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傘の意味ないよね

藤田くんは雨の日だけバスで学校に来る。


いつも自転車通学の藤田くんとは登校時間が重なることはない。
部活の朝練がある日は彼は登校しても教室に寄らないから、朝のホームルームまで学校に来ているかも分からない。
朝練がない日は遅刻ギリギリに来るからやっぱりホームルームまで顔を見ることはない。

でも雨の日だけ、彼はバスで登校する。
私と同じ時間のバスで。



雨の日だけ彼がバス通学だと知ったのは梅雨の頃だった。

それまで何度か同じバスに乗ってる彼を見たけど、特に気にもとめていなかった。
でもその雨の日は、バスに乗った瞬間入り口のすぐ横の座席に座っていた彼とばっちり目が合ってしまった。

「あ、お、おはよう」

「…はよ」

無視するわけにもいかず反射的に挨拶したけどやっぱり気まずい。
そりゃそうだよね。
同じクラスってだけでほとんど話したこともないクラスメイトにいきなり挨拶されても困るよね。

さっさと彼の視界から消えてしまおうと空いてる席を探してみたもののさすが雨の日、いつもより人が多い。当然空いてる席はない。

「川本さん、ここ座る?」

ほんの数秒バスの中で進む先を迷った私に、自分の隣の席を指差しながら彼が声をかけてきた。
そんなことを言われたことにも驚いたけど、何より彼が私の名前を知っていたことに驚いた。
正直に言うと、さっき挨拶が返ってきたことだって意外だった。
私が「同じクラスの川本さん」だって覚えてたんだ…。

「いいの?ありがとう」

なんでもないふりをして私は彼の言葉に甘えた。


「雨の日って混むから絶対座れないんだよね」

「そうなの?
 俺雨の日しか乗らないから知らないんだよね」

「そうだよ
 しかもみんな濡れた傘を持ってるから
 制服もカバンも濡れちゃうし学校着く頃には
 傘の意味あるのかなってなるよ」

「それは知ってる」


へぇ。びっくり。
キャッチボール上手いじゃん。さすが野球部。

藤田くんはいつも朝練があるから7時には学校に来ていること、雨の日は朝練がないこと、登校時間に合うバスが1本しかないから雨の日は絶対に寝坊できないことを話してくれた。

バスには他の生徒もいたけどバス停で降りてからもずっと2人で校門に着くまで話をした。
校門を過ぎてからはなんとなく…お互い口数が減って並んで歩くのをやめた。
下駄箱で傘をたたむ私に

「傘の意味ないよね」

と言って笑い、彼は先に教室の方へと歩いて行った。

学校の中では彼と私が話すことはない。
話す用事がそもそもないし共通点もない。
席も遠い。選択授業だって違う。
でもその次の雨の日もバスに乗ったらやっぱり彼は乗っていて、やっぱり「座る?」って隣の席を空けてくれた。
校門までの20分が楽しかった。



この年の梅雨は近年稀にみる長雨と言われた。
止みそうで止まない雨が毎日続く。

家を出るときに雨が降っていると少しだけ期待している自分がいる。
今日も乗ってるかな。
乗ってたら声かけてもいいかな。

バスに乗って座る席を探すふりをして彼を探す。
おはようって言っていいかな。
今日も雨だよ嫌んなっちゃうねって。
傘の意味ないよねって。

梅雨が明けなければいいのになんて気持ちに気付かないフリをしているうちに、あっけなく梅雨は終わり夏が来た。

たまに雨の日もあるけど登校時間に雨ってなると多くはない。
そうこうしてたらもう夏休み。
野球部の県内予選の結果は一応気にしてたけど3回戦で敗退したときは少し胸が痛くなった。

"来年また頑張って"

そんなメールも送れない。
私は彼の携帯電話も知らない。
雨の日のバスでの彼しか知らない。



2学期になり体育祭の練習が始まった。

1学期よりも更に日焼けして真っ黒になった彼を練習中も探してしまう。
"予選惜しかったね"
"来年また頑張ってね"
一言だけ言えればいいのに学校の中ではどうやって話しかけたらいいのか分からない。
次の雨の日はいつ来るんだろう。
20分じゃ足りないくらい話したいことがたくさんあるよ。

グラウンドから教室に帰る途中、遠くの方で男子の声がした。

 おい藤田、お前体育祭彼女呼べよ!

 え!なに、藤田って彼女いんの!?

 うるせぇよ呼ばねぇよ!

 えーなんでー!ナマの彼女見せてよ!
 女子校だろ?彼女の友達紹介して!

 絶対呼ばない!


聞いてるつもりはないのに勝手に耳に入ってくる彼の個人情報。
へぇ、中学のときから付き合ってるんだ。
ふーん、野球部のマネージャーだったの。
ああ、彼女は頭が良いから進学校に行ったのね。

そうなんだ。彼女いるんだ。




2学期になって初めて雨が降った日は一本早いバスに乗った。
乗ってる時間はやたら長くて、雨の日だから人が多くて、席は空いてないからずっと立ちっぱなしだった。
校門に着いたときは靴も制服もカバンもビショビショで、傘の意味なんてなかった。


体育祭は気持ちがいいくらい晴れて、他校の生徒もたくさん見に来ていた。
彼がこっそり手を挙げた先に賢い女子校の制服を来た女の子がいたのは見なかったことにした。
色白で華奢な可愛い子だった。


雨の日だけ、20分だけ話したって意味がない。
傘なんて意味がない。

秋晴れなんか大嫌い。





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