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日本酒「熟成」の深淵と、「きれいなお酒」の功罪|鎮守の森の「熟成の会」で考える

2019年現在、日本酒文化の主役は「きれい」なお酒だと思います。

「冷やしておいしい」「ワイングラスでおいしい」タイプ。もちろん好きです。

一方、日本酒には「熟成」という領域があります。
そしてこの世界が、悲しいほど知られていません。

そんな「熟成日本酒」を堪能する機会に恵まれました。

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今回の記事ですが、ざっくりいうと「熟成酒っていいよ」というものです。
一番言いたい「熟成酒を好きになるコツ」を先に紹介します。

1:熟成酒はお店でチャレンジしよう!
わくわくして買った熟成酒がもしも苦手な味だったら、瓶全部のむのは結構苦痛です。お店でお酒を楽しむとき、ひとつくらい熟成系(そこまで謳わなくても、地酒専門店では数年ものはあったりします)をオーダーしてみるといいですよ。

2:徐々に慣れましょう
いきなり何十年もののヴィンテージワインのんでも「?」となるように、いきなり10年物を飲んでも体がついてこれません。舌がそもそも熟成のおいしさを知らないのだから当然です。2〜3年くらいの「微熟」から飲んでみましょう。

3:迷ったら熱燗
熟成酒は味が「閉じている」ことも結構あります。飲んでみて「え?わからない」と思ったら一度温めてみましょう。結構おどろきますよ。

鎮守の森の熟成酒の会へ!

「熟成酒の会」が行われたのは、僕の好きな日本酒店のひとつ「鎮守の森」。

隠れ家感満載の「鎮守の森」ですが、看板っぽいものができていました。

「鎮守の森」は巨大な保管庫をもち、日本酒を「育てて」(テイスティング後、ベストな状態でお店にだせるよう、氷温で長期保存にしたり、常温放置したり)しているお店です。

今回、そんなお酒育成のプロが長年熟成させてきた「作品」を大放出すると聞き、平日夜にかけつけました。(お酒の整理をしていたら「あれ?こんなに熟成酒多かったっけ?」となったとか)

この日のルールはひとつ、店の熟成酒を好きなだけ飲んでよし!さあ、飲もう。

ずらりと並ぶ日本酒は、全部熟成!

喜楽長(喜多酒造 滋賀)

12年もの! 花(しかもでかく強そうなやつ)のような香りがあります。しかし味は繊細、そのかわりに「おいしい」という味がずーーーーっと続きます。でも重すぎない。 1杯目ですが、いきなり形容できない美味しさ。なんなんだこれは。

いなば鶴 剛力 (中川酒造 鳥取)

大吟醸だって熟成できます! アタックはソフトだけど、飲み込む瞬間に「ガン!」口内で破裂します。重心低めでなかなか獰猛です。強さに舌が慣れるとどんどんおいしくなります。実際、3口目が一番おいしかった。

そもそも、熟成酒ってなんだ?

日本酒の世界では醸造年度から1年経つと「古酒」となり、見え方としては「熟成酒チーム」の一員に入ります。しかし「熟成酒」に明確な定義はありません。

(美しい琥珀色!)

日本酒は温度や光、さらには振動(!)とさまざまな外的要因で味が変わるため、はやめに飲むというのが、ある種のセオリーです。しかし、

日本酒=早飲み、がすべてではない

徹底した管理方法で早く飲んだ方がいいものもあれば、熟成した方が味がのってくるものもあるのが本当のところ。管理方法だって常温でテキトーに放置していても、すごくおいしくなるほど野性味あるやつだっています。

ものによる、のです。

実際、酒蔵さんによっては味が落ち着くまで少し熟成させてから出荷しているところも結構あります。

日本酒の熟成文化は「ない」のではなく、昔から確かに存在している。しかしそれが「見えづらい」状況になっているのだと思います。

蔵の風 純米吟醸(乾坤一) 大沼酒造店 宮城

次はこれ、うまい。びっくりするほどまろやかです。熟成ならではの「艶っぽさ」があります。

話を戻すと、なぜ熟成の世界がそれほど広がっていないかというと、僕はシンプルに「飲みにくい」からだと思います。フルーティーな香りはがっちり濃厚になるし、シャープな舌触りは「まるっと」なる。さらに香りは「枯れる」感じに。

ごくごくサワー飲んでた人がいきなりスコッチ呑んだら、そりゃむせます。

飲みやすくておいしい日本酒が、「知らない味」「知らない刺激」になるのです。

ただ、これが飲み慣れてくると堪らなくなる。

新政 90 (新政酒造 秋田)
次はこれ、新政の90精米。平成23年度の醸造です。
これがでた当時、あの新政が90%を出すと聞いて心躍ったものです(しかし入手できなかった…)。こんなところで会えるとは夢にも思っていませんでした。

印象は「軽くて飲み易い!」です。熟成だからって全部重くなるわけではなく、もともとのお酒の個性はしっかりと保たれます。

「飲みやすいお酒」の功罪

ここ10年くらいのはやりのお酒は、フレッシュで、クリアで、ジューシーな飲みごたえのあるものなのかな、と思っています(もう変わったかもですが)。そこが現段階の日本酒のスタンダードです。

そのようなお酒を、日本酒を広げるために「ワイングラスで〜」というのは大賛成です。しかし、その文脈にのっかっていくと「ワイングラスだとキツくて到底飲めない」熟成酒が、流れにおいていかれてしまうのです。

誰もウイスキーストレートをハイボールのようにあおりません。でも「日本酒」というカテゴリーでいうと、「同じ酒」になってしまいます。

それって、あまりに惜しい

安東水軍 青森 尾崎酒造
羽陽 男山 山形 男山酒造

続いては飲み比べ。鎮守の森名物「麻婆丼(結構スパイシー)」にあうお酒として出していただきました。

熟成酒は、「香辛料」に合うんです。
パンチのあるスパイス料理や肉、そういう一見日本酒と合わせなさそうなものも、ばっちり包み込みます。

熟成の可能性は未知数

青斗七星 純米大吟醸 青砥酒造

こちらは鎮守の森(酒徒庵)限定で、2014年のもの。本数が少ない限定品にもかかわらず「…お店のカウンターの近く(常温)にずっと放置していた」ものだとか。熱燗でいただきます。

これがまた、綺麗なのに奥がある、最高の歳の重ね方をしています。
「熟成酒」って勝手に純米酒とか普通酒とかと思い込んでいたけど、繊細な純大だって、実は何年か放置されてもヘタレないパワーがあるようです。


で、熟成酒の可能性について。

ワインやウイスキーに熟成があり、日本でも焼酎や泡盛は当たり前のように寝かせる。とうぜん日本酒にもその可能性はあると思います。

最近、ニュースになっていた1本数万の超高級酒も、ただ原材料がいいだけでなく「熟成」で付加価値をつけています。熟成とは、マイナスではなくすごい付加価値に変わるものです。

熟成とは、つまり長谷部誠だと思う

たとえてみると、お酒の熟成はスポーツ選手と似ていると思います。

例えばサッカーの長谷部誠選手。
10〜20代は攻撃的なポジションでガンガンいっていたけれど、
経験を積むごとに中盤のバランサーになり
今はディフェンス(リベロ)として、キャリア最高の評価を得ている。

熟成酒って、これ。

重いものは軽く、軽さはおちつき、甘みはまろやかに、角は丸くなる、一方ぐっと個性が増すこともある。つるりとした表情にシワができ、表情が浮き出てくる。

変化をしつつ、一番おいしい具合に進化を続ける。
キングカズだって昔はサイドアタッカーだったんです。


ちなみにですが、個人的には3〜5年程度の「微塾」系が好みです、まだまだミーハーです。

最後にまだまだあった熟成酒と、まあまあ出来上がっていた竹口店主の写真を貼って終わります。

竹口さん、すてきなイベントありがとうございました。

もちろん、お酒を飲みます。