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同じ病室だったNさんの死【音声と文章】

山田ゆり
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※今回はこちらの続きです。

https://note.com/tukuda/n/nc441491ddd01

のり子の弟は入院してから毎日、勤務先である新聞社の新聞を読んでいた。

そして、必ずお悔やみ欄はひとりひとり、自分に関係がある方かどうかを見ていた。


ある日、弟はお悔やみ欄のお一人にくぎ付けになった。


その方はNさん。
ついこの間までの一般病棟で向かいのベッドにいた方だった。

その方は「病気が治った」ということで退院されたのだ。

弟の病室の方々はこれまで数回、同じ病名で入退院を繰り返している方が多くÑさんもそうだった。

それぞれ病名は違うがしかし、誰もが、いつか病気が治って退院するという同じ希望を抱いていた。

だから、退院していく人は残された人たちにとって、英雄に見えていた。


Nさんにはいつも奥様が寝泊まりして付き添っていた。

ある日、Nさんが無菌室に入ることが決まった。

Nさんは無菌室で治療をし、その後退院するのだと嬉しそうに話されていた。

弟はNさんのそのお話をとても喜んで聞いていた。
奥様はいつも通りの暗い表情をされていたが、それは看護疲れによるものだと感じていた。

やがてNさんは無菌室に移って行った。


その後、風の噂でNさんは退院されたと弟は聞き、僕もこの病気を早く治して退院しようと思ったのである。




お悔やみ欄には、名前・年齢・住所しか書かれていないが、記憶力の良い弟の脳内であのNさんと全て一致した。


ショックだった。

同じ病棟にいた方がお亡くなりになったのだ。


そのことをその晩、弟のベッドの床に布団を平行に並べて寝ていたのり子は、弟からNさんがお悔やみ欄に載っていたことを聞かされた。


あの病室は「死」と隣り合わせの人達の集まりなのではないかと、弟はその頃から感じ始めたようだった。

これまで骨折などのけがでしか入院したことのない弟である。


ある程度の時が経過したら退院して以前のようになれると思っていた弟は、無菌室での辛い日々とNさんの死は弟の心の奥に暗い影を落とした。



のり子の弟が無菌室に入り何度も新しい「治療」が続けられ、その度に吐き気や高熱・倦怠感・手足のしびれなどを体験し、身体はどんどん弱って行った。

弟の病室に寝泊まりしているのり子は、税のプロになる夢のために、無菌室からワープロ教室や隣の市の夜間のビジネススクールに通っていた。

弟の新しい「治療」(という名の試験)が始まり、吐き気などの症状が強い時に外出しなければいけない時、のり子は「今日は予定をキャンセルしようか」とつい、弱気になった。


しかし、のり子がやりたいことをやる人だと弟は分かっているから、そのやりたいことを諦めるほど、自分の病気は悪いのかと思われたくなくて、のり子は自分の予定をキャンセルせず、予定通り、出かけていた。

それは苦渋の選択だった。


無菌室を出る時にのり子は弟を見る。
その日の弟は起き上がれないほど弱っていた。

「じゃぁ、○時くらいまでに戻るから。」
のり子は明るい笑顔を弟に見せた。

「いってらっしゃい。早く帰ってきてね。」
弟は顔だけのり子のほうに向け、弱々しく言った。






のり子は弟の付き添いをするにあたり、自分で決めたことがある。

それは弟には絶対、自分の泣き顔を見せないこと。


自分の病気のためにお姉ちゃんが泣いていると思われてはいけないと思ったからである。

小説の中で悲しい場面が出てくるとすぐにボロボロ泣いてしまうのり子だったから、弟の入院中はその類の書籍は読まないことにし、自己啓発などの本を読むようにしていた。

無菌室と一般病棟を繋ぐ密閉された廊下で不織布の割烹着・帽子を脱ぎ、マスクを外し、エアシャワーを浴びて、のり子は一般病棟に出た。


するとそれまで張り詰めていたものが一気に噴き出し、大粒の涙がぽろぽろと頬を駆け足で落ちていった。持っていたタオルで顔を吹きながら西日が差す駐輪場に向かった。
弟が入院した頃から比べると日が短くなってきた。
今年、弟に夏はやってこなかった。
あっという間に夏が過ぎ、駐輪場には落ち葉が舞い落ちていた。


きっと治る。
弟だもの。絶対治る。


のり子は何度も心の中で自分に言い聞かせた。







長くなりましたので、続きは次回にいたします。


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~同じ病室だったNさんの死~
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