Mg.Asano
【長編小説】 初恋は実らないとひとはいう。 だれかを想うということを知った、少年少女の不器用だけど純粋な、そして切ない恋のおはなし。
「風月」 吐息は風に飛ばされて ぼくはとおい空で雲になる 目覚めた華は夜に恋して きみは針をまわしはじめた 心配なんてしなくていい なにもかもが上手くいくから 月のあかりに耳をすませば 風はやさしく瞼にうたう
「お伽噺なリアルさま」 月という名をもつ君に 叫ぶ、逢いたいと 暴れ走る魔方陣 破滅の印を燃やしながら 隠された呪文 海に呑まれた合言葉 嘘しかつけない渡り鳥は ルビーの目玉を質屋に売った
「空、それは別々の」 丘のうえに流れる風は 星は永遠なのだと疑うこと知らず 転がる言葉の先に伸びる影は 君の其れとよく似た形をしていて どんなにか記憶を手繰りみても その存在に重なることはなく まるで欠伸をする猫のように 小さな諦めを寄せては丸め もふもふとした陽だまり そこに、 溶かしこんで忘れた振りの背中で
「ツナグ」 真夜中の真っ白な砂浜は とても温かく触り心地がよくて 知らせなど無いままに 鼻歌まじりな足跡だけが それは何処までも そう、 どこまでも優しく続いている 僕を愛していた君は 君を愛した僕に手を振って 当たり前だけど こうやって、 きっと人は強くなっていくんだ
「月は海の子」 夜の黒と昊のひかり交わり 琥珀を孕んだ海が拡がりゆく 真白な星の砂が鳴く 此処にいるのだと知らせるように いずれ月がうまれ 君は愛され そして、 やがて母なる海へと還りゆく
「黒執事」 僕は君に呪いをかける ゆっくりながらも、着実に 君はとても優しいひとだ ずっといいひとで居られるよう 僕が、 君に呪いを掛けてあげる
「何処へでも行ける」 行き場を失った夜更けの風 空はあんなにも広いのに この壁なければ飛べるのに 睨みつけた其れは言う お前が勝手に此処へきた いつだって壁は壁でしかない 吹き溜まり、迷い風 動けぬ壁を恨むは筋違い くすり笑うて広き空を仰ぐ
「鈍色の空に、」 彩なき空に描かれた虹に 時おり綯交じる鈍色の砂の海 風、吹けば ゆらり流れて拡がる紋様に 星読みたちはその瞳を伏せた 憎しみを棄てても 尚、 消えることのない哀しみは どんな色ならば 赦されると言うのだろう
「大切なもの」 さあ、行こうか 俺たちが最も輝けるあの場所へ 夜明けの来ない夜はないと 何処かの誰かが唄う夜更けに 朝陽を待たずして眠ったあいつは 今ごろ鼻を掻いて笑うておるか 陽のあたる場所だけが この世の全てと思うことなかれ 夜明けの来ない夜はある ただ暗闇のなかにも 光は、……ある。
「わらべな唄のよに」 雲のごとく流れるせせらぎ 水石に弾ける笑い声が陽にとける いつの日だったか つぶらな手から放たれた笹舟は 小石に挟まれ行き場を失くしていた こんなはずじゃ無かったと おの子はしゃがんで喉を潰す あぶくたった煮え立った 煮えたかどうだか解りもせずに ただ時を待つ、 その背中は静かなる雨のなかにて
「想像の杜」 身体なきひかり彷徨う夜の杜 想像の額に意識をあつめ ただひとつだけの真実をさがす さわさわと聴こえてくる 草木のうわさな声に耳をふさいで つんと張った奥深い湖水 小石を投げ込めば波紋が滅ぼす ひかり彷徨う夜の杜のなか 投げ込まれた小石は 石であることに安堵したように 想像の心を空へと解き放つ
「古酒」 去りゆく背中に魂が添い寝する ほんの少しの諦めと 確かにあった君への想いと 明日を夢みた誰かの声と 忘れてしまった昨日のゆびきり 時計のなかに閉じ込められた 涙のいろをした強めの島酒 また 今夜も 君は、 僕を酔わせてはくれなかった
「オシバナ」 逆さに流れる揃いの時間 出逢ったばかりの霞なサクラ 散りゆく蕾を雫で吊るして 風ふく枝に背あずけ眠る 空は子守唄にくるまれた どこまでも透明な独りきりの海 破壊ばかりを繰り返す そうすることの意味を知るため いつかの蝶に夜を重ね 醒めない夏の桜に夢をみる