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演劇企画CaL「白と黒」を観て、"俺にも台詞とギネスくれよ"と思った観客の話

演劇企画CaLさんの、「白と黒」という演劇を見てきたのですが、これがめちゃくちゃ良かったので、何が良かったのかをひとりのアイルランド好きとして書き留めておきたいと思います。

●ストーリー

この演劇のストーリーは至ってシンプルというか、誤解を恐れず言えばほぼないと言っても過言ではありません。

アイリッシュパブのバーテンダーと、常連である「おけいさん」と「はづきさん」、そして新しく常連になった「ふらさん」の4人が、ひたすら日常会話を繰り広げるだけの話です。

もちろんストーリー展開はあるものの、そこで繰り広げられる会話は、あえていうなら非常に平凡なものです。

そのあまりの平凡さに、このようなことを思う方もいるでしょう。

「これなら、俺と友達の居酒屋でのやり取りの方がおもしれえな?というか俺ならもっと面白いこと言ってやるからそこのカウンター座らせてくれや?」(というか、そう思ったのは僕です)

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しかし、これがこの演劇の非常に重要なポイントであり、この演劇の本質なのです(言い切り!!)

そして、あなたがあの会話劇に謎の親近感や対抗意識を燃やした時点で、この演劇の術中にハマっているといえます。

なぜなら、(あえて露悪的にいうなら)この演劇は、
「非常に健全で巧妙なアイリッシュパブ啓発劇」だからです。

●アイリッシュパブとは

アイリッシュパブの「パブ」というのは、"Public House"のことです。
文字通りアイルランドではパブは集会所であり、地域の交流場としての役割を果たしています。

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そう、ぶっちゃけアイリッシュパブは、日本でもどの村にも一つはある、ただの場末の居酒屋なのです。

そんな場末の居酒屋での、箸にも棒にもかからない会話の再現がこの演劇の特徴なのですが、この演劇の上手いところは、会話の随所に、しっかりアイルランドのプロモーションが練り込まれているところです。

これが非常に巧妙で、基本居酒屋での与太話を繰り広げる中に、おけいさんがうまーく(アイルランド観光大使ばりに)アイリッシュうんちくを忍ばせるのです。

例えば、アイルランドのパンクバンド、The Poguesに関する話が出てきた時におけいさんが放つ「Shane MacGowanが生きてるなら、俺らも生きてていいんだなって思える」という台詞があります。

このShaneという男が、飲んだくれかつタバコの吸い過ぎで歯もスッカスカ、マジで誰がどう見てもダメ人間のクソ野郎だということを知ってると、この台詞はマジで爆笑なのです。


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8020運動が最も必要な男、Shane


また、おけいさんの
「やっぱこれが命の水だなー」というセリフも、ウイスキーの語源がゲール語(アイルランドの第一言語です)の"Uisge-beatha"からきているということを踏まえたものでしょう。

このように、おけいさんがアイルランドうんちくをステルスで忍ばせてくるので、アイルランド好きにとっては思わずクスッとするセリフが盛りだくさんになっています。


●アイリッシュパブは最高の参加型劇場

しかし、そんなアイリッシュうんちくがわからなくても、居酒屋で一度でも友人とくだらない話をしたことがあれば、この演劇は、アイリッシュパブは、誰にだって身近なものになるでしょう。

何よりその目的のために、この演劇が「本当にアイリッシュパブで行われた」というのが、僕が本当に何よりも感動した点です。

この演劇は日吉にあるアイリッシュパブ「O'brien's Irish Pub」にて、普段のレイアウトを極力変えることなく使用した上で開催されました。

ギネスを飲みながら演劇を観られるなんて、酒呑としては嬉しいけれど、一体何が始まるんだ?と思っていましたが、この内容を見たらそれも納得でした。

これはよく言われることなのですが、アイリッシュパブという空間には、境がありません(同じパブでも、ブリティッシュパブの方はより閉鎖的な感じがします)。

だからこそアイリッシュパブは社交の場として機能するわけですが、その空間を演劇において利用することで、演者と観客の間にも、一切隔たりがなくなるのです。

そのように空間を共有することで、あのくだらない会話の中に自分が混じっているかのような錯覚を起こさせ、観客も当事者として、アイリッシュパブの素朴さとくだらなさと居心地の良さを提供したのが、この演劇の本当に素晴らしいところです。

そう思えば、参加型演劇にアイリッシュパブは最もふさわしい場所だったのです!

これは妄想ですが、コロナ禍でなかったなら、この演劇は観客も会話に交じることすら想定していたのではないでしょうか。

演劇のスタート、終了のアナウンスがなければ、本当にあの会話劇は日常のやりとりとなんら変わりはないのです。

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しかし、先ほどは(あえて)平凡な会話とは言いましたが、しっかりその会話には起承転結があり、後半にはどんどん話が転がっていきます。

平凡で身近な会話劇をしっかり演劇として成り立たせていたところに、脚本の梅野さん、演出の吉平さんの匠の技を感じます!


●無限アイリッシュパブ編

そしてこの演劇のすごいところは、そんな日常のよしなしごとのやり取りを題材にしているからこそ、無限に続編が生み出せるところです。

だって、全ての人に全てのライフストーリーがあって、パブはその全てのストーリーの交換の場所なのですから!

どんなクソッタレストーリーを持ってこようが、あの場所ではクソッタレの聞き手さえいれば、どんなクソッタレも立派な語り部となるのです。

言葉と物語を重んじる国、アイルランドが作り上げた最高の参加型演劇の会場、それがアイリッシュパブなのだと、改めて感じた次第です。

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というわけで、もしよければ最高にくだらない会話劇の繰り広げられる続編を、心から待ってます!

(最後に宣伝ですが、僕は渋谷のアイリッシュパブ"Failte"のセッションで、同じようなクソッタレ演劇を(Finnegan's Wakeを踊ることこそしませんが)フリースタイルで繰り広げてるので、そちらにも是非遊びにきてね!)

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