マガジンのカバー画像

【小説】【童話】の記事

51
小説・童話の記事をまとめました。
運営しているクリエイター

記事一覧

【小説】使い道を知らなくて

 いかに仲睦まじい夫婦でも、生まれ育った環境が違うのだから、意見がたびたび対立するのは当然のことだ。例えば子育てに関して――  実家が自営業の咲良は、子供が小学校低学年のうちから、小遣いを与えてお金の管理を覚えさせるべきだと考える。  一方で、母親がなにかと過干渉だった僕は、中学にあがるまでお年玉も回収されていたから、まだ小学三年になったばかりの奏哉には、必要な物を買い与えればいいと考える。 「親の言うことばかり素直に聞いてると、なにも自分で決められない大人になっちゃう。り

【小説】蝶に宿りて

 愛とは、見捨てないことだと、誰かが言ったそうです。けれど、見捨てるべき人を見捨てられない場合は、愛と呼べるのでしょうか。  結局、私は何度裏切られようとも、母を見捨てられませんでした。  六年ぶりの再会は、歌舞伎町で働いていた頃です。  桜が咲き始めた三月の夜、どこで噂を嗅ぎつけたのか、母は客として現れました。金回りの良さそうな身なりで、目立つ黄色いジャケットを着ていましたが、瞬時に誰か分からないほど年老いて、まだ六十前のはずが、七十くらいに見えました。顔に出る強欲さが、

【小説】かっこつけた成績の上げ方

 甘ったるい声の駒木先生が、あいうえお順に生徒の名前を呼び、英語の期末試験の結果を返却していった。 「倉本くん、百点!」 「おお!」  皆の前で点数を発表されるのは、百点満点の時だけだ。  俺は、首にマフラーを巻いたまま、寝ているふりをしていた。すると、一人だけ順番を飛ばされ、最後に名前を呼ばれた。 「新田くん」  不敵に聞き流した。 「こら! 新田大輔」  後ろの生徒に背中をつつかれてから顔を上げると、皆の視線を集めていた。教壇に立つ先生は、くりっとした目の幅を狭めるように

【小説】二梅 -FUTAUME-

 思春期を迎えた女の子は、まるで白梅のようだ。同い年でも幼げな、まだ蕾のままの男の子に先駆け、ちょっぴり生意気な花を可憐に咲かせる。ふとした仕草から、“女” がほのかに匂い立つと、私のような父親は、どきっとさせられ、どことなく不安になる。  或る晩、髪をまとめた万葉が、台所でお手伝いをしながら、千里に何かをねだっていた。二階から降りてきた私は、隣接する居間で文庫本を開き、耳をそばだてた。  どうやら万葉は、お洒落なチョコレートを作りたいようだ。渋る千里は、大雑把な性格を自認

【小説】ふられて尚、単純につき 

 修一郎は、実に単純な男だ。故に、定職に就いていないにも関わらず、恋人と僅か二か月の交際で結婚を確信した。早とちりした報告は、親や友人に留まらなかった。バイト先でも得意満面に触れ回った。そして、交際開始からの日数を律儀に数え、百日目の記念日にプロポーズを決意したが、あまりにも虚しく、その五日前に別れを告げられた。  青天の霹靂の彼に、去りゆく恋人は言った。「女みたいにトイレが長すぎる男は嫌いなの」  翌々週の日曜日、クリスマスイブを迎えた。修一郎は、バイト先のシフト表を休み

【童話】土と太陽

 ほんのすこしだけ昔、かふふ盆地の真ん中らへんに、のぶ爺さんのぶどう畑がありました。  かふふ盆地は、まわりを山々に囲まれて、すりばち状に凹んでいます。空高くのぼる太陽から見ると、大きなパラボラアンテナのようです。  のぶ爺さんのぶどう畑は、日あたりも風とおしもばつぐんで、広々としていました。ずらりと並んだ木の枝に、ぶどうの赤ちゃんが芽吹くのは、のどやかな春でした。そして、暑い夏をものともせず、すくすくと成長する沢山のぶどうは、さわやかな秋に、しゅうかくの時をむかえました。毎

【小説】青朽葉

 法学部二年の真司は、清涼な空気にいざなわれ、早朝のランニングを日課に定めた。食欲の秋にかまけた挙句、怠惰な体になった去年を反省してのことだ。  タオルを首に巻き、ウエストポーチを腰に巻く。両親と年の離れた弟が、戸建ての二階でまだ寝ているうちに発つ。イヤフォンで軽快な音楽を聞きながら、毎朝ほぼ同じルートを颯爽と走る。高校時代の彼は、バスケットボールの選手だった。  閑散とした道に、様々な枯れ葉がぽつぽつと落ちている。赤、黄、そして青みがかった色合いもある。かつての日本人は、も

【小説】カネの準備は出来ている

 夏のおびただしい日差しを避け、賑わう学食で特盛カレーを食べていると、嫌な話を小耳に挟んだ。 「シングルマザーの再婚率は、子供の性別によって五倍の差があるらしい」  ちらりと振り返ったところ、男が女に語っていた。五倍は、流石に盛っていると思った。 「どっちが再婚しやすいの?」 「そりゃあ、女の子でしょう」 「ああ・・・なんか、気持ち悪いね」  生じた偏見は、致し方ないのかもしれない。性的虐待に関するニュースは、後を絶たないのだから。  俺の両親は、息子の彼女に四歳の娘がい

【小説】喜劇のやくそく

真子さんへ  まず、お聞きしたいことがあります。小学生か中学生の頃、児童劇団で演じた役の中に、「お父さんに仕事をください」という台詞はありましたか?   僕は、全く覚えていないのですが、かつて賢一先生から聞いた話では、真子さんか京子さんのどちらかが、舞台上で発した台詞のようです。 「娘に言われて、尻に火が付いたんだよ」  笑いながら、そのように語ってくれたエピソードは、起業のきっかけです。冗談かもしれませんが、件の悲しげな台詞は、賢一先生の心に強く残った一言に違いありませ

【小説】棘のある女にマティーニを

 欲望の沼は恐ろしいもので、そこに足を踏み入れて堕落すると、僕自身がそうであるように、二度と真人間には戻れない。  その女も、同類の雰囲気を漂わせていた。黒髪をショートボブに切りそろえ、グレーのパンツスーツを上品に着こなしていたが、どことなく不幸せそうな美人で、かつての素行不良を思わせる棘々しさが顔つきと仕草に残っていた。  一人で店に入って来た彼女は、カウンターの端の席に足を組んで座った。 「何かカクテルを頂戴」  酒は強いか尋ねたところ、「どうかしらね」と薄笑いを浮かべ

【小説】にせ者が説く

 お寒い懐具合の秀雄は、齢三十五にして、おばあちゃんにお年玉を貰うことにした。  本来であれば、松の内の七日か十五日までだろう。また、二十日であれば、「はつ」という音韻に正月らしさがあるだろう。だが、その日は新年明けて二十一日である。  適切な年齢と時期を過ぎて尚、まだ間に合う、という理屈は秀雄にしか分からない。  まず、詐欺師のような言い回しで電話を掛けた。 「僕僕、僕だけど」 「秀雄ちゃんかい?」 「そうそう。今日のお昼頃、家にいる?」 「久しぶりだねえ。来るのかい?」

【小説】僕たちの夢見たサンタクロース

 十九歳の春、双子の妹と半年ぶりにカフェで再会した。特に変わった様子はなく、韓流アイドルを真似たような化粧が気になる程度だった。  親元に先日帰った話をすると、妹は「去年のクリスマスイブに帰って、一晩泊まったよ。稔も来れば良かったのに」と笑った。そして、上品な白い器の写真を見せてくれた。 「サンタさんからの贈り物」 「手作りかな?」 「きっとね。大事に使うつもり」  僕はどこかすっきりした顔の妹を感慨深く見て、クリスマスの思い出を幼少期から振り返った。  八歳の冬、学校から

【小説】同乗者の実体

 タケは見かけによらず怖がり屋だった。  一緒に行った花火大会の帰り道で、脇から飛び出してきた猫に野太い悲鳴を上げた。つい笑ってしまった。猫だよ、と伝えると、タケは恥ずかしそうに、こういう暗い道が駄目なんだよ、と言った。  意外に可愛いな、と思い、その一件で別れることはなかったけれど、結局お付き合いは長く続かなかった。  そんな彼とSNSを通じて再会したのは、大学三年の夏だった。 「味は最高の店なんだけど、薄気味悪い場所にあるんだよ。しかも夜しかやってなくて、一人で行くの

【小説】報復は週明けに

 ブラインドの隙間から窓の外を見ると、夏休みを迎えたと思しき男の子が、プラスチックバットを刀のように背負い、車道の脇を自転車で走っていた。その後ろを遅れてやってきたのは、弟に違いない。黒いノースリーブシャツに白い短パンという、上下お揃いの格好だった。 「学さん」  呼ばれてオフィスに向き直った。長身で猫背の海斗くんが、ひょこひょこと近寄ってきた。 「この人知ってますか? 一つ年上で、同じ高校みたいですよ」  差し出された名刺には、高校時代のサッカー部で大層 “かわいがってくれ