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専門領域とは何か

 医者になって数年経った頃、指導医に質問されました。

「それで、君はどの分野に興味があるんだい。」

 初期臨床研修制度が実施されて以降、本邦の医学生は6年間の医学教育の後に国家試験を経て、まず初期研修医という身分になります。初期研修の2年間も法律上は「医師」ですが、医療行為を行うためには指導医の存在が必要になります。研修指定病院での2年間のカリキュラムを修了して初めて、ひとりで医療行為を行うことができます。臨床研修修了登録証と保険医登録証を携えて、ようやく一人前の(といっても駆け出しの)医者になるということです。

 初期研修を終えると、大まかな自分の専門領域に進みます。最近の新制度ではこのあたりがさらに複雑化して、基本領域の専門医を取得してから、さらに専門領域の専門医を取得して、その分野の中で生涯テーマとも呼ぶべき自分の専門分野を決めていくことになります。気の遠くなる話です。

 私が医者になったのは初期研修制度が制定されて以降で、しかし今ほど複雑なカリキュラムではなかった頃のことでした。したがって冒頭の「どの分野に興味があるか」という質問は、「呼吸器内科学の中で」という条件付きです。


 呼吸器内科の中にも様々な専門領域があります。

 代表的なところを列記しますと、肺悪性腫瘍、感染症学、免疫・アレルギー学、嚢胞性肺疾患、びまん性肺疾患あたりでしょうか。この他にも肺血管を専門にする人もいれば、救急集中治療医学との境界を生業にする人、睡眠時無呼吸症候群などの呼吸生理学、また気管支内視鏡学に特化していく人もいます。それぞれの専門領域の中でも、さらに研究テーマという観点から細分化されていきますから、これはもう大変なことです。

 私の専門領域は免疫アレルギー学、疾患別では喘息とCOPDですが、パンデミックのせいでなし崩し的に感染症の医者だと思われて大変でした。びまん性肺疾患の世界に突撃して厚労省のびまん班会議に紛れこんだり、日本臨床腫瘍研究グループにうっかり混入したりもしたけれど、私は元気です。

『どの分野に興味があるか。』

 どこにも興味はございません。

 そもそも呼吸器内科が好きかというと、ふつうです。フリーレンがフェルンに魔法は好きかと質問したときの「ほどほどでございます」くらいの感情で、つまりフリーレンと同じです。では好きな魔法を教えろ専門をどうするのかとゼーリエに質問されたら。きっと私は「医学ってのは治療の道具だぜ。好きも嫌いもあるか。」と答えるでしょう。

 私は漢方医学も専門にしていますが、それは深淵な歴史に惹かれたわけでもなければ、東洋医学理論に陶酔したり西洋医学を忌避して自然生薬に傾倒したわけでもありません。ただ病態把握と治療手段として漢方医学が優れていたから、修練を積むことにしただけのことです。

 医学魔法という学問や、自分の専門領域得意魔法にプライドをもって仕事をしている医族から見たら、私のようなスタンスは医学を冒涜しているように映るかもしれません。しかしながら、私にとって医学は手段です。それ自体が目的になることはありません。

 そろそろ弟子でもとりましょうか。
 そんな酔狂な人がいたら…の話ですが。



 拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、貴方の人生が楽しいものに満ち満ちていきますように。



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