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小説セラピー「星に願いを」(Mさんの物語)

小説セラピー「星に願いを」(Mさんの物語)

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「星に願いを」(Mさんの物語)
  ベランダから夜空を見上げても、星は見えなかった。ただ、煙草の白い煙だけがゆらゆらと昇っていく。ふと、「女性の煙草は辞めてほしい」と彼氏の言葉を思い出して、私は煙草をもみ消した。
 四十代半ば。

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小説セラピー「夜明けのラジオ」(あゆみさんの物語)

小説セラピー「夜明けのラジオ」(あゆみさんの物語)

 夜が怖かった。
 明日も仕事があるというのに、妻と子供が寝たのを見届けると、ふと足元から不安や恐怖が込み上げてきて、全身の力が抜けていく感覚に襲われる。
 原因はおそらく同僚からの相談だろう。
 あいつは同期入社だった。出会った頃からお互いによきライバルとして切磋琢磨し、よく飲みに行った親友でもあった。
 そんなあいつが、まさか鬱になって休職するなんて思いもよらなかった。しかも、もうすぐ結婚して

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小説セラピー「とある役者の物語」(Rさんの物語)

 久しぶりの大阪遠征が決まって、私は思いのほか緊張していた。
 コロナで舞台がことごとく中止になって、もうすぐ一年が経つ。私はその間、歯を食いしばってただ時間が流れるのを眺めていた。そして今、ようやく長い冬が終わりを迎えようとしていた。
 私はお風呂上がりの火照った顔を鏡に向けて、ニコッと微笑んでみた。そこには演技ではない、目が笑っていない素の自分がいた。子供のころからどっぷりと浸かっていた芝居の

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小説セラピー「風が聞こえる」(Aさんの物語)

小説セラピー「風が聞こえる」(Aさんの物語)

 思えば、人生は船旅に似ている。
 初めて乗った船は、まるで揺りかごのように私を優しく包み込みながら、この世界へと連れてきてくれた。大きくて、優しくて、だから私は安心して目を開けることができたんだと思う。
 目の前の世界は、美しかった。
 ただ、不思議なことに、私はここにいるのに、目の前の世界には私がいなかった。
 だから私は耳を澄ました。
 どこからか、私の声が聞こえないかと。
 旅は始まったば

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小説セラピー「父と金魚」(Sさんの物語)

 今だから言いますが、お父さん、私はあなたが嫌いでした。
 あなたはひどい父親でした。確かに戦争が始まる前のあなたは父として、一家の長として、そして私たち兄弟の遊び相手として立派だったのかもしれません。職場では慕われ、近所からは一目置かれ、なにより私たち家族から愛されていました。
 戦争があなたを変えたのでしょうか。
 あなたは開戦以後、極端に塞ぎ込んでしまいました。誰の言葉にも耳を貸さず、まだ幼

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小説セラピー「枯れ葉の上に」(サンプル)

 木枯らしの風が私の耳を痛めつける。
 仕事が終わり急いで家に帰ると、ポストにハガキが入っていた。
「……同窓会か」
 そこには年末にみんなで集まりませんか、と簡素な文書が印刷されているだけだった。小学校の同窓会に呼ばれたのは初めてだな、と思いながら私はそれを玄関のごみ箱に捨てた。
「ただいま」
 今年小学生になったばかりの娘が抱きついてくる。私はこの子が愛おしくて堪らない。
「ねえ、ママ、どうか

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