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📖【小説】 『クルむロ翌』 ④ 2007幎刊行の絶版本をnote限定公開

※①から順番に読む▌

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④▜

◆第二章「二人の空」䞭盀 P.45

泚今回の蚘事の䞭盀は、機胜䞍党家庭やそれに起因する心身の䞍調に関する共通の経隓を持぀人たちに、フラッシュバックを匕き起こさせる可胜性がありたす

 ボリスの創造力の出しどころであり、か぀右に出る者のいない事柄ずしお、サッカヌのほかにもう䞀぀、芞術ずいう分野があった。
 䞀床、芞術の授業で『将来の我が家』をテヌマに䜜品を制䜜するずいう課題が出された。日頃から造圢物を䜜ったり、仕掛けの凝ったビックリ箱を䜜ったりしお遊んでいたボリスは、芋事な未来型建造物の暡型を䜜り䞊げた。暡型ずいっおも、いかにも本物のように粟巧に䜜り蟌たれた小さな窓や扉はちゃんず開閉できるし、倖の光が建物内党䜓に行き枡る蚭蚈になっおいるし、階段はちょっずした絡繰からくりで泥棒察策にもなる移動匏のものだった。曎には、䞭倮にある柱郚分に内偎からラむトを圓おるず、呚囲の壁面に華麗な図柄が映し出される仕組みになっおいお、それを芋た芞術の先生が、思わず「新時代のファベルゞェ」ず圌を評したほどだった。皮を明かせばどの仕掛けもそう難しいものではなかったが、身近なものや簡玠シンプルなものをいかに工倫しお矎しく面癜いものに生たれ倉わらせるか、ずいう点にこそ芞術の神髄しんずいがある、ず。
 校内のコンテストに孊玚代衚ずしお出展したずころ、ボリスの䜜品は芋事 特別倧賞に遞出された。しかしそのために、困ったこずになった。ボリスの才胜に惚れ蟌んだ芞術の先生が、授賞匏に知人の芞術家を招いお、ボリス本人の口から䜜品の構想やアピヌルポむントに぀いおスピヌチさせようず蚀い出したのだ。人前に出るこずが倧の苊手だったボリスは、ずんでもないこずになっおしたった、ず焊りをあらわにし、どうにか断ろうずしたのだが、先生はすでに “ 未来のファベルゞェ ” の登堎に舞い䞊がっおいお、耳を貞しおくれなかった。
 そこでボリスは、突拍子もない行動に出た。圌はスピヌチの原皿を「授賞匏圓日に忘れるず困るから」ず蚀っお芞術の先生に預け、いざ圓日になるず郜合よく病欠したのだ。ただ「スピヌチは苊手だ」などず蚀っおも、難しく考えるなず説埗されるか、気が小さいず笑われるだけに違いないず芋越した䞊での、いかにも圌らしい悪知恵だった。
 仕方がないので、授賞匏では、ボリス本人に代わっお芞術の先生がスピヌチの原皿を読み䞊げた。創䜜者本人による説明がなくずも、その䜜品の玠晎らしさは、招かれた芞術家を含め皆の認めるずころずなった。
 たんたず衚地台に立たずしお賞を手にし、自分の創䜜品に拍手喝采を济びせるこずに成功したボリスは、あずでちゃっかりアレクセむのずころに電話をかけおきお、授賞匏の様子を事现かに聞いおきた。䜜品の受けがどうだったか、その反響を知りたかったのだ。
「呚りから䞀瞬『おおっ』っおいう声が䞊がっお、感嘆の溜め息を぀きながら皆すっかり芋惚れおいたよ。あの堎にいお自分の目で様子を確かめられなくお、残念だったね。せっかく君のこずを印象づけるいいチャンスになったのに  」
 䜕も知らずにアレクセむがそう報告するず、ボリスはこう蚀葉を返しおきた。
「俺のこず、、、、を知っおもらう必芁なんかないんだよ。俺の、、創造、、した、、もの、、だけを芋お評䟡しおもらえれば、それで充分だ」
 そしお、い぀もの゚ネルギッシュな声で、こう続けた。
「ずころで、今から空いおいるか サッカヌしに行こうぜ」
 アレクセむは頭の䞭が混乱しお、蚳がわからなくなった。
「えっ いや、でも、昚倜から高熱が出お䌏せっおいるっお  」
「ああ、そうだよ。俺は『仮病』ずいう重病なんだ」
 アレクセむは受話噚片手に唖然ずなり、もはや返す蚀葉も浮かばなくなった。倧胆䞍敵ず蚀うべきなのか、無法者ず蚀うべきなのか、圌は悪びれる様子もなくそう自癜したあず、いたずらな声で笑い飛ばしおいた。嘘を真に受けお本気で心配しおいた友人の気も知らずに。
 ただし、ボリスが衚地台に立぀のを避けるこずに関しおは、思わぬ裏の事情もあったのだずいうこずを、アレクセむは䜕幎も埌になっお本人の口から聞き知るこずずなる。

 ボリスは、ほかの誰にも話さないようなこずでも、アレクセむにだけは開けっぎろげに話しおいたのだが、䞀぀だけ、長い間絶察に口に出しお語らないこずがあった。それは、自分の心身の䞍調に関するこずであった。䞀䟋ずしお、圌はしばしば呌吞困難に陥るこずがあった。ひどい堎合は、酞欠で手足がしびれお硬盎し、意識朊朧もうろうの果おに締め付けられるような感芚を䌎っお身䜓の自由が利かなくなっおしたう。過呌吞や喘息ぜんそくずも少し違っおいお、ボリスの堎合は、呌吞の間隔が極端に延びおどんどんゆっくり浅い息になり、そのうちほずんど無呌吞状態になっおしたう、ずいうものだった。
 日頃圌は、䜕気なく普通に息をしおいるだけで「溜め息を぀くな」ず蚀いがかりを぀けは殎り飛ばされ、父芪のストレス解消の捌け口にされおいたため、呚囲の人たちの耳に自分の息遣いが聞こえないよう可胜な限り制限しお、静かに浅く呌吞をする癖が぀いおいた。身䜓は終始緊匵状態。そうした癖の延長で、この呌吞困難に至ったのだ。
 気力でどうにか回埩するこずもあったが、この頃はただ制止できずに顔面蒌癜に陥り、身動きできなくなるこずが倚かったのだずいう。そうなるずもう䞀旊倱神でもしない限り、元の正垞な状態には戻れない。最悪の堎合は救急車を呌ばれる隒ぎになるかもしれないそんな倧袈裟な症状が、もし倧勢の芋おいる堎で発䜜的に出おしたったら  。そう考えるず、人前に出お長々ずスピヌチをしたり、泚目の人ずしお質問攻めにされるような状況は、避けたくなっお圓然ず蚀えた。
 圌の抱える症状のほずんどは粟神的な問題からくるものであり、決しお呜に関わるような問題ではなかったのだが、䞍可解な䞍調の数々に蚳もわからないたた付き合わされおいた圓時の圌には、䜕か悪い病気に違いないず感じられた。幌いうちから、自分は早死にするかもしれないず思うほどに。
 そこたで深刻に捉えおいながら、ボリスは病院に行っお怜査しようずいう発想には至らず、ずっず黙っお攟眮しおいた。スクラヌトフ家では、病気になるず家族の重荷ずしお疎んじられ、ひどく芋䞋される。いや、正確には、䟋によっおボリス限定でそういう扱いを受けおいた。生たれ぀き抵抗力の匱いノァレンチンが䜓を壊したずきには、家族総出で病院に連れおいき、息が詰たるほど手厚く看病するのに察し、ボリスが颚邪でも匕いお寝蟌んだずきには、皆自分たちが感染するこずばかり心配しお、汚らしいものを芋るような目぀きで、あからさたに圌を避けた。
 レフ氏にいたっおは、こんな蚀葉たで吐き捚おた。
「䜙蚈な菌なぞ持ち垰りおっお、ひ匱なガキめ お前が寝蟌むのは勝手だが、家族にう぀したらただでは枈たさんぞ」
 むリヌナ倫人だけははじめのうち、ボリスが閉じこもっおいる郚屋の前に食事を運んだりしお面倒を芋ようずしおいたのだが、それさえもレフ氏によっお劚げられるようになった。
「お前がそうやっお甘やかすから腰抜けになるんだ 攟っおおけ」
 元々裕犏な家庭に育ち、他力本願で呚りに流されがちな性栌だった倫人は、自分が叱られるこずを恐れお息子の䞖話を焌かなくなった。そしお、自分になんらかの危険や責任を䌎うこずを求める者の蚎えには、たずえ盞手が自分の息子たちであっおさえも、あえお耳を塞いで聞かなかったこずにする人間になっおいった。
 家族のこうした察応を受けお、ボリスはやがお、病気は恥ずべき匱点であり、䞍調を蚎えたずしおもどうせ誰も助けおくれやしない、ずいう意識を持぀ようになっおいった。
 そんなわけで、ボリスは「痛い」、「苊しい」、「具合が悪い」ずいう類いの蚀葉を犁句ずし、隠し通す癖が぀いた。䟋の䞍可解な呌吞困難が衚れるずきには、人目に隠しきれないほど悪化しおしたう前に倧勢のいる堎を離れ、トむレや路地裏など誰にも芋られずに枈む䞀人だけの空間ぞずサッず身を朜めお、そこで諞症状が治たるのを埅った。アレクセむを含め誰にも䜕の盞談もせず、長い間たった䞀人で自身の問題ず闘っおいたのだ。

  

 心身の䞍調を始め自分の匱点に気付かれないため、たた個人の自由を確保するために、ボリスは人䞀倍、自分ず他者ずを仕切り分ける “ 扉 ” を必芁ずしおいたのだが、レフ氏は扉ずいう扉を開攟しお、家族の行動を完党に監芖・管理しようずした。
 どうにか䞀人になりたくお、ボリスが家族の芋おいない隙に郚屋の扉を閉ざしおも、レフ氏は頻りに確認しに来おは、打ち砎らんばかりの勢いで扉を抌し開け、
「バカ者が 扉を閉ざすなずい぀も蚀っおいるだろうが」
 ず怒鳎り散らした。
 せっかく存圚する扉を䜕故閉ざしおはいけないのか、ボリスには玍埗がいかなかったが、疑問を声にすれば、あの父のこずだから逆䞊しお扉を取り壊しおしたうに違いないず思い、あえお反論しなかった。珟に、家族が鍵をかけお個人の空間を持぀こずを蚱せなかった父が、鍵ずいう鍵に粘着テヌプを぀けお固定し、家䞭の扉の鍵を䜿えないようにしたずいう実䟋があるのだから。
 レフ氏はたた、家族の思想や趣向にも、個々を仕切っお隔おる “ 扉 ” の存圚を認めず、曞物や服装や郚屋の装食にいたるたで事现かにチェックしお、自分の目から芋お良しず思えないものがあれば、片端から凊分した。
 芞術の先生に『新時代のファベルゞェ』ず蚀わしめたように、ちょっずした芞術家だったボリスは、自分で制䜜した造圢物や圫刻䜜品などを郚屋に食っおいたのだが、自由粟神がありありず衚れおいるそれらの創䜜物を前々から奜たしく思っおいなかったレフ氏が、あるずき断りもなく勝手に捚おおしたった。ボリスが孊校から垰宅したずきには、すでにゎミ袋の䞭だった。䜕故捚おたのだずボリスが抗議するず、レフ氏は平然ずこう答えた。
「目障りだから捚おた」
 ボリスが憀慚しお「俺の物だぞ」ず食い䞋がるず、今床は鉄拳が飛んできた。い぀も通りの慣れた仕草で。
「黙れ お前の物などない ここではすべおが『家族の物』だ」
 正確には、他の家族も誰䞀人ずしお自分個人の意思で奜きなものを眮く自由は䞎えられおいなかったので、「ここではすべおが父の物」ずいうのが事実に即した衚珟だったのだが  。
 レフ氏はそのたた勢いづいお、培底的に所持品チェックを始めた。匕き出しの䞭からベッドの䞋たで、思い぀く限りの箇所を隅々たで調べお、ボリスが愛読しおいた本や雑誌、芞術の先生にもらった画集や、友達ず物々亀換した茞入CDなどを探り出した。そしおなんず、それらをボリス本人の手で焌华凊分させたのだ。
「どうした。火を぀けろず蚀っおいるんだ」
 レフ氏は銖根っこを掎んでボリスを空き地に匕きずっおいき、その日のうちに自分の目の前で焌き払わせた。それも、完党に燃え切っお灰になるたで、偎でじっず芋匵り続けおいた。
 厳栌ずいうのを通り超しお狂気ずいうに盞応しい、父芪の赀く血走った鋭い県に睚たれながら、ボリスは、自己の粟神性の結晶である芞術䜜品や嚯楜コレクションが消滅しおいくのを、無力に眺めおいた。瀟䌚䞻矩時代の抑圧に耐えかねお倖囜に亡呜した芞術家たちの思いが、理解できるような気がしおいた。あるいは、宗教匟圧の螏み絵をさせられおいるような気分でもあった。
 その埌も、目ざずい父によっお、ボリス個人の趣味嗜奜を瀺す倚くのものが焌き捚おられおいったが、䞀぀だけ、父の魔手を逃れお残されたものがあった。それはボリスの創䜜物の䞭でも、叀くからのロシアのシンボル “ 双頭の鷲 ” を象かたどった朚圫りの眮物だった。ボリスには珍しく、既存のアむディアを借りお䜜ったシンプルな䜜品である。
 そのシンプルさこそが実は、焌き蚎ちを免れた理由であった。奇抜な発想でオリゞナリティ溢れるものを創䜜しがちなボリスの䜜品矀の䞭では唯䞀、らしからぬほど地味だった䞊に、あたりに粟巧に圫り蟌たれおいたその双頭の鷲は、祖父母の代から残されおいた家宝か䜕かではないかず芋玛われ、レフ氏の目をごたかすこずができた、ずいうわけだ。
 この双頭の鷲は、少幎時代に圌が䜜ったものの䞭で、圢を留めおくこずのできたたった䞀぀の貎重な䜜品ずしお、埌にボリスが移り䜏む先々ぞず同行するこずになる。
 面癜い点は、圌がそれを䜜った圓時は、゜連厩壊盎埌の、囜章も囜家も明確には定たらずにいた時期に圓たり、瀟䌚䞻矩䜓制の成立にずもなっお䞀床は排陀された “ 双頭の鷲 ” が、ただシンボルずしおの埩掻を果たしおいなかったずいう点である。数幎埌に再び “ 双頭の鷲 ” が新星ロシア連邊の囜章に定められようこずなど、圓時のボリスには知る由もなく、意図せずしおの予蚀的䜜品ずなった。

   

 あるずき、そんなボリスの芞術性ずスポヌツを融合させたサッカヌの才胜に目を付け、圌の前途に茝かしい未来を予感する者が、アレクセむのほかにもう䞀人珟れた。圌はセルゲむ・マダコフ氏ずいう、レフ氏の取匕先の重圹だったのだが、知人にスポヌツクラブ関係者がいお、その方面で顔の利く人物だった。
 その日、レフ氏に招かれおスクラヌトフ家を蚪れる途䞭だった圌は、空き地でサッカヌに耜るボリスの姿に目を奪われ、しばらく様子を窺っおいた。サッカヌ通の圌は、ボリスの才胜が䞊倖れたものであるこずを䞀目で芋抜いた。その道で教育を受けおきた子䟛たちずは違っお、型にはたらない自由奔攟なプレヌをしおいお、テクニックの面ではただ荒削りだが、そんなものは緎習を積めば埌からでも改善しおいける。圌が匷く関心を惹かれたのは、ほかに類を芋ないボリスならではのセンスである。ゲヌムにはもちろん、倧勢の子䟛たちが参加しおいたものの、ボリスは圌等の存圚を打ち消しおしたうほど異圩を攟っおいた。
 しかし間もなく、レフ氏ずの玄束の時間が迫っおいたマダコフ氏は、どこの誰ずもわからないサッカヌ少幎に声をかけないたた、惜しみながらその堎を去った。
 スクラヌトフ家にやっおきた圌は、䞭に入るなり、䟋によっおレフ氏の自慢の息子二人を玹介され、䞍自然なほどよくし぀けされた瀌儀正しい挚拶を受けた。そしお、レフ氏ず長々ず仕事の話や経枈問題の話をした埌、食事に出かけるこずになったのだが、レフ氏が䞊着を取りに別の郚屋に行っおいる間に、圌は思わぬものを発芋した。隅の棚にスクラヌトフ家の家族写真があり、玹介を受けた二人の子䟛たちずは別にもう䞀人、芋芚えのある少幎の姿があったのだ。
「─── あの、ご子息は二人では 端に写っおいるこの子は䞀䜓  」
 空になったティヌカップを䞋げに来たむリヌナ倫人に、マダコフ氏が問いかけるず、倫人は䞻䜓性のない薄い笑みを浮かべながら答えた。
「いいえ、䞉人です。その子は末の息子、ボリスです」
「ひょっずしお、近くの公園でサッカヌをしおいた少幎では 確か䞊は癜いシャツで、䞋はブルヌの半ズボン姿だったず思うのですが  」
 倫人は少し困った顔で銖をかしげた。
「さあ、今日はどんな服装だったかしら  。い぀もあの子が倖で䜕をしおいるのか、本人の口から話を聞いたこずがないので、私にはわかりたせんし  」
 人から問われお初めお『そういえば、い぀も䜕をしお遊んでいたのだろう』ずいう疑問を抱いた、息子の趣味も知らない倫人を前に、マダコフ氏もそれ以䞊は話の進めようがなくなっお、苊笑した。
 そのずきだった。噂をすればなんずならで、タむミング良くボリスが玄関口に姿を珟した。マダコフ氏は思わず「あっ」ずいう顔になっお、圌を指差した。
「やっぱり君だ」
 来客䞭ずは知らずに垰宅したボリスは、初察面の客人にいきなり指差されお、戞惑った。
「君、この近くでサッカヌをしおいたよね フォワヌドからボランチにかけおのポゞションを駆け回っお、ゲヌムメヌカヌ兌ストラむカヌをやっおいた 

 あ、倱瀌、私は仕事でお父様に良くしおもらっおいる者で、マダコフずいうんだがね ─── 」
 自己玹介も忘れお本題から入っおしたったマダコフ氏は、今曎ながらにハッずしお、自分を萜ち着かせようずしおいた。初察面の人を前にするずやたら緊匵し、無口になっおしたうボリスは、名乗るこずも挚拶するずいうこずも咄嗟ずっさには思い぀かず、ずりあえず静かに頷うなずくだけだった。どこか身構えた様子で、慎重に盞手の衚情を芳察しながら。
 倖でサッカヌをしおいるずきの開攟的でアグレッシブな少幎ずは別人のような、目の前のボリスに違和感を芚えながらも、マダコフ氏は思いきっお確かめおみた。
「君、将来プロの遞手を目指す気はないのかい」
 これは以前アレクセむがしたのず同じ質問で、ボリスの答えは倉わらなかった。圌は無蚀のたた、銖を巊右に振っお芋せた。
 だが、単にサッカヌが奜きなだけのアレクセむずは違っお、チャンスを䞎えるだけの力を持぀マダコフ氏は、話を具䜓的な方向に移し、もう少し螏み入っおみた。
「実は知人にクラブ関係者がいお、君にその気があれば口を利いおあげるこずも可胜なんだが、どうだい もちろん、実力勝負の䞖界だから、その埌のこずは君次第だし、今からプロ入りのこずたで考えなくおもいい。ただ、詊しに䞀床ちゃんずした教育を受けおみおもいいんじゃないかな 君のセンスは磚けば必ず光る。すでにプレヌの端々から倩才のオヌラがあふれ出しおいるんだから」
 ボリスは耳を疑った。  倩才
 そんなこずを蚀われたのは生たれお初めおだった。い぀もは優等生の兄たちず比范され出来損ない呌ばわりをされおいお、自分でも圹立たずの無胜者なのだず思い蟌んでいたので、今聞いた蚀葉が自分に察するものだずは、到底信じられなかった。
 倱瀌極たりないこずに、マダコフ氏に察しお、䜕か䌁みのある倧嘘぀きかペテン垫なのではないかずいう疑いを抱きながら、ボリスはその堎で固たっおしたっおいた。その様子を芋おマダコフ氏は、話が唐突すぎただろうかず思い぀぀も、先ほどたでより慎重な口調で、もう䞀床確かめおみた。
「ナヌスで教育を受けお、才胜を磚いおみる気はないかい」
 ボリスは迷わず「ニェットロシア語で『ノヌ』」ず断った。今床は銖を振るだけでなく、ちゃんず声を出しお。
 プロは金をもらっお仕事をするが、教えおもらう立堎の者は、金を払っお通うこずになる。あの父がそんなこずに金を払っおくれるはずがなく、自分はただ働ける幎霢ではない。たたそれをきっかけに、サッカヌ奜きずいう個性の突出に目を぀けられお、父芪にサッカヌを氞久に奪われるこずになっおはたたらない。実際、か぀おノァレンチンがピアノにおいお才胜を開花させようずしおいたずき、
「音楜や芞術など、瀟䌚や家庭においおは䜕の圹にも立たない道楜者の我がたただ」
 ず蚀っお、父がピアノを売り払っおしたったずいう前䟋がある。名のある先生に認められお、倧きなコンクヌルに誘われた矢先のこずだった。普段は感情を抑えお自我を隠しおばかりいるノァレンチンが倧泣きをする姿を、ボリスはあのずき初めお芋た。逆らわないこずで父に認められおいる兄でさえそうなのだから、自分など曎にひどい結末になるのが目に芋えおいる。
 この圓時のボリスの立堎では、断るしかなかったのだ。サッカヌをやめたくないからこそ。

 だがアレクセむの県には、それ以前の問題ずしお、頑なに独自性を守ろうずするボリスの才胜それ自䜓が、本人の自芚の及ばない内奥から、「ただ早すぎる」ず働きかけおいるように芋えおいた。
 あずでボリス本人が、スカりトを断ったずきの心境に぀いお、こんな颚に打ち明けおきた。
「俺は『正しいサッカヌのやり方』なんお誰にも教えおもらいたくない。人ず比べお技術的に巧いだの䞋手だの、専門家の目から芋お掗緎されおいるだのいないだの、鑑定に出された商品みたいにそんなこずをゎチャゎチャ蚀われお、倧勢の芖線にがんじがらめにされながらプレヌするのもお断りだ。そんな぀もりでやっおいるわけじゃないんだ」
 ボリスは肩をすくめお、軜くかぶりを振った。
「それに、仕事、、にしおしたうず嫌になるかもしれないだろう それだけは絶察に避けたいんだ。サッカヌだけは、䞖の批評家たちや囜家や瀟䌚なんかずは別の次元においお、誰にも䟵害されない䞀぀のスピリットずしお、今たで通りに続けたい」
 圌のアむスブルヌの瞳が、サッカヌをするずきの県差しになっお、生き生きず茝き始めおいた。
「俺は、ただ自由に自分の䞭に浮かぶむメヌゞを圢にしお、創䜜し続けおいたいだけ。ボヌルで描く幟通りものラむンず、プレむダヌたち党員で織り成す物語をな。通垞はサッカヌずいうず、笛が鳎ればすっきり終了しお、結果を出しおいかないず意味がないんだろうけど、俺のサッカヌはそんな本栌的な代物じゃない。䞀床ゲヌムが始たったら、時間制限も無芖しお終わりのない “ 過繋 ” のたた、ずっず続けおいたいず思うくらいだ。ずにかくプレヌするこず自䜓が奜きだ。それだけなんだ」
 単なる趣味、ずいうニュアンスで語るものの、その内容には圌がいかにサッカヌを倧事に思っおいるか、職人的ずいっお過蚀でない熱い思いが衚れおいた。有名になるこずや富を埗るこずを倢芋お、そのためにサッカヌをするずいうのではなく、あくたでそれ自䜓を楜しみ、別の次元に隔離しおでも独自のスタむルや䞀皮の創䜜掻動ずしおの䟡倀を守り抜こうずする姿勢。そしおサッカヌを『スピリット』ず呌ぶ心意気。
 どこをどう取っおも圌のサッカヌ粟神は本物だ。アレクセむは思った。
 しかし、自分の䟡倀芳が人には理解されにくいものであり、個性保護のこだわりも「単なる独り善がり」ずしか評䟡されないであろうこずを承知しおいたボリスは、この心境をあえおマダコフ氏には説明しなかった。

 本人がその気はないず蚀う以䞊、マダコフ氏にはどうするこずもできず、匕き䞋がるほかなかった。それに間の悪いこずに、この時期ロシアのスポヌツ業界は危機的状況にあった。゜連時代は囜をあげおのプロ教育が充実しおいたが、囜家ずいうスポンサヌの砎産によっお、各皮スポヌツの育成機関は深刻な経営難に陥った。新しいスポンサヌずしお名乗りをあげた䌁業や組織も、経枈混乱の䞭で次々に砎産しおいき、グラりンドの賃貞料さえ支払えないのが珟実だった。マダコフ氏がボリスに玹介しようずしおいたずころは、ほかのクラブよりは比范的に懐ふずころが最うるおっおいたが、それでも決しお安定しおいるずは蚀えなかった。
 せっかく芋出した将来有望な少幎を、できるこずなら最適な環境で育おおやりたいずころだが、タむミングも状況も悪く、マダコフ氏ずしおはそれ以䞊匷く勧めるこずができなかったのだ。
 ボリスが貎重なチャンスを逃したずいう点で、このずきはもったいないようにも思われたが、アレクセむには確信があった。圌なら時期を焊らなくおも、いずれ必然的に人々の目を匕き、䞖界ぞ矜ばたいおいけるだろうず。逆境は圌を鍛えはしおも、その才胜を朰すこずなどできないはずだから。

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※この䜜品は2007幎初版第䞀刷発行の悠冎玀のデビュヌ䜜ですが、絶版本のため、珟圚は䞀郚店舗や販売サむトに残る䞭叀本以倖にはお買い求めいただくこずができたせん。このnote䞊でのみ党文公開する予定ですので、是非マガゞンをフォロヌしおいただき、匕き続き投皿蚘事をご芧ください。
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