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📖【小説】『クルむロ翌』 â‘€ 2007幎刊行の絶版本をnote限定公開

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◆第二章「二人の空」埌半P. 60


 ただ色々な面で目芚めきっおいなかったこの頃のボリスは、どちらかず蚀うず良くない意味で人目を匕き、悪評を広めおいた。家庭における過剰な抑圧の反動か、圌は家庭の倖ではせいぜい奔攟ほんぜうに振る舞い、いたずら事に耜り、喧嘩を売られれば喜んで買った。自分からむやみに攻撃したりはしないが、腕っぷしが匷いため同幎代の子䟛たちの間では怖れられおいた。教垫たちの間では、自分を抑えられない危なっかしい生埒ずしお、垞に譊戒されおいた。
 ボリスにはたた、幎功序列も肩曞きも重んじず、盞手が䜕者であろうずあくたで同じ『ただの人間』ずしお接する悪びれないずころがあったので、地䜍・身分・幎霢においお䞊の立堎にある限り、自分たちは圓然敬意を払われるものず思っおいるような人たちには、こずさらに嫌われた。
 圌を日頃から生意気だず思っおいた教員の䞀人が、あるずき圌に向けおこんなこずを蚀った。
「お前のような問題児は、い぀か暎走しお犯眪者になる。金持ちの家庭で、明日の食事に困るこずも知らずに甘やかされお育぀から、そんな無䜜法で我がたたな人間になるんだ。たったく “新ロシア人” は扱いにくいよ」
 “新ロシア人”ずいうのは、「最近の若者は  」ずいうニュアンスの蚀葉ずも少し違っおいお、圓時ニュヌリッチ局ず呌ばれおいた人たち経枈激倉の混乱を逆手に取っおビゞネスチャンスを芋出した䞀郚の新興䌁業家の富裕局ぞの嫉劬や偏芋から生たれた皮肉衚珟である。ロシアには、政治や瀟䌚に察する皮肉を蟌めたアネクドヌトずいう小話があるのだが、その䞭で “新ロシア人” は恰奜の笑いのネタであり、成り䞊がり者の浪費家ずしお散々な描かれ方をしおいる。もっずも、圌らの倚くが、共産䞻矩に台頭しお政治や囜家経枈に圱響力を持぀ようになったマフィアず関係しおいるため、非難の的になるのも無理はなかった。
 最近赎任しおきたばかりだった教員は、ボリスの抱える耇雑な背景事情など知る由もなく、アネクドヌトに芋られるむメヌゞそのたたに圌を蔑さげすみ、芋透かしたような気になっお「犯眪者になる」ず蚀ったわけだが、もちろん倧いに的倖れだった。
 この教員はたた、アレクセむのこずたでニュヌリッチ局だず勘違いしおいた。生掻苊のために子䟛を路䞊に捚おざるを埗ない人々が続出しおいるこの時䞖に逊子を取るような家庭は、懐に䜙裕のあるニュヌリッチ局に違いない、ず決め぀けおいたのだ。確かに、本圓の貧困家庭ずいうず、明日にも物乞いになるかもしれないようなレベルなので、そうした人々に比べればアレクセむの家庭は䜙裕のある方だったかもしれない。
 だがアレクセむ自身、元は路䞊に捚おられる郚類の極貧家庭の子䟛だった。地方の蟲堎で働いおいた実の䞡芪は、囜営から民営ぞの転換がうたくいかず蟲堎が砎綻を来したために、生掻しおいけなくなっおしたった。ほかの職にあり぀こうにも、蟲業以倖の専門知識や技術があるわけではなく、なかなかチャンスに恵たれなかった。そしお、ずうずう土地を売り払っお自分たちの圓面の生掻資金だけを獲埗するず、幌い息子を眮き去りにどこかに姿を消しおしたった。アレクセむは、自分を芋捚おた芪を恚みながら、すでに他人のものずなっおいた蟲地の片隅で泣きじゃくっおいた。
 そんなずき、今の䞡芪が珟れた。
 圌らもたた蟲業関連の仕事をしおいお、決しお生掻に䜙裕があるわけではなかったのだが、アレクセむを拟い、家族の䞀員ずしお招き入れおくれた。芪の裏切りが心の傷ずなり、すっかり人間䞍信に陥っおいた幌い圌を、最倧限の愛情で包み蟌んで。
 はじめはギリギリの生掻で食い繋いでいたが、新しい䞡芪ずなった二人には、自分たちの今埌に確かな展望があったので、垞に前向きだった。蟲業の砎綻を早くから予感しおいた二人は、独孊で次なる仕事に備えおいた。䞀足先にモスクワ入りしおビゞネスを始めおいた知人に連絡を取り、話を぀けおいたのだ。新しいビゞネスが軌道に乗るにはただただ時間がかかりそうだが、モスクワ入りしおからほずんど䌑みも取らずに働き詰めた結果、なんずか生掻に困らないだけの皌ぎを埗るにいたった、ずいうわけだ。
 逊子ずいう立堎もあっお、アレクセむはできるだけ今の䞡芪に負担をかけたいず思っおいたが、二人は自分たちの莅沢ぜいたくを控えおたで、アレクセむに人前に出お恥ずかしくない身なりをさせおくれた。地方出身ずいうだけで軜んじられたり、身嗜みだしなみ次第で盞手の埅遇が倉わったり、ずいう瀟䌚や郜䌚の珟実を身をもっお知っおいたので、息子が笑い者にされないよう気遣っおくれおいたのだ。
 しかし、そんな事情も、今目の前にいる教員には知る由のないこずだった。この圓時は教員䞀同も厳しい状況にあり、絊料遅滞が䜕ヵ月ずなく続いお生掻が逌迫ひっぱくしおいたため、愚痎の䞀぀も零したくなっお仕方なかったのだろうが、アレクセむやボリスには倧いに䞍愉快だった。

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 ボリスずアレクセむが互いに欠萜を補い合いながら成長しおいく䞀方で、ロシアずいう囜自䜓もたた、数々の倱敗や䞍遇、過ちによっお綻ほころびた郚分を別のもので補いながら、埐々に確実に前進しようずしおいた。しかし治安の面では、ただただ回埩の兆しが芋えずにいた。
 この幎、モスクワ垂内でチェチェンによるテロず芋られる爆砎事件が盞次いで起こった。犯眪の圱はたた、垂民の䜏み暮らす扉の内偎にたで忍び蟌んでいお、アパヌトやマンションの所有暩を巡る詐欺や殺人などの事件も倚発しおいた。すべおが囜の管理䞋にあり、自分たち自身が囜の所有物だった時代から、土地や建物などを個人で所有できる時代になったのはいいが、圓然ながらそうした自由や奜機ず匕き換えに、倚倧なリスクを負うこずにもなったのだ。
 そんなモスクワの実情を、ニュヌス番組越しではない肌感で身近に知ったアレクセむは、少なからず気埌れしながら、「モスクノィッチモスクワっ子は倧倉だね」ず呟いた。
 â€œãƒ¢ã‚¹ã‚¯ãƒŽã‚£ãƒƒãƒâ€ になるこずは、圓時倚くの人々の目指すずころであった。「モスクワだけを芋おロシアず思うな」ず蚀われるほど、地方ずモスクワでは栌差があり、生掻氎準が倧きく違っおいた。地方に比べるず、モスクワは今や物に溢れおいお、職に就くチャンスにも恵たれおいる、ず。
 だが実際には、モスクワ生掻は決しお楜なものではなく、垞に危険ず隣り合わせだった。物や人が密集しおいる分、モスクワには犯眪も蔓延たんえんしおいたし、䞖界のほかの銖郜や倧郜垂同様、政治の䞭心地であり囜家の顔であるがゆえに、内倖からの様々な攻撃の的にされ、囜家情勢の倉化に䌎う荒波をい぀も最初に、しかも最倧玚の状態でたずもに受けおきた街なのだ。
 田舎䞊がりのアレクセむずしおは、思わず「モスクノィッチは倧倉」ず蚀いたくもなったわけだが、それを受けおボリスが、劙な反応をした。
「そうだろうな。モスクワっおずころは毎日が戊堎みたいなもんだからな。そこここに地雷が埋たっおいるようで、モスクノィッチたちはいい加枛りンザリしおいるだろうよ」ず。
 アレクセむは銖をかしげた。地方出身の自分はずもかく、前々からモスクワに暮らしおいる圌たでもが倖偎の芖点で語るのは、明らかに違和感があった。
「なんでそんな他人事みたいな蚀い方をするの 君こそ、その戊堎で生たれ育ったモスクノィッチじゃないか」
 ボリスは銖を暪に振った。
「生たれはモスクワじゃない。元はニゞニ・ノブゎロドにいたんだ。もっずも、䞉歳ぐらいのずきにこっちに匕っ越しおきたから、あそこにいた頃の蚘憶はほずんどないけどな。地方の倧自然は居心地がいいから、田舎に移り䜏みたいず思ったこずもあるけど、今はモスクワのたたでいいず思っおいる」
「どうしお」
「モスクワの方が䜏人がドラむで、面倒な近所付き合いをしなくお枈むからだ」
 聞けばいかにも圌らしい理由だった。
 ボリスは、口うるさい父芪の過干枉の圱響で、人にかたわれるこずを䜕よりも嫌った。その䞊、垞日頃から『人間』ではなく、所有者のためになんらかの機胜を果たしお初めお存圚䟡倀を成す『ロボット』であるかのように扱われおきたため、察人間の付き合いにおいおどう振る舞えばいいかがわからず、誰かを前にするず条件反射的に無衚情な『ロボット』になりきっお䞍自然な応察をしおしたう、ずいう難儀な癖があった。こうした傟向は、狭い䞖界を出お色んな人たちずの接觊を重ねるうちに、自ずず削り萜ずされおいくものなのだが、ただ生掻力がなく家庭ずいう小さな枠組みの䞭に身をおいおいた圓時の圌にずっおは、瀟䌚性の欠劂ずいう圢で倧きなハンデになっおいた。
 結局、呚りの人たちに「取っ付きにくい」ず評䟡されおしたい、圌は自分の䞍噚甚さを恚みながら、垞識的なやり取りを求められる瀟亀の堎を避ける以倖になくなるのだった。そんな圌が、郜䌚よりも人間関係が密で、呚囲からの干枉もき぀い地方の気颚に銎染めず、浮いおしたうこずは目に芋えおいた。はじめから個人䞻矩的な人々が倧倚数を占める郜䌚暮らしの方が気が楜だ、ずいうのは、圌のような人にはごく自然な発想ず蚀えた。
「出身地はずもかくずしお、やっぱり今は身も心も完党に “モスクノィッチ” じゃないか」
 アレクセむが改めおそう投げかけるず、ボリスはきっぱりず吊定した。アレクセむず出䌚うたでは、日の倧半を近所の森の䞭で過ごしおいた身の䞊ずしお、
「俺は “モスクノィッチ” じゃない。身䜓がどこに移動しお、どんな街に䜏み着いおも、心はずっず “森の民” だった」ず。「けど  」
「けど ─── 」
 ボリスの蚀葉が意味深に途切れたので、アレクセむが促すず、圌はニッず口元に笑みを浮かべお、アレクセむの目を芋た。
「今は “二人の空ナヌシェ・ニェヌバ” の䜏人だからな。い぀どこにいおも、この先もずっず」
 このずきアレクセむは、ボリスずいう人物が䜕故、呚囲の倧勢がパニックに陥るような状況に盎面しおも䞀人だけ平然ずしおいたり、ほかの人には気付くこずのできないものを発芋したりできるのか、その秘蚣に觊れた気がしおいた。

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