見出し画像

返事

 環境がやっぱりとても大事なんだな、と改めて実感した話。

 私だけ、心配だったから卒業式の練習をさせてもらった。先生たちの、前日リハーサルのリハーサルに付き合ったり、証書を受け取る動きを確認したり、返事の練習をしたり。いちばんは、返事が本命なんだけど。

 どうしても最初は喉が詰まって声が出なかった。返事ができないと、いつ動き出していいのか、タイミングがつかめない。それを考慮して、担任が「5秒数え切ったら、動き出してみて。そこからまた5秒経ったら、誰かに助けてもらうようにするから」と言ってくれた。でも、声は出ないし、一緒に動いてもらうか、指示されないと動けない。私はずっと練習したかったんだけど、体か心のどっちか、または両方がそれを拒否した。気づいたら手に力が入って、何かをぎゅっと握っていた。椅子だったり、練習用の証書だったり。恐怖と闘っている感覚だった。時間がぴたっと止まって、私が何か行動を起こさないと周りも時間が進んでいかない。動けない。正直、返事どころじゃなかった。無理かもなと思った。

 先生たちが打ち合わせに入るタイミングで、椅子から立たせてもらって、私は休憩を取った。コピー用紙に気持ちを整理しといて、1時間で戻ってくる、と言われたから、書いていく。

 時間ぴったりに先生が来て、私の気持ちが半分ぐらいまで書かれた紙を読んでくれた。そして、悩んだと思うし、全部手探りだったと思うけど、受験に例えた話をしてくれた。まとめるとこう。

【本命】を受けるときに無駄な心配をしなくていいように、【安心材料】として絶対受かる滑り止めを用意する

 さっきの練習では、滑り止めの対策もしないといけなかったから、本命に充分な力が出せなかったんだと思う。だから、5秒一緒に数えるってさっき言ったけど、俺が数えることにして、(私)は数えなくていい。返事に集中して。

 そう言われて、微かに希望が見えた気がした。できるかもしれない。教室に戻って、気をつけの姿勢を作る。

 名前を呼ばれて、そこで気づいた。息を吸うために、心の準備が必要だったんだ。英検の面接を思い出した。「合図とかもらっていいですか?」と聞く。会場の都合上、ずっと担任の方を向いているわけにもいかなかったので、階段下の先生がサインを出したら担任が呼んでくれることを想定してやってみたけど、何かが足りない。でも、あともう少しな気がした。無理かもな、と思っていたのが消える。

 自分で動いたら準備ができると思ったから、【サインが出たら、1回振り向いて担任の方を見て、担任がうなずいたら前に向き直す、それを確認して名前が呼ばれる】ことに決めた。心の準備ができていないと私は動けない。それを利用した作戦だった。

 こんなに調整してくれたからには、できて終わりたい。一緒に喜びたい。そういう思いが強くなっただけかもしれない。作戦の成果ではないかもしれない。だけど、呼ばれて20秒ぐらいかな、ようやく、初めての返事が出てきた。思ったより声は小さくて、弱かったけど、初めてだから仕方ない。びっくりしたし、嬉しかった。担任も私も、その次にすることを忘れた。5秒ぐらい経って、担任が「そのまま受け取るところまでしようか」と言ってくれて、私は動き出した。できた!!

 嬉しかったから勢いでもう1回だけ、通してやってみたら、今度は半分の時間で返事できた。それで家に帰ってきたけど、まだ練習していたら、どんどん返事までの時間は短くなっていただろうな、と思う。声も少し大きくなった。

 あとはリハーサルの日に全員で動きの確認をして、本番は少し早く行って会場の雰囲気に飲まれないようにする。まだ練習はあるけど、この「できた!!」という気持ちがいちばんの助けになってくれると思う。

 環境調整が本当に大事で、自分に合った環境ならちゃんと自分を発揮できるよ、ってことが分かった。奇跡ではない。担任と私の、努力と信頼の結晶だと思う。ありがとうございます。めっちゃいい先生に出会ったな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?