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メイキング・オブ・新宿の日 国立競技場でのJFLの試合に11,150人の観衆が集まるまで

ご無沙汰しています。井筒です。

早速ですが、現在、僕はクリアソン新宿というサッカークラブで、ブランディング諸々に関わっています。

そのクリアソン新宿が、1週間前の4月9日(日) に国立競技場でJFLの試合をしました。"新宿の日"と題して、試合だけではなく街を巻き込んだ興行をして、11,150人が集まりました。

ワンショットですが、J2にも負けず劣らずの集客を達成したところで、ブログを書こうと思い立って、試合が終わってから構想を練り、ペンを握っています。

はじめに: チケット"ばらまき"の是非

クラブは入場者 11,150人の内訳を公開しています。いわゆる "ばらまき"と呼ばれるような行為はしていないというメッセージです。もちろん、招待として来てくれた人もたくさんいますが、顔の見えていない人に対して数千枚単位でのキャンペーンなどはしていません。

そもそもサッカークラブにおける入場者数は「チケット売上」として、貴重なキャッシュである一方、どれくらいの人が実際に足を運んだのかというのは、そのゲームや、そのクラブへの期待値としてシンプルかつ最も重要な指標です。そのために、先に述べた「売上」と「動員」を天秤にかけて「動員」を取る、そのための方法の一つとして、不特定多数に向けた無料チケットの"ばらまき" をする場合もあるということです。

僕はそれを狡いことだとは思いません。「一度 無料で来ると、有料で来なくなる」 vs 「一度 来てもらわないと 何もはじまらない」論争はありますが、これはマーケティング上の議論であり、狡いとか汚いとかとそういう話ではありません。クラブや市場の状況によって、チケットをプライシングをするというだけのことです。そもそも、何十億円をかけて制作された映画が、月額数千円で無限に快適に視聴できる時代に、無料だからといって興味がないものには誰も行きません。「無料なら行ってやろうか」みたいな人は、そのクラブの企業努力によってすでに獲得された優良顧客だと言えます。

話を戻すと、僕がここで言いたいのは、今回のクリアソン新宿は、"ばらまき" をしなかったというだけのことです。たくさんの人に有料で来てもらった、粗利でプラスになる状態まで持っていった。それがどのようにして実現したのかという舞台裏を書きたいということです。

1月某日:国立開催決定、正月気分はfaraway

おそらく年末か年始だったと思います。これくらいのタイミングで、内々定のようなものが出てプロジェクトが動きはじめました。

昨年の10月9日に開催したときよりもこのフェーズに入るのが遅く、準備期期間の短さに戦々恐々としたのを覚えています。さらにこの時期は選手の出入り、法人パートナーの契約更新、新体制発表会、開幕戦…と、ただでさえ大変な時期で、絶対量もさることながらマルチタスクを強いられること必至。

しかし、新宿区のクラブとして、新宿区にある国立競技場で試合をするということは、最もレバレッジの効く施策なので、みんなの脳みそを「やるかやらないか」ではなくて「どのようにやるか」に使うことを決めてスタートを切りました。社内のファミリー感は、こうした有事のときこそ重要だなと思うのです。

このタイミングで、スピーディーに動きはじめたことは以下の通りです。

チケッティング

昨年同様、チケッティングをイープラスに一本化しました。普段のホームゲームでは、自社のECと紐付けた別のチケットシステムと併用しています。この方が個人情報を獲得して、次回の試合の告知をしたり、マーチャンダイジングの方に流したりできます。しかし、それをキッパリ諦めています。理由はイープラスの場合、紙での発券ができるからです。

例えば団体に買ってもらう場合、メールベースで注文を受けて、紙を郵送をするということをしていました。オーダーが入るとエクセルで作成した消し込み表を操作する、オンライン側とのダブルブッキングが起きないようにする。工数や、これ以上の規模になっても対応できるのか問題はありつつ、後述しますが、我々の営業方法から逆算して意思決定をしています。

国立競技場との運営の調整

国立は巨大なラビリンスです。円形なので地下の外周を回っていると自分がどこにいるかもわからなくなります。加えて、1000枚くらいある扉、100個くらいある部屋のどこを使ってどこを使わないのか。稼働させるべきエレベーター、動線は、それに伴う配置…。企画も詰まり切っていない中で、国立、そして警備会社とMTGを重ねます。

彼ら彼女らからすると日常茶飯事なので、基本的に慣例を持っています。しかし、クリアソンと、何よりクリアソンのファンたちはその慣例を知りません。固定のスタジアムを使わないことの難しさがここにあります。まったく知識がない人に対しての準備となると、アナウンスや、場内の掲示、想定されるリスクが膨れ上がります。

コンセプト "新宿の日"

昨年に決めて、今年も踏襲されたものです。これはfootballsitaの記事にも書きました。

オフィス5Fの会議室にホワイトボードを並べて、クリエイティブディレクター、アートディレクター、そして僕で、この試合のコンセプトを決めた。JFLの試合だけで、国立を味わい尽くすのはちょい厳しい。僕たちがやろうとしているのは何なのだろうということでいくつかのメタファーを持ち出したが、結論、まあ「フェス」だろうと。新宿の様々なコンテンツを持ち込んで、これは「新宿の日」だろうということで、タイトルが決まった。

「JFL史上最多動員を記録。当事者が明かすクリアソン新宿、国立開催の舞台裏」
footballista 2022.10.14 井筒陸也

クリアソン新宿は、サッカーを人や街の媒介として利用したいということを公言しています。これはサッカーの可能性を低く見ているのではなくむしろ逆です。当たり前ですが、みんなが崇めるヒーローにもなれるのがサッカーです。実際、この試合で2得点を決めて逆転に導いた佐野翼は、今、新宿で神扱いを受けています。ただ、それだけではないということです。サッカーは、そうした文脈で応援する以外にも、とりあえず集った人たちの真ん中にとりあえず置いておく「盆踊りやぐら機能」もあるということです。

サッカーの試合だが、お祭りのような一日でもある。それが、僕たちの目指したところです。


2月上旬〜:ローラー作戦と人望

まず、動き出すのは営業です。動作も金額も大きい toB領域 から営業をかけはじめます。

toB

そもそも、クリアソンがサッカークラブを事業としキャッシュを生み出せるようになったのは、ここ3-4年のことです。それまで(そして現在も)サッカーだけではなくスポーツを使った研修、またはアスリート人材のHR支援などをしてきました。だからスポンサードではなく、ビジネスとして他社と組むという思想がデフォルトで備わっています。新宿という地の利もあり、とにかく関係のある企業にアポイントを取る、抱えている課題やニーズをヒアリングし、それを国立での試合に掛け合わせられないか…営業チームはそんな提案を重ねました。

あとは、協賛いただいた企業は軒並み新宿に対してのロイヤリティーが高い。どれだけロジックを詰めても、最後はロマンでクロージングする場合もあります。プレイヤーもそうですが、スポーツなんて酔狂でないとできない部分もあります。新宿の街を盛り上げる機会に、日本のナショナルスタジアムを使えるということも相まって神輿を担いでくれた。百貨店がわかりやすいですが、本来は競合他社とも言える各企業も無礼講といった気配でした。


髙島屋、東急(歌舞伎町タワー)、マルイ、ルミネ、京王百貨店、伊勢丹…(クリアソン新宿 HPより)


toC

企業だけではなく、地域にもコンタクトを取ります。地域の自治会・商店会も、コロナ移行は集まる機会が減少している中で、観戦ツアーのようなパッケージにしました。この辺は、特に選手兼社員が足を使ってやっていたところです。

また、新宿の学生にも、パフォーマンス系のサークルが中心でしたが、国立でパフォーマンスができることを新歓(新入生歓迎会)の場にしてもらいました。

チケットのところでも触れましたが、これらの場合は、個別に対応しまくっているので、紙のほうがフレキシビリティがあったということです。担当レベルで、枚数の決定、座席の選択、決済からチケットの差配までをほぼ最後までフォローするイメージです。

大量の知人

あとは、社員や選手が直接連絡できる人たちへのアプローチです。"友人"もそうですが、事業を通じて知り合った "知人"のほうが人数は多いかもしれません。クリアソンの社員や選手の特徴は、周りにこうした人たちが多く抱えていて、普段からマメに連絡をしているところです。思えば、サッカーは、週一回、年一回という頻度で、近況報告ができるコンテンツです。そして、みんなそれをマメにやっています。実際に僕も、大学にいるとき、Jリーグにいるとき、丸山(社長)や竹田(CSO)から頻繁に連絡が来て、結果的にリクルーティングまでされました。

今回も、複数のクリアソン関係者からお誘いが来まくった人もいると思います。本当にすいません。ただ、こうしたとき、いつも「告白はすべき理論」を思い出します。相手にとって自分は付き合いたい対象ではないかもしれないが、だとしても告白されて嫌な気はしません(概ね)。だから、素直にアタックして見るのは、誰も不幸にはならないということから、好きなら告白はすべきという理論です。今回も、連絡が来て、興味がなくて断った人は山ほどいると思います。でも、連絡の手間はあるかもしれませんが、みんな誘われるのは嫌な気はしないでしょ?と思うのです。

実際、試合を観てもらえば、ビジネスの何かしらのパーティ(?)で、儲かりましたとか、上場しましたとかではなく、嫌味なんて一切なく、visibleに頑張っている姿を見せることができます。

コンコースを歩いていても、10秒に1回くらいは誰かと会って挨拶をしていました。

3月(残り1ヶ月):時空の歪み、理想と現実の均衡点

この辺りから時空が歪んできます。1週間が体感で2-3日くらいしかないように思えてきます。スケジュールを日で管理するのではなく、週で管理する必要性を強く感じます。

こうなると、夢だったものが、近づくことでタスクという粒度で見えてきます。運営面までしっかりと計画されていたこと以外は諦めるという判断が多くなってきます。1万人単位の興行をするとなると個々の施策の影響範囲が大きく、それぞれが絡み合っているので変更が効かなくなります。

プロモーションの追い込み

協賛などの契約がまとまり、団体のチケットも差配していきます。ただし、販売数に対する来場数、いわゆるチケットの着券率は最後まで見えません。また、Webも早くから前売券を販売していますが、どれだけ頑張ってもsoldoutにはならないので、体調や天候をギリギリまで見て購入することにデメリットがありません。ゆえに、観客動員がどれくらい良い感じなのかわかりません。

だから、もうプロモーションをやりまくります。計画もクソもありません、とにかくタッチポイントを増やす感じです。映画であれば、一人にオススメされるだけで視聴する動機としては十分です。たかだか2時間くらいだし、途中でやめてもいいし。しかし、サッカーはもうちょっと障壁が高い気がする。何人かに説得されないと来ないコンテンツだと思います。だから連絡して、会って、チラシ渡して、SNSでも見て、UCGでも見て、サイネージでも見て、そういえばポスターでも見たという状態を作りにいきました。

リリースと制作物

そして、この辺りから、調整していた情報が一気に揃ってきます。催促しても出てこなかった素材がテーブルに並び、いっぱいになります。そのままお客様に出すわけにもいかないので、これを料理するのが僕の役目です。

deadが早い制作物から着手し、次に企業の確認が入るサイネージなどの広告物、そして必要不可欠な座席や入場に関する情報のリリース…。ぶっちゃけ 面白い仕事ではありませんが、契約の履行、そしてユーザーが困らないようにするというのは最重要です。

ただ弊社もベンチャー企業なので、やりたいことをやりたいメンバーが集まっています。ゆえに僕を筆頭に、こうした作業は得意とは言えません。「もっと、かっこいいクリエイティブを量産したい」とか、そんなことを我慢しながらやっていました。これはずっと続けば不健康になるなと思うところです。こうした部分は地味ですが、これを終えてからでないと攻めには転じられない以上、マスト領域のオペレーションの構築にこそ、スタイルが宿ると思います。オペレーションは、クリエイティブな仕事と表裏一体だ。

聞こえたか?今、名言を言ったぞ。

前日と当日:もうやるしかないので、特に不安とかはない(書くこともない)

前日も朝から設営です。「こんなもん段取りがすべて」とは、私の上司 卓間萌水の言葉ですが、無線で現状を報告しながら、とにかくヤバいところにリソースを割いていきます。アッセンブリーと呼ばれるプログラムなどの詰め込み作業が、1万部とかになると案の定で地獄なので、各パートで余裕が出ると即時人員を回すというようなことをしていました。国立競技場からオフィスはタクシーで5分のところなので、備品などの搬入にも行ったり来たり。19:00くらいには終わって、解散。

12時間満たない国立からの離脱を挟んで、再び国立に舞い戻る当日は7:30に集合。スタジアム外は10:00から開場なので、とにかく急ぎで準備。僕はメディア対応なので、受付を通ってきたメディア対応をしながら、当日の動画素材を押さえながら、試合速報のSNSを更新するということをやっていました。疲れました。

おわりに:インクルージョンの思想

たくさんの人を集めた理由を挙げるとすると、それはサッカーの試合だけではないことを営業しまくったということにあると思います。原理主義というか保守主義の人はこうしたやりかたを嫌うかもしれません。ただ、人があわせにいくのではなく、コンテンツがあわせにいくというムーブもあるんじゃないかなとも思います。

成長産業は、マーケットが拡大し何もしなくても人が増えるので、どちらかというと既存を飽きさせないようにコンテンツをディープにする方向に傾きます。他方、斜陽産業はリピートではなく、一度でもいいから新規との接点を作ることが重要なのて、インターフェースは平たくなります。サッカーが斜陽産業とは思いませんが、黙ってても人が集まってくると言えばそれは嘘なので、国立で走っている子どもを撮影したい親とか、踊りたい学生とか、とりあえず宴会したいおっちゃんとかを、明確にターゲットとして見ていました。

あとは、元も子もないことを申し上げると、コンテンツの本質的な面白さを訴求するのは難しい。僕の立場からあえて言うなら、サッカー自体は詳しくないと間口はかなり狭いと思います。僕は20年以上サッカーをやってきて、プロにもなったので高い解像度でサッカーが見えています。戦術もプレーの良し悪しも、応援してるチームであろうがなかろうが仔細に興味深く見れます。でも大半の人はこの解像度では見れない。だからサッカーの面白さを伝えると同時に、スタジアムに仲間が行くらしい、仲間が楽しんでいるらしいという雰囲気のデザインが重要です。

こうして、間口を広げることができるのは、企画と器量だと思います。企画はこれまで述べてきた通りですが、器量は器の大きさです。「うちの庭で、好きに遊んでください」と言えるかです。

話を広げると、昨今、多様性=ダイバーシティという言葉が濫用されていますが、重要なのはダイバーシティより、そのインクルージョンです。ダイバーシティというのは単なる状態の話であって、それをインクルージョンできるかどうかが腕の見せ所というか、議論の盛り上がりです。新宿は多様性に溢れています。そして、新宿の魅力はその多様性をインクルージョンする器があることです。

国立競技場という箱もそうかもしれません。国立はサッカー専用ではないからこそイベントがやりやすいという話もあります。そしてサッカーもそうです。サッカーを信頼してるからこそ、我々は新しい人に、新しい使われかたをしても何も揺るぎはしないと確信しています。インクルージョンの姿勢というか思想です。これが、新宿との相性が良かったのかもしれません。

こうして、我々はユニークな興業を完遂したのでした。


「井筒、お疲れ様」という方は、この先 特にありませんが募金をお待ちしています。本買いたいです。

あと、この先にメールアドレスを置いておきます。クリアソンに興味がある方、もう少しこの話題の詳細を知りたい方、どこまでご期待に添えるか分かりませんが、ご連絡いただければ。

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