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南九州ウイスキー紀行[本坊酒造マルス津貫蒸溜所]

九州、特に鹿児島や宮崎などの南九州では、焼酎がよく飲まれる。当然、焼酎造りがさかんなのだが近年、この地で造られるウイスキーが高い評価を得ている。恵まれた自然条件を生かし、短期間で、世界的に注目される「ジャパニーズ・ウイスキー」の一翼を担うようになった南九州のウイスキー、その蒸溜所を訪ねる。(ひととき2024年5月号「南九州 ウイスキー紀行」より

九州産ウイスキーはここから始まった

 鹿児島市内から車で約1時間半。薩摩半島の西岸を縦走する国道270号線をひたすら南下すると、緑豊かな起伏の連なりから、突如、黒い直方体がにゅっと姿を現す。本坊ほんぼう酒造マルス津貫つぬき蒸溜所である。

マルス津貫蒸溜所は、ウイスキーの仕込み水となる良質な水が湧く盆地にある

 本坊酒造は鹿児島の地で創業150年を誇る焼酎メーカーの雄だが、2016(平成28)年からここ津貫でウイスキーも造っている。しかも、2023年にはわずか7年目にして、世界的な酒類コンペティションで最高賞を受賞したというから驚く。

お勧めは3種の味と香りを楽しめる飲み比べセット。写真は2022年~24年のエディション(限定版)。「共通するのは余韻の厚みとふくよかさですね」(草野さん)

 本坊酒造のウイスキー造りの原点は、創業者・本坊松左衛門の七男・蔵吉の学生時代の恩師が岩井喜一郎だったことにある。岩井は「マッサン」こと竹鶴政孝をスコットランドに派遣して、日本のウイスキー造りの基礎を築いた人物のひとりである。

 本坊酒造のウイスキー事業は岩井の指導のもと1949(昭和24)年に産声を上げているが、地ウイスキーブーム後の需要低迷期にはウイスキーの蒸留を休止せざるを得ない事態に追い込まれている。しかし2008(平成20)年頃からのハイボールブーム、そして「イチローズモルト」で知られるベンチャーウイスキーの秩父蒸溜所が注目を浴び、本坊酒造も2011年、長野県にあるマルス駒ヶ岳蒸溜所での蒸留を再開。2016年にはマルス津貫蒸溜所と屋久島エージングセラーを竣工し、かつては風前の灯だったウイスキー事業が、いまや同社の屋台骨を支えるまでに成長した。

 ウイスキー造りは糖化、発酵、2回の蒸留、熟成という工程を踏む。各工程の微妙なさじ加減やポットスチル(蒸溜釜)の形状、貯蔵熟成用の樽、貯蔵庫を取り囲む環境の相違などによって、ウイスキーの味と香りはダイナミックに変化する。

津貫のポットスチル。きれいになりすぎない、さまざまな成分を含んだ重厚な原酒が採集できる設計になっている

 若きブレンダー、草野辰朗さんが蒸溜棟の中を案内してくれた。
「津貫のコンセプトは”ディープ&エネルギッシュ”。ウイスキーというと樽熟成を思い浮かべる方が多いと思いますが、私は蒸留前のウォッシュ(もろみ)造りまでの工程で品質はほぼ決まると考えています。津貫は、全ての工程をヘビーで厚みのある原酒を造るために集中させています」

蒸溜釜から出たばかりの透明な荒々しい液体、ニューポットをチェックする草野さん

 蒸溜棟を離れて、石蔵樽貯蔵庫に向かう。

 ウイスキーは冷涼な環境で熟成させる印象が強いが、鹿児島の温暖な気候の下で一体いかなる熟成が行われているのか、興味深いポイントである。
「津貫は寒暖の差が大きく、冬場は摂氏0度まで下がり、夏場は36度くらいまで上がります。温暖な環境では熟成が早く進み、樽の香味成分が一気に出てきます。ですから、若くても熟成感のある香味を感じることができるのです。今後の課題は、この温暖な環境での長期熟成に向いた原酒を、いかに造るかということですね」

 南九州の一酒造メーカーが、ウイスキーを介して世界と対峙している。

 琥珀色のボトルの向こう側には、巨大なグローバルマーケットが広がっているのだ。

蒸溜所に隣接する、2代目社長・本坊常吉の旧邸宅「寶常〈ほうじょう〉」では、日本庭園を眺めながらマルスウイスキーを堪能できる。庭園の池は仕込み水と同じ湧水 

文=山田清機
写真=雨宮秀也

──この旅の続きは、本誌でお楽しみいただけます。鹿児島県西岸の海辺に立つ嘉之助かのすけ蒸溜所のバーでは眼下に広がる砂浜の景色に息をのみ、宮崎県中部、標高1,405メートルの山懐に抱かれた尾鈴山おすずやま蒸溜所では、世界的に注目されるようになった「ジャパニーズ・ウイスキー」の和の味わいに迫ります。ぜひご一読ください。

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マルス津貫蒸溜所
[所]鹿児島県南さつま市加世田津貫6594
☎0993-55-2121
[時]9時〜16時
[休]臨時休業あり*見学は予約可、現地受付あり
[料]無料
https://www.hombo.co.jp/visiting/tsunuki/

出典:ひととき2024年5月号

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