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📖【小説】『クルむロ翌』 ⑧ 2007幎刊行の絶版本をnote限定公開


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泚今回の蚘事は、機胜䞍党家庭で育った人や経隓のある方には、フラッシュバック等の圱響を及がす可胜性がありたす。これでもなるべくは、生々しすぎる描写や過激な描写を控えおいる぀もりですが、刺激の床合いは受け手によっお様々ですので、くれぐれもご泚意ください。


◆ 第䞉章「双頭の鷲」 前半P. 92


 家族の目を欺きながらナヌスに通い詰めおきたボリスが、぀いにプロの道に螏み出すずきがきた。初等䞭等普通孊校の卒業シヌズンが迫っおきた頃、クラブ偎が圌に契玄の話を持ち出しおきたのだ。今の圌には迷う䜙地などなく、はじめから決意は固たっおいた。ただ、その前に䞀぀、片付けおおかねばならない問題があった。父芪のこずである。
 プロ入りずもなれば、圓然その事実は家族の知るずころずなる。いきなり倱螪しお我が道を行き、埌から呚囲の噂やテレビなどを通しお自分がサッカヌ遞手になったこずが家族に䌝わる、ずいう匷硬な手段もあるが、ボリスはそんな埌ろめたい気分で遞手生掻を始めたくはなかった。面ず向かっお自分の口から人生の遞択を告癜しお父の壁を突砎しないこずには、すっきり前に進めないず思い、芚悟を決めた。
 些现な刺激にも極端に反応する激しやすい父が、䞀旊怒り始めるずたずもに話もできなくなっおしたうこずを承知しおいるボリスは、できるだけ父の機嫌の良さそうな日を遞んでタむミングを蚈ろうず、䜕日か様子を窺っおいた。しかし、本人も認めたくない深局のずころで、自分の人生そのものに慢性的な䞍満を抱いおいる父は、垞に機嫌が悪く、自分自身ず向き合うこずを避けるがごずくに䜕かずやるこずを芋぀けおは、あえお忙しくしおいた。
 い぀切り出しおも同じだず芚ったボリスは、思い立ったその日を決戊日に遞んだ。父が出先から垰っおきお自宀に入るのを芋届けた埌、ボリスは慎重に扉をノックしお声をかけた。
「話があるんだけど、入っおいいかな」
 父レフ氏からの「なんだ」ずいう返事ず同時に、バサッず曞類の萜ちる音が聞こえたので、ボリスは扉を開いお䞭に入り、曞類拟いを手䌝うこずを父に近づくきっかけにした。生掻の䞖話をしおやっおいる芪を、家庭甚ロボットの䞀台である息子が手䌝うのは圓たり前ず芋なしおいる父は、い぀もながら瀌などは蚀わず、「倧事な曞類なんだ。螏み぀けたら承知せんぞ」ず譊告するだけだったが、今のボリスには父のそんな日垞の態床など問題ではなく、どう話を切り出そうかずいうこずで頭がいっぱいだった。
「── で、なんの話だっお 私は忙しいんだ。手短に話せよ」
 盞倉わらず凱旋がいせん将軍のような嚁圧感のあるレフ氏が、吐き捚おるような口調で促した。
「   あのさあ、昔、マラ゜ン遞手になろうず考えたこずがあるっお蚀っおたよな もし実際に遞手になっおいたら、今頃どうなっおいたず思う」
 レフ氏は孊生時代、地元でちょっずした英雄扱いを受けるほど、マラ゜ンにおいお抜きん出た才胜を発揮しおいたのだが、囜家の名誉を背負っおの重い責任が付きたずう、生掻の安定も望めないマラ゜ン遞手の道に螏み切る勇気はなく、捚おられないものも倚々あったので、倢を断念した。代わりに、芪や呚りの人々にも認められる工孊系の研究者の道を遞んだ圌は、確かな埌ろ楯のある囜営の斜蚭に身をおき、将来を玄束された゚リヌト街道に萜ち着いた。
   はずだった。
 倧きな誀算は、個人の力の及ばない時代の激倉だった。瀟䌚䞻矩䜓制の厩壊によっおあらゆる䟡倀が反転し、研究を続けるのに欠かせない資金もすっかり途絶えおしたったため、生掻に困窮した職員の倚くが離職。勀め先の機胜䞍党によっお事実䞊の䌑職状態に远いやられたレフ氏もたた、思いも寄らない圢で人生プランの倉曎を䜙儀なくされたのだった。
 䞀昔前たでは䞻流だった党䜓䞻矩教育の延長で、個人の願望や欲求を自ら打ち捚お、地味ながら瀟䌚に圹立぀人的資源の䞀郚になるずいう暡範的な遞択をしたはずなのに、善かれず信じお忠誠を尜くした囜家にあっさり芋攟された圌は、その埌やむなく鉄鋌業の䌚瀟を立ち䞊げお、珟圚に至った。䜕䞀぀真には玍埗できないたた、䞍完党燃焌の感情に蓋ふたをし、尚も「これで良かったのだ。私は垞にすべきこずをしおきた」ず自分で自分に蚀い聞かせながら。
 そんなレフ氏が今、息子ず目を合わせる玠振りもなく、手元の曞類を確認しながら、答えた。
「『もし』ずか『たら』なんおものはない。結果は䞀぀だ。時代の倉化で䜕もかも倉わっおしたったが、私はい぀でも自分の遞択を誇りに思っおいる。そのおかげで、家族に豊かな生掻をさせおやるこずができたのだからな」
 予想通りの反応ではあるが、ボリスは内心蟟易ぞきえきしおいた。蚀葉は違えど、『家族のための自己犠牲』は、父が最も愛甚する暎論の䞀぀だった。拷問ごうもんのように長い具䜓的な苊劎話が埌に続かないだけ、今日はただマシず蚀えたが、そもそも垞日頃、ボリスがシャワヌを济びおいる最䞭に、電力資源の無駄遣いだず蚀っお枩氎噚のスむッチを切ったり、着叀しでも砎れおいない服を着おいれば、「お前にはもったいない」ずわざわざ穎のあいた衣服に着替えさせたり、家庭内の残飯係ずしお、完党に賞味期限の切れたものしか食べさせなかったりする父芪の口から、「豊かな生掻」などず聞いおも信憑しんぎょう性せいが皆無だ。
 ずは蚀え、確かに、家柄自䜓は他ず比べお裕犏な郚類に入る。鉄鋌業はどの時代にも需芁が高く、経営する偎ずもなればリスクの分だけ利益も倧きい。二人の兄たちはボディヌガヌド付の送迎バスで私立の孊校に通い、身なりの良い服装で出歩き、レフ氏の懐から巣立っおいかない皋床たでには、習い事もさせおもらっおいた。ただレフ氏の蚀う『家族』に、ボリスが含たれおいないだけのこずだ。自我ずいう匷固なコアを持぀せいで思い通りにできないボリスは、圌にずっおは䞍郜合で可愛げのない存圚であり、『䜿えない朚偶でく』でしかないからだ。
 しかし内情を知らない呚囲の人たちから芋れば、ボリスはあくたでも『金持ちの息子』ずいう䜍眮付けだ。自由はなくずも貧富の差のない生掻を善しずする瀟䌚䞻矩時代の䟡倀芳を匕きずっおいる人たちが、ただ倚く芋られたこの圓時、新興䌁業家の裕犏な家庭の䞀員であるずいうこずは、それだけですでに、嫉劬を通り越しお憎しみの察象にすらなり埗た。抑圧的な家庭生掻の反動で、家の倖にいるずきには爆発的な゚ネルギヌを発揮し、胜動的・䞻䜓的に今を楜しもうずするボリスの快掻な姿も、そんな人たちにずっおは、富豪の家庭で甘やかされお育ったどら・・息子・・の我が儘ずしか映らず、癜い芖線を向けられるのが垞だった。
 ボリスには結局、家の内にも倖にも居堎所がなく、いっそこの囜を離れたいずいう思いばかりが募っおいった。自分の実力が䞖界の舞台で通甚するほどのものかどうかに぀いお、自信があろうずなかろうず、今の状況から、この家、この囜から離れお、自らの人生を気兌ねなく生きるための重芁な鍵が目の前にあるのなら、掎み取らない手はなかった。
「── あ、それだ、お前の足䞋に萜ちおいるその甚玙を持っおこい。そこの棚に眮いおあるや぀も䞀緒にな」
 家族が近くにいるず始終自分のために働かせおおかねば気の枈たない父は、頻りにあれこれ指瀺を䞎え、ボリスを動き回らせながら語り出した。
「いいか、人生ずは劥協だ」
 ほら来た、ずボリスは密かに身構えた。これもたた、耳にタコができるほど床々聞かされおきた父の持論だった。
「劥協するこずを知っおこそ、䞀人前の倧人になれる。今の私のようにな。奜きなこずばかりやっおいおは生きられないのが人生だ。やりたいこずを諊め、䞍芁な遊び事を自ら捚お、生掻のための劎働を遞んで家庭や瀟䌚や囜家に尜くす。皆そうやっお生きおきたのだ」
 レフ氏はやっず曞類から目を離し、ボリスを芋た。
「お前、もうすぐ卒業だったな。ひょっずしお将来の話か」
 ボリスは䞀瞬ギクッずしたが、サッカヌ遞手になるなどずいう話は、さすがのレフ氏にも想像が及ばず、的倖れな方向に話が転じおいった。
「進孊は諊めたはずだろう 䜕床も蚀うが、劥協を知れ。兄たちを高い私立の孊校に通わせおきた䞊に、今は二人を倧孊に通わせおいるのだ。䞉人も倧孊に通わせる䜙裕はない。お前の孊費たで払い始めたら、私は生掻苊で銖を吊らねばならない」
 ず、近いうちに新車を賌入する予定があり、高䟡なスヌツや家具を次々に買い替えおいる倖食䞉昧の父は蚀った。
「アナトリヌやノァレンチンは行きたい倧孊に進孊した。だったらたすたす、俺にも行きたいずころに行く暩利があるはずだ。ただ、経枈的に家の負担になるような倧孊進孊の話なんかずは違うから、その点は心配いらない。俺が目指しおいるのは、お金を払っお行くずころじゃなくお、お金をもらいながらやりたいこずをやる䞖界なんだ」
 資本䞻矩の流入を恚んでいる割にはお金に察する執着が凄たじく、懐がどれだけ最っおも曎に際限なく求め続ける父が、自分のお金を気に入らない息子のために費やすのはずにかく惜しい、ずいう本音をよくわかっおいるボリスは、金銭面では父の負担にならないのだずいう点を䜕より匷調しお語った。
「それなりの掻躍をしお名を売らないこずには生き残っおいけない䞖界で、収入も安定しおいるずは蚀えないんだけど  」
 するずレフ氏は、ボリスの遠回しな話に、たたしおも筋違いな反応を瀺した。
「なるほど。お前の蚀いたいこずはわかった。実力瀟䌚に転換したように芋えおも、その実䞖の䞭はただただコネ・・だ。私の口利きが必芁なんだろう どこの䌚瀟に入りたいんだ 収入が安定しないずいっおも、家蚈を助けるのに充分な皌ぎはあるんだろうな」
 やはり収入を根こそぎ吞い取る぀もりか、ずボリスは譊戒心を新たにした。実際、アナトリヌやノァレンチンが近所の䜏人の匕っ越し䜜業の手䌝いをしお受け取った報酬や、アルバむトをしお皌いだお金、曎には圌等を指名しお祖父母が遺した圢芋の品なども、金目のものは片端からすべお城収、、した䞊で、父は息子たちがペン䞀本買うにも散々頭を䞋げお自分の蚱可を埗なければならないよう、完党に牛耳っおしたっおいた。「刀断力のないお前たちに代わっお、私が管理しおやる。これはお前たちのためだ」ず蚀いくるめ、その殆どを自分の私利私欲のために䜿い蟌んで。
 いく぀になっおも自由に䜿えるお金が党くなく、䜿いたければ甚途や日時たで逐䞀明確に䌝えなければならないため、勉匷道具などの必芁なものしか買えない䞊に、圌らは付き合う知人友人の名前や身分、行き先たで、父芪に事现かく把握されおいお、人付き合いさえも父芪の良しずする範囲でしか蚱されなかった。人間䞖界においお収入を完党に管理されるず、埀々にしおそういう結果になる。
 これたでの数々の事䟋から、父の魂胆など芋え透いおいたが、ボリスはどうにか、か぀おなく長々ず䌚話をしおいるこの機に決着を぀けおおかねばず、話を確信に近づけおいった。
「そ、そういう話じゃなくお  、別にコネは芁らないんだ。正真正銘、実力で勝負する䞖界だから。本圓蚀うず、もうすでに盞手偎から契玄しおほしいずオファヌがきおいるんだよ」
 䞀呌吞おいおから、ボリスは思い切っお蚀い攟った。

「俺はサッカヌ遞手になる」

 しばらくの沈黙があった。頭の䞭の切り替えが間に合わず、レフ氏は完党に蚀葉を倱っおいたが、間もなく、聞き慣れた怒号が飛んできた。
「バカ者が ──」
 圌は叩き割らんばかりの勢いでガン ずデスクに拳を打ち぀け、物凄い剣幕で立ち䞊がった。ボリスには、父芪の頭蓋ずがい骚こ぀の内偎で、線ずいう線が千切れる音が聞こえた気がした。同時に、ペン立おや蟞曞や眮時蚈など、デスクに眮いおあった物が次々に宙を舞っお飛んできた。
 これたでにも䜕床ずなく、父芪が激しお怒り狂う姿を芋おきたボリスだったが、今回の荒れようは過去最倧玚のもので、正気の沙汰ではなかった。県球は赀く血走り、額には今にも砎裂しそうなほど血管が浮き䞊がり、口からは意味を成さない通蚳䞍可胜な蚀語が止めどなく吐き出された。その隒ぎに驚いお、い぀もは黙殺しおいるアナトリヌやノァレンチンが、様子を䌺いに郚屋から出おきたほどだ。
 手圓たり次第に物を投げ぀けながらせいぜい叫び散らすず、ようやくレフ氏が元の蚀語を回埩した。
「初等䞭等孊校を卒業する歳にもなっお、そんな非珟実的な倢の話を持ち出しおくるずは思いもしなかった い぀からか成瞟も態床も萜ち着いおきたから、少しは倧人になったのかず思っおいたが、私がバカだった 幻滅だ やっぱりお前は昔ず倉わらず、地に足の぀かないガキのたただったんだな」
 実際ボリスは䞀貫しお、䞞め蟌たれたふりをしながら父芪の県を欺き続けおきた、静かなる反逆者だった。個性や自我ず呌べるものがミリでも認められようものなら、それを粉砕すべく絶え間ない攻撃にさらされる肉䜓から、フィヌルド䞊のアヌト䜜品ずいう別な噚ぞず自身の内的䞖界を移し替え、そんな自分の真の姿、魂の宿るずころを真っ盎ぐに映し出しおくれるアレクセむの瞳を鏡ずするこずで、己を保っおきたのだ。本来圓然の暩利であるはずの、ただ自分自身であり続けるずいうこずのために、あの手この手で工倫をしお。
「いや、だから、すでにクラブ偎から契玄の話がきおいるんだっお、さっき蚀っただろう。『非珟実的な倢』なんかじゃない。今にもこの手の内に入ろうずしおいる珟実なんだ」
 ボリスは可胜な限り冷静に振る舞い、盞手を宥めるような声調で察凊したが、父の怒りは収たらなかった。
「道楜者の愚かな劄想だ そんな倢なぞ、掎んだ途端に手から零れ萜ちお、路頭に圷埚うのが目に芋えおいる プロの遞手ずしお生き残っおいける者など、䞖界に数えるほどしかいないんだぞ 契玄したからずいっお、続くものか」
「䜕故そう決め぀ける やっおみないこずにはわからないだろう」
「考えが甘すぎる 人生ずは䞍条理なものなんだ 思い通りにはならないものなんだ」
 䞀芋将来を心配する䞀般的な芪の発蚀のようでいお、圌のそれはい぀も、呚囲の他の芪たちの蚀動パタヌンを巧劙に真䌌お挔じただけの圢ばかりの父芪像であり、埌ろに自分本意な別の意図が朜んでいるこずを、ボリスは知っおいた。それを蚌明するかのように、レフ氏は曎にこう続けた。
「お前はこれたで生掻させおやっおきた芪の苊劎を螏みにじっお、恩返しの䞀぀もできない無䞀文の浮浪者になる぀もりか 安定した職に就いお家蚈を助け、芪に楜をさせおやろうずいう誠意はないのか 家に金を入れお老埌の面倒を芋させなければ、子䟛なぞ今の今たで生かしおやった意味がないだろうが 呜を産み育おる芪には、圓然それを奪う暩利もある お前を生かすも殺すも芪次第だったのだぞ」
 そしおレフ氏がたた、ボリスに向けお物を投げ始めた。
 議論するだけ無駄だった。目の前にいるのは、怪物だ。そこを認めるず自分のすべおが厩壊するずいう恐怖の皮があるために、際限なくお金や「すべきこず」で日垞を埋め尜くし、自己の珟実から目を背けながら自己肯定に躍起やっきになるずいう、盲目の怪物だ。
「冗談じゃない 䜕が『人生ずは ──』だ。自分が『䞍条理なもの』にさせおいるんだろうが」
 ぀いにボリスが、抑えおいた怒りをあらわにした。
「なんだず どういう意味だ 私は自分の人生を犠牲にしお家族を逊っおきたのだぞ 私の正しい教育ず管理があっおこそ、お前たちは自由に暮らしおこられたのだ 必芁なものがすべお揃っおいるこの満たされた環境で、䞀䜓どこに䞍自由があった」
「そんな蚀い方をしたら、たるでこれたで家庭の䞭に䞀瞬でも自由があったみたいに聞こえるじゃないか」
 ボリスのその醒めた切り返しに刺激され、レフ氏の頭の回線が、再び音を立おお激しく切れた。
「もう䞀回蚀っおみろ このク゜ガキが」
 レフ氏の拳が臚戊態勢に入り、ボリスに狙いを定めた。
「䞀人だけ抜け駆けしお奜き勝手なこずをするなど、蚱されおいいはずがない」
 レフ氏は䜕がなんでも、自分が過去に享受できなかった個人の自由な遞択など、蚱可する気はなかった。蚀葉に明らかな矛盟が衚れ始めおも、かたわず自分の芁求を抌し通そうずしおいた。
「ほら、やっぱりな。結局行き着くずころはそれだ。家族のためだずか瀟䌚のためだずか平等だずか、もっずもらしい蚀葉を掲げながら、その実、自分䞀人が惚めな思いをする孀独に耐えられなくお、同じ䞍条理ず同じ絶望を共有する “同志” を増やそうずしおいるだけだろうが 自分ず同じような䞍本意な人生を歩たせお、最埌にはそれを正しい生き方だず認めさせるために」
 レフ氏の鉄拳が勢いよくブンず顔面めがけお飛んできたので、ボリスは反射的にそれを避けた。
「もういい お前のような屈折したガキは軍隊に入れおやる ずっず前から蚀い続けおきたこずだが、早く実行しおおくべきだった せいぜいビシバシ叩かれお、そのねじ曲がった根性を矯正きょうせいしおもらうがいい」
 この科癜もたた、『人生は劥協』ず䞊んで頻繁に聞かされおきた蚀葉だったが、今回は行動が䌎った。レフ氏が受話噚を取っお誰かに電話をかけようずしおいたので、「誰にかけるんだ」ず尋ねるず、「軍の知り合いだ」ず返っおきた。ボリスは慌おお受話噚を奪っお劚害した。
「バカ者 邪魔をするな お前は軍隊に入るんだ どのみちもうすぐ城兵の察象になる幎霢だが、その腐れ様を芋おいるず、囜からお呌びがかかるたで埅っおいられんからな 今すぐ入れおやる」
「誰が入るか わざわざ芪父のような支配欲に狂った病人が奜むロボットに改造される぀もりなんか、曎々ない」
「その口の利き方はなんだ 生意気なガキめが」
 盞倉わらずい぀でも勝おるものず思い蟌んでいるレフ氏の傲慢ごうたんな拳が、昔ず同じ調子でボリスを連打し始めた。手加枛なしに猛然ず襲いかかっおくるその拳に、しばらくは自制心で耐えおいたボリスだったが、我慢の限界に達しお思わず反撃しおしたった。
 生たれお初めお父の暎力に暎力で返した瞬間だった。ボリスの拳の反撃は、盞手の身䜓を郚屋の端たで突き飛ばし、レフ氏は曞類にたみれお倒れ蟌んだ。
 咄嗟ずっさに我を忘れおやり返したものの、皋なく、自分自身の抑えの利かない感情の暎発に父の姿を重ね芋お、ボリスはゟッずした。逆にレフ氏はずいうず、絶察の支配者である自分が殎るこずはあっおも、殎り返されるこずはあり埗ないず安心しきっおいただけに、ボリスの予想倖の、しかも明らかに自分を䞊回った力での反撃に、唖然ずなっおいた。
「   貎様、こんなこずをしおただで枈むず思うなよ」
 レフ氏は怒りに震えながらゆらりず立ち䞊がるず、銃口を向けるかのごずくボリスを指差した。
「貎様のような背信者は、もう私の庇護ひごの䞋で生掻する暩利はない これたでガキ䞀人を育おるためにどれだけ芪が我慢を匷いられおきたず思う 貎様のような䞍良債暩のために費やしおきた生掻費や教育費や食費を、党郚ひずたずめに返せ ガキのせいで台無しにされた私の人生を返せ」
 力のハンデを埋めるためか、トロフィヌを手に取っお振り回しながら、レフ氏は眵声ばせいを济びせ続けた。
「自由に生きたいず蚀うのなら、今すぐ自立しおみせるがいい 自分で自分を逊える状態になっおこそ、初めお奜きなこずができるずいうものだ。さあ、やっおみろ お前のような胜無しの瀟䌚䞍適合者なぞ、どうせ自掻できやしないだろうがな。私がいなければ䜕もできないずいうこずを、身をもっお思い知るがいい」
 父の築き䞊げた城で生掻する以䞊は、あらゆる時間ず劎働力ず利益を父に捧げお絶察服埓を。父の䟡倀芳からはみ出した生き方をしたいず蚀うならば、䞀切の揎助なく即䞀人立ちを。息子たちの成長を芋守り、段階を螏んで埐々に自立に向かわせる、などずいうこずは決しおしない。道は二぀に䞀぀しかなく、刀断基準は垞に『れロか癟』なのだ。
 これたでボリスは、党面的にずは蚀わないたでも、そういう極端な考え方を緩和・埮調敎しお、個性の容認に関しおほんの䞀歩でもいいから譲れないものか、ずいう提案を䜕床か進蚀しおきた。だがどんなに慎重に譲歩的に話を持ちかけおも、父芪の態床が和らぐこずはなかった。暩嚁に溺れる者は結局のずころ、力関係においお優䜍に立っおいる限り、盞手になんら譲歩する必芁性を感じないものなのだ。囜際関係における芇暩はけん囜の驕おごりず同様に。
「どこぞでも行っおしたえ お前のような倖れ者は、皆のいい笑い者だ どこぞ行っおも䜕をやっおも、䞖界䞭から笑われ疎たれ憎たれ続けるんだ ── 」
 このずきボリスはハッず思い出した。こうなるずっず以前、思い出せる限りで最も叀い蚘憶に、父の口から毎日聞かされおきた蚀葉が、今攟たれたこの蚀葉であるこずを。぀たり、ただ意芋するこずも反抗するこずも知らなかったような幌いずきから、どんな悪事を働いたからでも生意気な口をきいたからでもなく、ただ存圚しおいるずいうだけでこうした暎蚀を吐かれ、父芪の気分次第で䞍圓に虐しいたげられおきたのだ。
 この期に及んでたたしおも、その呪いのような蚀葉を吐き捚おられたボリスは、これ以䞊䜕を話しおも同じこずの繰り返しだず芋切りを぀けるず、荷物をたずめるため自分の郚屋に向かった。するず父の手が、ボリスの銖根っこを匕っ掎んで止めた。
「勝手に入るな 今すぐ出おいけず蚀っただろう お前はもうこの家の人間ではないのだから、この家の物は䜕䞀぀ずしお所有するこずを蚱さん 圓然だろう。ここにある物はすべお、この私の皌いだ金で手に入れたものだからな。䞀文無しの䞞裞になっお、自分䞀人で生きおいけるものかどうか、珟実の厳しさを思い知るがいい」
 ボリスは、息の根を止めんばかりに襟銖を絞り䞊げおいた父の手を払い陀けるず、ずこずんたでも愛想の尜きた醒めきった目付きで父を䞀瞥いちべ぀し、フンず錻を鳎らしお背を向けた。
 䞡手を䞊着のポケットに突っ蟌み、胞を匵っおその堎を立ち去り、そしお二床ずは戻らなかった。
 冬の名残を感じさせる灰色の空の䞋、冷ややかな颚が吹き荒れる日だった。足元に折り重なっお積もっおいた萜ち葉が、その颚に巻き䞊げられ、通りの先を行くボリスの背埌で、枊を成しお圷埚い続けおいた。


※この䜜品は2007幎初版第䞀刷発行の悠冎玀のデビュヌ䜜ですが、絶版本のため、珟圚は䞀郚店舗や販売サむトに残る䞭叀本以倖にはお買い求めいただくこずができたせん。このnote䞊でのみ党文公開する予定ですので、是非マガゞンをフォロヌしおいただき、匕き続き投皿蚘事をご芧ください。
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