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お前が何かに失敗したとしても、俺は絶対にお前にがっかりなどしない。 #呑みながら書きました

どうして、ワールドカップに出るような人たちが、圧倒的に有利な状況でPKを外すのかっていうと、蹴るのがロボットではなく人間だからだよ。(ここでジャックダニエルを舐める)

道路に引かれた幅20センチの線の上を歩くのは簡単だけど、高層ビル間に渡された幅20センチの橋の上を歩くのは、難しいでしょう。技術的には同じなのに。じゃぁ、線の上をひたすら正確に歩く練習をしたら、高層ビルの間を上手く渡れるようになるかっていったら、ある程度、成功に貢献するかも知れないけれど、問題はそこじゃないってわかるでしょう。

オイラも少しサッカーやってたからわかるけれど、PKってのは絶対にキッカーに有利にできている。でも、蹴る側から見たゴールってのは、いかにも小さく見えるわけよ。なぜか。それは、技術的には同じことでも、状況がパフォーマーの認知を歪めているからだよね。

今、ここ!

技術的な話をするとしたら、練習して獲得した「ボールを蹴る技術」を、プレッシャーがかかった場で確実に発揮する科学的な方法、これが大事なんじゃないのかね。

よく、心技体なんていうけれど、技は体によって発揮されるのだから、技と体はいつも繋がっている。しかし、心は体を介してでしか、技に繋がれない。だから、心を持つ人間が、パフォーマーとしてその瞬間に何かをデモンストレーション(体現)する場合は、心が今、この瞬間の体に完璧に随伴していなければならない。

要するに「今、ここに集中する」あるいは「心と体の接続を切らさない」ってことだけど、これがいうほど簡単じゃない。

PKは、これがてきめんに出る。「外したらどうしよう」とか「前にも外したことがある」などと、「未来」や「過去」のことを考えたらもうだめだ。パフォーマンスを発揮するその一瞬一瞬に心が同じ速さでくっついていかなければならないところに、突然未来や過去のことを考えるパルスが走ると、心と体の連携が切れて、同時に体によって発揮される技もうまくいかない。心技体がバラバラになる、だから、どんなに技術のあるプレーヤーでも、PKを外すわけでしょう。技術を発揮する体、その体を制御する心が体と繋がっていなければ、いくら練習したってその技術の発揮はおぼつかなくなる。

パイロットやってるオイラにはこれがよくわかるのよ。パイロットの仕事も、現場に自分の体を持っていって、技を発揮して、結果を出す仕事だからね。この心技体のつながりってのは本当に大事で、いくら練習していてもちょっと油断すると途端に未来と過去がオイラの意識を誘惑するわけよ。「この前の着陸は微妙だったな」とか、「今回もおんなじ感じになったらやだなあ」とか。

そうじゃなくて、結果を出したかったら、パフォームしている最中は体の思うままにやらせるのが一番なのね。難しくごちゃごちゃと横風とかフレアの計算とか始めるともーだめだね。こたえは体が知っているって自分の体を全面的に信頼した場合にのみ、つまり、健全な自信がある場合にのみ、ちゃんとうまくいく。

父親がいうべきこと

オイラには2歳になる息子がいる。大それた教育方針はないけれど、強いて言うなら「W杯でPKをのうのうと蹴ることができる」ようなやつに鳴って欲しいと思っている。ここでは何も、本当にサッカー選手になってPK蹴って欲しいって言っているわけじゃない。

1人の人間のありようとして、「W杯のPK」っていう状況を比喩に使っただ。もちろん、息子がめちゃめちゃサッカー好きになってW杯にでないとは言い切れないけれど、別にサッカー選手だけに与えられるもんではないでしょう、「PK」ってのは。

誰にだってあるはずでしょ「PK」は。あらゆるところに転がっているよ。失敗が許されない状況で、当たり前のことを当たり前のようにやって当たり前の結果を出さなければいけない状況なんてのは。

でも、日本の社会の教育で育った人は、PK外す確率高いと思うよ。単なるオイラの意見だけど、自分自身のことを振り返ってもそう思う。だって、

正解はどこかにたったひとつだけあって、それは誰かから与えられるもので、子供の態度として最も望ましいのは、その誰かから与えらえる正解を得るためだけの努力に疑問を持たずに邁進すること、なんだから。

そういう教育を受けて育った人は、人から与えられる正解が見えない自分はダメな子って言われて育つわけだから、PKなんか決められるわけないでしょう。結局PKは、徹頭徹尾、自信だけの問題なのだから。

じゃぁ自信ってどうやってつくかっていったら、オイラはこう思うのよ。それは、

お前が何かに失敗したからといって、俺は絶対にお前自身にがっかりすることはない。結果にかかわらず、挑戦したこと自体を誇りに思う。お前の親孝行は、誕生日で全部終わっている。だから何が起きようとヘノヘノカッパだ!!

って伝えることだと思うんだよね。特に、父親がそういうべきだと思うよ。

幼い頃から、「お前は大丈夫だ」と言われ続けていれば、自信なんてものは自然に沸くようになるよ。で、普遍的な自信があれば、蹴る瞬間にあれこれ今ここ以外のことを考えることは少なくなるよ。

PKを蹴る時のエムバペの顔を見たでしょう。ゴール裏のアルゼンチンサポーターの威圧の中、自分のことをこれっぽっちも疑っていない顔。案の定、彼は決めた。当たり前のことを当たり前にやった。

高層ビルの間の間をひょうひょうと歩いて。

たくさんの方々からサポートをいただいています、この場を借りて、御礼申し上げます!いただいたサポートは、今まではコーヒー代になっていましたが、今後はオムツ代として使わせていただきます。息子のケツのサラサラ感維持にご協力をいただければ光栄です。