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若者、最後の一人旅【編集後記】

 「若者」といつまで呼んでくれるのだろうか。若者たちに向けて作られた音楽や映画は数あれど、その"若者"に自分が該当しているかどうかは、誰も定義をしてはくれない。
 私の中での「若者」の定義は『無茶な旅行ができるかどうか』だと思っている。一日の大半を各駅停車の固いシートでの移動に費やすことができるか、宿泊コストを抑えてカビくさい安宿やプライバシー皆無のゲストハウスに泊まることができるか、そんな"無茶"を通して道理を引っ込めさせることができるのは、私たち若者しかいないと思う。

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 それはそうと、JR四国社の若者の定義は「満25歳」らしい。同社が発売している「若者限定フリーきっぷ」の利用年齢制限が満25歳に定められているからである。定義の上での旅行ならば、行かなければならない、四国へ。



 この記事は編集後記となっております。本編は下記リンクより動画にてご視聴ください。


 年の瀬、仕事納めを終えたその足で、私は四国へ向かう高速バスに乗車しようとしていた。ハービス大阪の1階、道路に面した側帯にあるバス停に向かうと、ゴロゴロと転がるスーツケースがすっかり帰省ムードを漂わせていた。世間は帰省シーズンだというのに、私は今から縁もゆかりもほとんどない四国の地へと向かうのだ。それもひとりで。

 神戸で生まれ育った私にとって、四国の島はずっと目と鼻の先にあった。私が生まれた時には明石海峡大橋も瀬戸大橋も架かっていたから、地理的にも近くアクセスも容易な場所ではあった。
 初めて四国を訪れたのは、まだ物心がついたかどうかという頃の話。父方の祖父の実家が高知県の山中にあったので、その帰省についていったのが初めて。もう20年以上前の話であり、それ以来そこに行くことはなかった。
 それから長らくの間、四国との縁は途切れる。ようやく2回目に訪れたのは香川県。まんのう公園というところで毎年開催されている音楽フェス「MONSTER baSH」、私が高校生の頃の話。高校の友達数名と、神戸から高松までバスに乗り、土讃線を南下し琴平駅で下車、そこから会場までというルート。初めて大人抜きで行った宿泊旅行だったと思う。宿泊といってもホテルではなく、野営キャンプ場のテントの中で二夜を過ごした。今ではいい思い出だ。

 海を挟んだ向こうにあるとはいっても、そんなに頻繁に訪れるものでも無い。四国というのはそういう存在だった。

【四国周遊0日目】大阪-徳島

 「若者限定四国フリーきっぷ」の存在は友人に教えてもらった。3日間の間、JR四国管轄の路線の普通電車、特急電車に乗り放題になる夢のような切符(税込12000円なり)である。購入資格は25歳以下であること。居住地などは問わない。今年、満25歳、行くしかない。

 高速バスは徳島県の阿南というところに向かっていた。前乗りをして阿南に宿泊し、1日目のスタートを華麗に切るためだ。実は今回の旅を敢行するにあたってスタート地点をどこにするかかなり悩んだ。最も効率よく、かつ全ての路線と特急に乗るためにはどうすればいいか、そのためのスタート地点は言わずもがな重要なことだった。

徳島の東端にあたる位置に阿南市はある

 高速バスで高松まで行くか、はたまた愛媛スタートにするか、悩んだ挙句徳島の阿南駅をスタート地点にしたのは理由がある。
 徳島県内を走る特急「むろと」というのがあり、この特急は徳島駅~牟岐駅間で一日に一往復しか設定されていないのだ。四国の特急全部に乗るためにはこのむろとの攻略が不可欠であるというワケ。

四国を走る9本の特急+モーニングEXP2本

 むろとが走るのは早朝と夜8時頃の2ルート。それであれば、早朝に阿南から徳島駅に向かうほうがあとの旅程を組み立てやすいという結論になった。 むろとは徳島駅から、徳島と高知の県境近くの牟岐までを結ぶ。その間の停車駅のどこかに宿を取れば、朝からむろとに乗り込むことができる。できるだけ長い時間乗車したいオタク根性が疼いたのだが、県南に行くほど朝の発車時間が早く、安いホテルもない。これらを勘案して最終的に「阿南駅」が旅のスタート地点になった。

これが特急むろと

 ここまでが前置き。

 さて夜8時、阿南駅前に到着。降りたのは私含めて四人ほど。みな女性で、スーツケースを引いていたので帰省組だろう。
 とりあえず宿に向かう。知らない土地の駅前の雰囲気にも慣れた。地図を見ながらとぼとぼ歩いていく。小さな居酒屋からにぎやかな声が漏れている。年末、みな年忘れに明け暮れている。

 泊まるのは阿南駅からほど近い寂れたビジネスホテル。ロビーに染みついたタバコの匂いがお出迎え、今が何時代なのかを忘れさせてくれる。
 やることもないので、荷物を置いて町に繰り出してみる。宿のすぐ近くに繁華街があったので歩いてみる。よそ者が入店できるような雰囲気を醸し出している店はまずない。物憂げな雰囲気の表情をしながら繁華街を通り抜けた。

知らないチェーンスーパー

 旅先では必ずローカルスーパーに寄ることにしている。観光地は数あれど、ローカルスーパーこそが最高の観光地だと私は思う。地元の食材、名産品、地元の乳製品、どんな場所よりも旅気分を味わえる。なるべく地元の人になったつもりで買い物をするのがおススメ。
 宿でひとり、安くなった惣菜と缶チューハイ、ローカル番組。これ以上は何も求めない。ただ、自分はこう見えてビビりなので、閑静な町のビジネスホテルに泊まると霊的なものが怖くて部屋からは一歩たりとも出られない。暗い部屋に一人、テレビは付けたまま、私は震えている。

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【四国周遊1日目】阿南-徳島-阿波池田-高知市

 さて、いつも出社する時間より早い旅立ち。誰もいないロビーに鍵を預ける。寝ている家族を起こさないように家を出る、あの"気遣い"を思い出す。

特急むろと

 朝7時50分、阿南駅に特急むろとがやって来た。四国の特急9本乗車旅の記念すべき1本目。優しく冷え込んだ空気、爽やかで寂しい朝焼け、それをブチ抜く重たいディーゼルの音と匂い。これこそがまさに旅情だと思わせる。
 ホームにはカメラをひっ下げた男性が2人、あとは荷物を持った老婦。地方都市のローカル線はだいたいこんな感じ。

 阿南から30分ほどで徳島駅に着いた。叶うなら始発の牟岐駅(厳密には阿波海南駅)から乗り通したい。そうなると旅程を組むのがまた難しくなるので、また無茶な旅行をすることになる。もう若者じゃなくなっちゃうけど…?

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パーラー喫茶21世紀

 徳島駅から特急剣山で1時間ちょっと、阿波池田駅で訪れたのは「パーラー喫茶21世紀」。喫茶店好きにはちょっとした有名な店で、ファンシーな看板が目を引く。
 そういえば2023年は、喫茶店のために敢行した旅行も少なくなかった。富山のブルートレイン、新潟のロンドン、岡山のサンレモンとか。喫茶店や純喫茶は今や消えゆく文化遺産。観光地よりもよっぽど儚い存在だと思う。いつまでもあると思うな、親と金と純喫茶。

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 いよいよ徳島県から高知県に入る。阿波池田駅から南に延びる土讃線を特急南風で行く。急峻な山々の間を流れる川に沿って走る土讃線の沿線にはかの有名な祖谷のかずら橋や、スイッチバックで有名な坪尻駅や新改駅、珍名で有名な後免(ごめん)駅などがあり、話題に事欠かない路線だ。
 乗り放題に甘えて、帰省ラッシュの時期の特急自由席に乗り込んだ私の見積もりは大きくはずれた。自由席に乗れなかった人間たちが溢れ、立ち乗りを余儀なくされた千円程をケチったばっかりにこんなことに。

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高知駅前のデカ侍
念願のひろめ市場

 高知市内に入るのは初めてかもしれない。大阪から遠く離れた陸の孤島。海と山を越えてはるばる来た、ある種の感動さえ覚える。
 といっても、高知市内で稼働できる時間は夜7時から約12時間。明日の朝7時にはもう出発しなければいけない。夜しか咲かない満月。夜の高知市内といえば、ひろめ市場。
 
 忘年会シーズンのひろめ市場、ホンマに地獄。この日の平均年齢は22歳くらいで、ひとりで飲んでいる人は"いなかった"。あまりシステムを知らないまま入場したが、席がまったく空いておらず、大学1年のときに満員の学食を亡霊のように徘徊した嫌な記憶がよみがえった。何とか席を見つけてカツオとあおさの天ぷらを食べた。めちゃくちゃ美味かった。

カツオの塩たたき
あおさの天ぷら

【四国周遊2日目】 高知市-宇和島

 朝の四国寒すぎる。大晦日前日、天気は晴れ。
 高知県って東西にめちゃくちゃ広い。四国の下半分は全部高知県ってくらいデカい。東は室戸、西は足摺。電車で行くにはやはり高知は広すぎる。普段何するとこ!?
 佐川、須崎を通って、土讃線をさらに西へ。ちなみに須崎市は、ニホンカワウソが最後に目撃された場所でもある。海と山の稜線に接近しつつ、予土線との接続駅「窪川(くぼかわ)」へ。ここからいよいよ愛媛県へ入っていく。窪川から宇和島までは2時間ちょっとの旅になる。ただ普通に乗り通しても面白くないので、途中で乗り降りしつつ沿線のスポットを巡ることに。

四国随一の過疎区間を走る

 まぁこういう機会でもないと乗りに行くこともないだろうということで、目一杯楽しんできた。

これに乗った

 窪川駅10:43発の鉄道ホビートレインに乗車。ここから四国の山中に入っていく。途中の土佐大正駅で小休憩、ここが鉄オタの撮影タイムになっているのだろう、鉄オタが三脚をセットしたり、駅員さんと談笑したりする光景があった。
 私はさらにその先の「半家(はげ)」で下車。いつか訪れてみたかった珍名駅だ。ほかにも江川崎の道の駅や、松丸の駅併設温泉、モグライダー芝さんの出身地など、予土線沿線には見どころもフォトスポットも多くあった。以下、予土線沿線で撮影した写真を掲載する。

窪川駅近くの廃喫茶店。店名が良い。
四万十川にかかる沈下橋
土佐大正駅にて停車中の鉄道ホビートレイン
土佐大正駅で鉄オタのオジさんが撮ってくれた写真。
私の持ってたカメラと同じ色だったからシンパシーを感じたみたい。
半家駅より撮影した鉄道ホビートレイン
予土線のラッピング車両「かっぱうようよ号」
江川崎駅にて
松丸駅近くにあった、可愛い廃パチンコホール

 宇和島に着いたのは日がすっかり暮れた後。見計らったかのように雨が降ってくる。とりあえず宿にチェックインし、本日の晩餐を探す。
 宇和島は愛媛県の最果てにある町。いつか訪れてみたかった場所。松山市内で宇和島鯛めしは何度か食べたが、それくらいしか接点がなかった。年の瀬の宇和島は昨日の高知と同じく忘年会ムードで、観光客や外国人の姿はあまり見えなかった。私はとりあえず、有名らしいお寿司屋さんへ。

宇和島のウニ

 宇和島発新大阪行きのバスが通った。ここから何時間くらいかかるのだろう…と、旅先で距離と時間の計算をしてみるのも、なかなかノスタルジックでオツなものである。

【四国周遊4日目】宇和島-琴平-高松-徳島

松山へ向かう特急宇和海

 宇和島からは毎時ほぼ1本の特急が出ている。宇和島の朝をじっくり楽しみたかったが、以後の旅程を考えると朝7時台の特急に乗らざるを得なかった。冷え込んだ朝、小雨がまだパラついている。

 去年や一昨年は、広島松山周遊きっぷで何度か松山に行ったが、それより下に行くのは初めてだ。ここ数年で四国の地を何度も踏み、未開の地だった四国を開拓してきた。今回の旅行で、JR沿線の地域はおおよそ制覇できたと思う。残るは、徳島県の県南、高知県の東端と西端、愛媛県の内陸部あたりだろうか。いつか行きたいものである。

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 さて、少々の遅延もありながら、朝9時過ぎに松山駅に到着。ここで間髪入れず次の特急に乗り換える。
 松山駅もいよいよ高架化する日も近い。JR松山駅といよてつの松山駅が離れていることはかなりネックで、県外からの観光客はどうしてもJR松山駅が玄関口になるので、駅前にいよてつが伸びているとはいえこのちょっとした移動が地味に痛い。
 じゃこ天を買う暇もなく、待ち構えていた特急しおかぜで松山をあとにする。何気に、四国に来て四日目にして初めて"電車"に乗る。国鉄から一気にJRに時代が進んだような感覚だ。

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宇多津名物「ゴールドタワー」

 岡山に渡る手前の宇多津(うたづ)駅で下車。このあと琴平に向かう予定のため、乗り換えも兼ねていったんここでお昼休憩をとる。駅近くのイオンタウンのバーガーキングへ。大晦日だというのに信じられないくらいの大盛況。まさか県外からひとりで来た奴がこんなところでハンバーガーを貪っているとは誰も思うまい。

琴平駅。前回訪れたのはもう7年くらい前。
金刀比羅宮への参道

 さすがは大晦日。真昼間からこの賑わい。沿道の出店も活気づいている。地元民でもない限りこの日に琴平に来ることはないだろうし、この機会に訪れることが出来て良かった。旅4日目の足で700段近くの階段を上るのは正直かなり疲れたが、達成感もひとしおであった。
 足の疲れと4日間で一番の冷え込み、大晦日に異国の地で体調を壊してしまったら大変だ。そそくさと琴平をあとにした。

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年末年始特別編成の特急いしづち

 8本目の特急いしづちで宇多津から高松へ。日も暮れ始めた年の瀬の瀬戸内、いよいよ旅の終わりが近づいてきた。
 高松は今年の4月ぶりだろうか。あの日は友人と高松で飲み明かした。翌朝はマリンライナーのグリーン席に陣取って岡山へと向かったんだ。今回はうどんも何も食べないまま、タッチアンドゴーで徳島に向かうことになった。

オレンジタウン駅にて

 高松から徳島に向かう道中、ちょっと寄り道。オレンジタウン駅で、JR四国の不動産会社が開発したニュータウンである「オレンジタウン」を見に来た。大晦日なので特別賑わってもいないし、むしろ普通の閑静なニュータウンだ。ここの開発の歴史や現状を調べるとなかなかおもしろい記事やニュースが読めるので、限界ニュータウン探訪記とか好きな人はぜひ調べてみてください。ニュータウンの名前を冠した駅に特急が停車するの、結構良いですよね。

特急むろとと特急うずしおのツーショット

 夜7時、徳島駅に到着。最初に乗車した特急むろとがお出迎え。まるで私が帰って来るのを待っていたかのよう。まさに四国にデカい包囲陣を描き終わった瞬間である。
 四国4日間周遊旅行、特急全9本乗車、およびその他のサブミッションを達成し、私の若者としての最後のひとり旅はこれにて幕を閉じました。まだまだ取りこぼしているスポットはたくさんあるので、今後も定期的に四国へは訪れたい。

高速バスの高速鳴門バス停にある謎のイルミネーション

 このあと高速バスに乗り込みギリギリ年が明けるまでに実家に滑り込んだ。来年も良い一年でありますように。



 

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