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わたしはいちご泥棒【一二〇〇文字の短編小説 #11】

わたしは姉のワンピースをこっそり着てロンドンの街に出かけている。ウィリアム・モリスの「いちご泥棒」と呼ばれるテクスチャーのドレスだ。何匹かの小鳥がいちごをついばんでいる。

三歳年上のソニアはずっとわたしの憧れだ。学校の成績は群を抜いて良く、大学を首席で卒業して、大手出版社に就職した。身長が高く、キーラ・ナイトレーのようにクールな美しさも持ち合わせている。ほとんど何もかもが完璧な姉に比べて、わたしは何ごとも平凡でどうにもならない。見た目も頭も内面も十点満点中五点。あらゆる面で十点満点の姉を見ていると、ときどき絶望的な気分になる。

けれどもいま、わたしはソニアと同じ扱いを受けている。サークル線に揺られてわたしが会いにいくのは、ソニアの彼氏のアレックスだ。家に来て、ソニアが料理をつくっているあいだに連絡先を聞かれ、ひそかな関係が始まった。半年近く、会うたびにわたしたちは体を重ねている。肌を重ねるために落ち合っていると言うべきかもしれない。

罪悪感がないわけではない。でも、ソニアを愛するアレックスに──どこまで本気なのかはどうでもいい──激しく求められている感覚がたまらない。劣等感が気持ちいいくらいに拭い去られる。終わるといつも、アレックスは「ソニアより相性がいいんだ」と笑う。

先月、アレックスはわたしの二十七歳の誕生日を祝ってくれた。ソニアにばれないようにと、ロンドンのはずれにあるワトフォードのシーフードレストランを選んでくれた。新鮮な魚を食べながらビールを飲んだあと、アレックスのフラットで二回セックスをした。大きな声が外に聞こえないように、部屋ではプライマル・スクリームの『ビューティフル・フューチャー』が大音量で流れていた。アレックスが一度目の快哉を叫んだあと、わたしは優越感に浸って訊いた。

「ソニアとはどうなの?」

「悪くはない。でも、よくもない。ストーン・ローゼズのセカンドアルバムみたいなものさ」

「最近、ソニアとしたのはいつ?」

「先週かな。確か木曜日だったと思う。君と会った翌日だ」

「順番が逆ならもっとよかったんじゃない?」

「そうかもしれない。でも、ソニアとは二回目はしないよ」

アレックスはフラットの隅にある合わせ鏡の前でするのが好きだ。二枚の鏡が向き合った狭い空間で、盛りのついた犬のように限りなく激しく、乱暴にわたしを扱う。すると罪悪感はいつの間にか消えていく。逆にわたしは何重にも映る淫らな自分たちの姿を見て、我を忘れるほどの背徳感を抱く。何重にも映る自分の肉体を見て、気持ちいいめまいを覚える。

今日もたぶん、アレックスはあれやこれやを大急ぎで済ませ、荒っぽく体を求めてくるだろう。わたしもそれを望んでいる。今日はわたしから合わせ鏡の前に誘ってみよう。何重にも映り込む女がソニアのワンピースを脱がされるとき、わたしはきっとたまらなく興奮する。

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