけどわたしは。
直接顔を合わせて楽しい人柄ではないことには自信がある。
いいトシして人見知りだし緊張しいだし、話もおもしろくない上にいざ口をひらけば毒ばかり吐く。
きっと気を使わせてしまう。
この博多座という空間に、一日のうち必ず数時間をネット上で一緒に過ごし、いろいろなことを語り同じことに怒る、そんな近しい人たちがいるはずで。
そして、そのひとたちもわたしと同じく推しのポスターの前で膝から崩れそうなのを我慢したはずで。
そんなひとたちと直接話せる機会なぞめったにないはずなのに、
軽く「いくいくー!」と返信すればよかったのに、
小心者を拗らせているせいでどうしても勇気が出ないままとうとう終演を迎えてしまった。
まずい。
一応お土産はあるが勇気がない。
ということで、やはりここはもともと行く予定にしていた櫛田神社に行った。
ぽてぽてと向かっている途中で雷が鳴り出し、お参りしているうちに小雨まで降り出した。気持ちを落ち着けたかったのに、かえって雨に追い立てられるようにして博多座へ戻る羽目になってしまった。
どうしよう。
雨はどんどんひどくなるし、うみゃーっ手羽4Pは重い。
えいくそ。
わたしは会合場所のカフェの扉を開けて符号を唱えた。
お店の人に指さされたテーブルには4人の穏やかそうなひとたちが座っていた。
「……こ、こんにちは」
にやにやしながらぬぼっと現れた派手なおばさんに、4人の動きが止まった。
ああごめんなさいこんなんで。
でも動きが止まったのはほんの一瞬で、次の瞬間には「来てくれたー!」と大歓迎してくれ、わたしは遅くなりました的なことをモゴモゴ呟いてそのまま席にぬるりと座った。
なぜこういう時スッと自己紹介ができないんだろう。
でもそんなわたしを変に気に掛けることもなく自然に会話は続く。なんてありがたい。初対面なのにかしこまることもなく、話が尽きることもなく。
そしてわたしの前にはやはりおしゃれなお菓子が山積みになった。
「よかったー来てくれてー」と渡されたお土産はどう見ても、今回のために考えて選んでくれたであろう美味しそうなものばかりで、わたしは空港の無人販売で買ったうみゃーっ手羽を出すのを躊躇した。
うみゃーっ手羽って。
なんでよりによってこれにした、俺。
いや、美味しいんだけど。美味しいんだけどさ。
コレジャナイ感満載。
沼のみなさんは個性豊かでやさしい大人の女性ばかりで。
SNSで話してるそのまま、話もおもしろくて、わたしはただひたすら、うんうんとうなづいてニヨニヨ笑ってるだけであっという間にお別れの時間。
わたしはみなさんと会えた嬉しさとうみゃーっ手羽4P分軽くなった気持ちで、また福岡空港に向かった。
またいつか会う機会があったら今度こそもじもじせずスマートに爽やかに話せたらいいなと思う。
でもそんなことができたらそれはもうわたしではなく別人。
帰りのヒコーキは駅の券売機のようなチェックイン機でチェックインした。
鬼簡単だった。
ただ席が選べるほど残っていなかった。仕方ないので3人がけの真ん中に座った。
窓からの夜景はとても綺麗で写真が撮りたかったのに、窓際のお兄さんはずっとスマホでゲームをしていた。一瞬も窓の外を見なかった。
それならなぜ!窓際を取ったのだ!
ヒコーキに慣れとるんか。
外を見ないんなら席代わってくれよ。
くっそ、ちょっといいですかーって手ぇ伸ばしてガラスにスマホをぴたっとあてて撮影したろうかしゃん。
などと大人げないことを考えてる様子も見せず、わたしはスンとしたままセントレアに無事到着した。
終わっちゃったな。
足のことも含めてもうこの半年はこれだけをよすがに過ごしてきた。
でもまた推しは舞台に出るだろうし、なんならドラマだって始まるし、そしたらきっとまたSNSでギャーギャー盛り上がるに違いない。
今度はそれを楽しみに日々過ごしていかなくては。
それにしても。
ヒコーキで往復3時間(帰りのヒコーキの離陸が混んでて30分くらい遅れた)、観劇で2時間ちょい、座った状態でがっちり全く動かせなかったせいかまた膝がたいそう痛くなっている。
まだまだ整形外科通いは続きそうだ。
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