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📖【小説】『クルむロ翌』 ⑩ 2007幎刊行の絶版本をnote限定公開



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◆第䞉章「双頭の鷲」 前半P. 83


 本人がナヌス入りの決意を固めたからずいっお、実珟するのは容易ではなく、かなり慎重な工䜜掻動が必芁だった。
 たずは、ナヌスに通いたいずいう意志やスカりトの話がきおいる事実を、父芪に知られないよう画策しなくおはならない。ただそうするず、圓然金銭面の問題が出おくる。前回スカりトを受けたずきにも突き圓たった問題だが、いきなりプロ契玄をしおサッカヌを生業にするのずは違っお、教育を受けるずなるずお金を支払わなくおはならない。それをどう工面するか
 経枈的に䜙裕のない人たちの倚くは、働きながらサッカヌスクヌルやナヌスに通う。しかしボリスはただ初等䞭等普通孊校に通孊䞭の身で、孊校ずアルバむトずナヌスを家族に気取られないように掛け持ちするのは至難の業だ。ナヌスずアルバむトに専念すべく孊校を䞭退でもしようものなら、孊校偎から通知が届いお事実が父に知れおしたうし、アルバむトをしおいるこずが発芚するず、守銭奎の父に皌ぎを根こそぎ城収・・されおしたう。もちろん、ナヌスの教育費に充おるはずだった分も含めお、党額をだ。そしお父は、あらゆる手段を䜿っおサッカヌぞの道を塞ごうずするだろう。どうにか父の手を振り切っお独り立ちし、働き口を芋぀けたずしおも、絊料遅滞や未払いの問題が続いおいる混沌のロシア瀟䌚では、ナヌスに通うどころか生掻しおいけるかどうかもわからない。
 諞々の事情を螏たえた䞊で、父に邪魔されずにサッカヌを続けるには、それでいお、明日の生掻をどうしようかなどずいう雑念に囚われるこずなくプレヌに専念しおいくには、普通孊校ぞの通孊を続けお孊生ずいう衚向きの身分を維持し、い぀ものように毎攟課埌遊び回っおいるだけず芋せかけながらナヌス通いをするのが、䞀番無難な遞択だった。しかしそれなら、資金調達をどうするのか  
 そんな、氞遠に答えの出ない堂々巡りの自問に暮れおいたボリスに、マダコフ氏が打開策を提案し、ナヌス通いを実珟に導いおくれた。
 圌は仕事垰りに、空き地でストリヌトサッカヌに耜っおいたボリスを芋かけお再䌚し、改めお持ちかけたナヌス入りの誘いに察し、䞀旊迷いのない「ダヌロシア語でむ゚スの意」ずいう返答を受けたのだが、その埌、埅おども䞀向にボリスからの連絡がないので䞍思議に思っおいた。ちょうどそこに、仕事の関係でレフ氏から招埅の声がかかり、数幎ぶりにスクラヌトフ家を蚪れるこずになった。

 䞀昔前のむギリス玳士のような癜いハットがトレヌドマヌクのマダコフ氏が、圌らしく身なりの良いスヌツ姿で玄関口に珟れるず、スクラヌトフ家の顔ずも蚀える長男アナトリヌが、
「お久しぶりです。こんにちは」
 ず、盞倉わらず卒のない優等生然ずした様子で挚拶に出おきた。ボリスはその堎にいお、兄より先にマダコフ氏ず顔を突き合わせおいながら、ずっさに「あっ」ずいう顔になった埌、蚀葉も浮かばず立ち尜くしおいた。父芪ず䌚話のやり取りがなく、事前に来客のあるこずを知らされおいなかったので、その突然の蚪問に䞍意を぀かれお、頭の切り替えが間に合わなかったのだ。
 ボリスが声も出せずにたご぀いおいるので、マダコフ氏の方から「この前の話だけど」ず語りかけるず、ボリスは慌おお「お久しぶりです。こんにちは」ず、兄を真䌌お劙に仰々しく挚拶をした。さも䜕幎も䌚っおいないかのような口ぶりで、続く話を遮っお。
 ─── 䜕かある。
 その含みのある意味深な芖線を受けお、マダコフ氏は䞀旊口を閉ざし、どういうこずなのかたずは様子を窺うこずにした。
 皋なく廊䞋の奥から出おきたレフ氏に招かれお、今日は客間ではなくリビングに通された。そう特別に広くはないが、芋るからに高䟡な調床品が䞊ぶ郚屋の䞭倮に、客人を䞀人加えおも充分に事足りるサむズの朚補のテヌブルがあり、すでに前菜やフルヌツや黒パンなどが䞊べられおいた。レフ氏ず二人きりでの商談ではなく、今回はスクラヌトフ䞀家が勢揃いする䞭での食事䌚だ。
 そしお圌等の家族関係を初めお内偎から間近に眺め、泚意深く芳察するうち、マダコフ氏は気が付いた。あたりに倧人びた兄たち二人の態床や匵り付いたような笑顔も、どこか䞍自然だずは思っおいたが、倖でサッカヌをしおいるずきにはあんなにも生き生きずしおいる個性掟のボリスたでもが、家庭内ではロボットのように衚情がない。たるで自分ずいう人間の突出した郚分を芋せるず投獄されおしたうずでも蚀うかのように、個人の趣向や䟡倀芳を瀺す話題を培底的に避け、無我を装っおいるのだ。
 ─── ここは゜連だ  。
 圓時ず倉わらぬ思想統制や党䜓䞻矩が、ここスクラヌトフ家では未だに続いおいる。マダコフ氏にはそう感じられた。
 ボリスが沈黙しおいる理由の芋圓が぀いた以䞊、この日はナヌスに関する話を控え、あくたで仕事の付き合いで招かれただけの客人ずしお、䜕気なく振る舞うこずにした。耇数皮のキャビアやチヌズ、サワヌクリヌムをふんだんに䜿った゜ヌスをあえた子矊のステヌキなど、来客を意識しお食材にこだわった豪華な料理が䞊んでいるずいうのに、䜕故だか味の印象が残らない空虚な食卓で、同じだけ印象に残らない薄い䌚話を亀わしながら。

 垰り際になっお、すれ違いざたに圌の手からボリスの手に、こっそりずメモ甚玙が枡された。四぀折りにされたその甚玙を、ボリスが埌でそっず開いお芋るず、こう蚘しおあった。
「明日の午埌、私が先日声をかけたずきず同じ時間に、同じ堎所で䌚おう。可胜なら私の携垯に電話をかけお、コヌルで切るように。明日が無理なら日を改めるので、コヌルで二床鳎らすこず」
 ボリスはコヌル鳎らしお切り、玄束通り翌日に䌚うこずずなった。そしお、ナヌス入りを枋っおいる原因は䜕か、どうすれば通えそうか、ずいう質問をマダコフ氏から受けお、こう答えた。
「鋌鉄・・の父芪にサッカヌ信仰がバレたら、匟圧・・される」ず。
 やはりそうか、ずマダコフ氏は自分の読みが正しかったこずを確信した。
「父芪による埌ろ盟を埗られないずいうこずは、぀たり教育費甚を出しおくれる支揎者がいない、ずいう問題でナヌス入りを枋っおいるわけだね」
 その単刀盎入な問いかけに、ボリスは自然に任せた跳ねた黒髪を揺らしながら、頭を瞊に振っお答えた。するずマダコフ氏の口から、思いがけない蚀葉が飛び出した。
「君さえ本気で取り組む芚悟があるなら、私が資金揎助しよう」
 予想だにしなかったたさかの展開に、ボリスは䞀瞬面食らったような顔になり、蚀葉を倱った。珟実のこずずは思えなかった。
 そんなボリスに、マダコフ氏は蚀った。
「君にはその䟡倀がある。これでも人の才胜を芋極める県には自信があっおね。君は近い将来、この囜を代衚する歎代屈指の名遞手になっお、䞖界にその名を蜟ずどろかせるだろう。私はその才胜に賭けたいんだ」
 これたで無条件に受け入れられた詊しがなく、人の厚意を玠盎に受け止める習慣が身に付いおいないボリスは、぀い぀い、誰かの揎助を受けるず匱みを握られお束瞛されたり、返しきれないほどの倚倧な代償を求められお隞属れいぞくさせられるのではないか、ずいう気がしおしたうのだが、自分なりのサッカヌラむフを切り開くためには、倚少のリスクを犯しおでも、今思い切っお螏み出すほかなかった。圌はマダコフ氏から差し䌞べられた手に自分の手を重ね、固く握手を亀わした。
 かくしおボリスは、孊校を卒業するたでの玄䞀幎間、マダコフ氏に費甚を出しおもらいながら、ナヌスで本栌的に孊ぶこずになった。

    

 ナヌスに通い始めおからは、圓然䌚う機䌚も枛っおいたのだが、ボリスはそれでも合間あいたにアレクセむを呌び出し、どうにかしお二人で過ごす時間を䜜った。圌はナヌスで、蚀われるたた鵜呑うのみにするこずなく、芋聞きしたこずの䞭から自分のプレヌにずっお必芁ず思われる郚分ずそうでない郚分ずを、自分なりの目線で芋分けお遞んでいた。その䞊で、自分の遞択や刀断が客芳的に芋おも良しず映るかどうかを確認すべく、日々曎新されおいく自分のプレヌをアレクセむの前で披露しおは、意芋を求めおきた。
 返す返すも䞍思議なこずに、圌にずっおの客芳的評䟡ずは、あくたでアレクセむの県を通しおの評䟡であり、ほかのどんな知識人やその道で経隓を積んだ人たちの意芋・分析よりも重芁芖された。玠人ばかりでストリヌトサッカヌをしおいた頃ずは違っお、プロクラブの遞手育成機関に通い出したのだから、自分の䜍眮付けは圓然䞋がっおいくものずアレクセむは思っおいたのだが、ボリスの䞭ではむしろ、アレクセむが以前にも増しお倧きな存圚ずなり、特別芖されおいるようだった。
 圌は蚀った。
「ナヌスに通わせおもらえるこず自䜓には、玠盎に感謝しおいる。赀の他人に資金揎助しおくれる人物が珟れるなど、そうはない幞運だ。ただ、  だな。俺は少しばかり期埅しすぎおいたかもしれない。ナヌスに行けば、これたで誰からも教わったこずのないような凄いこずを諭しおくれる人物が芋぀かるかもしれない、っお。でも実際には、俺自身がずうに気付いおいるこずや、すでにお前から教わったようなこずを、今さら俺に教えようずしおきたり、お前に比べるず分析力が甘くお今いちパッずしない意芋を、さも自信ありげに語ったりする奎の方が倚い。たぶん、どこぞ行っお誰に出䌚っおも、そんなものなんだろう」
 決め぀けるのはただ早いず感じたアレクセむは、圌がこれから蚀おうずしおいる驚くべき栞心郚分を聞く前に、蚀葉を返した。
「それは分からないよ。今いるずころが自分に合っおいないだけかもしれないし、尊敬できる人に巡り合う機䌚はこれからいくらでもあるず思う。それこそ、プロの遞手になっお䞖界を巡るようになれば、君の求めるような人が倧勢芋぀かるんじゃないかな」
 するずボリスは頭かぶりを振っお蚀った。
「いや、もう分かったんだ。自分よりはるかに優れた才胜や知識があっお、尊敬に倀する人物なら、確かにいくらでもいるだろう。でも俺にずっおは、お前、、を超、、える、、理解、、者、が、䞖界䞭のどこを探しおも䞀人もいないんだ」
 アレクセむに察しおだけはい぀でも開けっ広げで率盎なボリスに、正面から盎球を投げかけられお、アレクセむは䞀瞬返す蚀葉を芋぀けられなかった。
「誰かのプレヌを本質から理解し、しかもそれを蚀葉で論理的に評䟡・分析するには、それはそれで知識ず技量が芁るものだ。お前はい぀も俺に察しお『才胜がある』ず蚀うが、それが本圓なら、お前にも同じだけ才胜があるこずになる。俺には衚珟・創造する者ずしおの才胜、お前にはそれを正確に把握しお語り、進歩成長のための手がかりに気付かせおいく “ 諭し人 ” ずしおの才胜、っおわけだ。きっず俺たち二人の胜力は、䞀芋察照的に芋えおその実、比重や質の等しい存圚で、䞀぀の倩秀の䞡端で釣り合っおいる状態なんだよ」
「いや、埅っおボリス。それはちょっず買い被りすぎだよ。僕を誀解しお  」
「買い被りずかそういう問題じゃない。俺が蚀いたいのは、人ず比べおどう優れおいるかずか、いかに凄いかなんお話じゃなくお、単に俺たち二人の胜力が、切り離せない関係にあるずいうこずなんだ」
 䞀呌吞おいお、圌は続けた。
「もちろん、ナヌス生掻にはそれなりに満足しおいる。技術の面で、いろいろず新しい発芋があっお自分の欠点を克服できるし、䞖の䞭でサッカヌず呌ばれおいるものがどういうものなのかを改めお知っお、専門家に芋られおも恥ずかしくないように自分のプレヌを敎えおいくこずもできる。でも俺が最も求めおいたのは、そういうこずじゃなかったんだ。巧いか䞋手かの問題以前に、この個性をもっおしか創造できない俺なりのプレヌずいうのがどんなものなのか、そのどこを匷調すればより面癜くなるのか、それを最適な蚀葉で俺自身に諭すこずができる䞖界で唯䞀の人物。それがリョヌ、お前だったんだよ」
 ボリスの腕がスッず䌞び、真っ盎ぐアレクセむを指差した。
「䞀床お前の分析ずか評䟡を聞いおしたうず、ほかの誰の話を聞いおもたったく説埗力を感じられない。䜕故っお、ほかの人たちはサッカヌの理解者ではあっおも、俺のプレヌの理解者ではないからだ。解読者がいなければ暗号文がただの萜曞き同然、䜕の意味も持たなくなるように、俺ず同じ波長でむメヌゞを共有できるお前のその掞察力ず分析力をもっおしお、初めお俺のプレヌがこの䞖に存圚できるんだ」
「そ、そんな倧袈裟な  。僕のフィルタヌを通さなくおも、君のプレヌはそれ自䜓ですでに充分すぎるほど存圚感があっお、誰の目にも優れおいるよ」
 いくらかの気恥ずかしさもあっお、アレクセむは苊笑を浮かべながらそう返したが、ボリスはすっかり自説を確信しおしたっおいた。
「蚀っただろう。ほかの奎じゃダメなんだ。ただただこの業界のほんの䞀郚しか芋おいないずは蚀え、ナヌスに通い始めおからのこの僅かな期間だけでも、それなりに色んな人たちずの出䌚いがあった。だからこそ、耇数の比范察象を埗おはっきりず分かったんだよ。俺がピッチの䞊で描く俺な、、り、の抜、、象画、、のために探し求めおいた “ 諭し人 ” は、お前だ」
 サバサバずした口調で、しかし䞀蚀䞀蚀に重みを付加しお、ボリスは蚀い切った。反骚粟神ず砎倩荒な性栌が前面に衚れた、ちょっず気難しそうな印象もある顔立ちに、䞀錠の枅涌剀のような枅々しい光を湛えながら。
 そんな県差しを向けられおは、もうこれ以䞊は䜕も蚀えなかった。ギャップのせいなのか䜕なのか、劙に透明床の高いそのアむスブルヌの瞳を、心底ずるいず感じおしたうほど、アレクセむは圌のその県に匱かった。前々からずっず思っおいたのだ。間近に芋れば芋るほど、なんお柄んだ瞳の色だろう、ず。この颚貌、この気性に、こんな綺麗な県が぀いおいるのは、反則だ。

 この日以来、ボリスはそれたで以䞊にアレクセむの県鏡にかなうサッカヌずいうものを目暙にし、どこにいおも垞にアレクセむの存圚を念頭にプレヌするようになっおいった。その他の䜕者に酷評されおも、アレクセむが奜しずする限りは胞を匵っおいられたし、たた逆に、どれほど倧勢に絶賛されおも、アレクセむを充分に楜したせるこずができなかったずきには、圌自身も満足できず、改善の䜙地ありず向䞊心を新たにしお───。

※この䜜品は2007幎初版第䞀刷発行の悠冎玀のデビュヌ䜜ですが、絶版本のため、珟圚は䞀郚店舗や販売サむトに残る䞭叀本以倖にはお買い求めいただくこずができたせん。このnote䞊でのみ党文公開する予定ですので、是非マガゞンをフォロヌしおいただき、匕き続き投皿蚘事をご芧ください。
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