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秋桜(シロクマ文芸部)

秋桜の咲く坂道をしばらく歩く。

優しい色達が風に揺れながら私を見守ってくれている。
秋になれば会える、懐かしい友に、そして母に。ありし日、母が蒔いた種は毎年花を咲かせる。
待っていた秋。
私は秋桜を手折り花束にした。

「フルール姫、こんな野に咲くような花よりも、珍しく、貴重で、華やかで、高価な花はいくらでも手に入れることができますのに。もう少し姫に相応しい花を愛でてはいかがでしょうか」

お付きの者は進言する。彼女は私の母を知らない。
私はこの秋桜が好きなのだ。亡き母も愛した花。
母は村の娘であった。父王が見初めて妃になったのだが、母はお城の生活に馴染めないまま世を去った。私がまだ幼い時だった。
そんな秋桜には母の思いが込められている気がしていた。

私は秋桜の花束を抱えて、父の部屋を訪れた。
父はいつだって私を優しく迎えてくれる。
「フルール、母に会いに行っておったのか。今年も秋桜がたくさん咲いたようだな」
「お父様、私と秋桜の咲く坂道を歩いてくだされば嬉しいです」
「そうだな、だが秋桜が咲いている時、あそこを歩くと泣きたくなるのだ。泣いているところを誰にも見られたくないのだよ」
「王様だって、泣きたい時は泣いても良いと思います。お母様はきっとお父様のお姿をご覧になりたいと思われているはずですわ」
毎年、秋になると父と同じ会話をするが、まだ私の願いは叶わない。

私は抱えてきた秋桜を父に手渡した。
父は秋桜をしばらくじっと見つめていた。

「フルール、秋桜に叱られたよ」
「秋桜は何と言ったの?」
「それは秘密だよ」
父の目は少し濡れていたが、その表情はとても穏やかだった。

私は父にエスコートされ、母と秋桜が待っている坂道に向かう。
悲しくなんかないのに、なぜか秋桜がにじんで見えた。
私はそっと父を見た。父は黙って秋桜を一輪、私の髪に挿してくれたのだった。




小牧幸助さんの企画に参加させていただいています。今週は『秋桜』で始まる小説、詩歌、エッセイ等です。

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#ショートストーリー