ラッシュライフ

ゴール手前八合目強。彼の人生はいつもそんなところで挫折した。

「世界には、神の仕業としか思えないことが時々現われるんだ」

「日本人は都合のいい時だけ神をでっち上げて、祈るそうですよ」

「正義だとか悪だとかそういうのは見方によって反転しちまうんだ」

オープン記念の半額サービス券がばら撒かれていた。京子もそれを使ったのだが、味まで半分に薄められているのではないか、と勘ぐってみる。

可能性とは、ゼロでなければ、起こりうることを意味するのだ。

人は、「恋愛ごと」と、「生死」に関すること以外であれば、どんなに意外なことに直面しても、その程度の時間で、現実を受け止められるのかもしれない。

捨てようかとも思うが、手に入れたものを簡単に手放す気にもなれない。

「計画なんて大まかでいいのよ。細かいスケジュールは、逆に行動を縛っちゃうの。わたしの診療所に来る人たちはね、大抵そういう人たちよ。几帳面で、真面目で、自分の立てた目標で苦しくなってるわけ」

人の想像は悪いほう悪いほうへと広がっていく。

「最近こういう話を聞いたよ。災害が起きた時、例えば大地震だとか竜巻だとかね、そういう時に親が落ち着いていると、子供はトラウマにはならないらしいんだ。反対に、親がパニックになって大騒ぎすると、助かったとしても子供には精神的な傷が残るらしい」
「何が言いたい?」父の声はそう言った。くすくすと笑っているようにも聞こえた。
「親がしっかりしてれば子は元気だってことだよ」

すべての色ってのは赤と青と黄から作られているんだ、だから信号は守れよ

自分の冴えない人生を、子供に挽回させるようなことは止めてほしかったのだ。

若者は自分のことを棚に上げることに関しては、秀でている。棚に上げたきり二度降ろさないのがあいつらのやり方だ。

「この原始的な動物ですら、同じことの繰り返しよりも自殺することを選ぶ」
「人間なんてなおさらだよ。何十年も同じ生活を繰り返し、同じ仕事を続けているんだ。原始生物でも嫌になってしまう、その延々と続く退屈を、人はどうやって納得しているか知っているか?『人生ってのはそういうものだ』とな、みんなそう自分に言い聞かせているんだよ。それで奇妙にも納得しているんだ。変なものだ。人生の何が分かって、そんなことを断定できるのか俺には不可解だよ」

「誰だって初参加なんだ。人生にプロフェッショナルがいるわけがない。まあ、時に自分が人生のプロであるかのような知った顔をした奴もいるがね、とにかく実際には全員がアマチュアで、新人だ」

「こういう片づいた部屋に住んでいる男は、考え方もシンプルだ。シンプルであることが最良だと思い込んでいるタイプだな。金は金庫に入れて隠すものだと思い込んでいる。しかもその金庫は、書斎にあるべきだと信じて疑わない。あるべきものはあるべき場所にないと気が済まないんだ。蜜柑は鏡餅の上に、鳩は時計の中に」

「集中力のあるやつは、気が抜けると呆然としてしまうらしいな」

「考えないほうがいい。気をつけろ。必死に考えれば考えるほど裏目に出ちまうんだ」

分かり合おうとするから、辛いのかもしれない。相容れないもの同士なのだ。それを前提にすれば、気は楽だ。

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