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甘やかしとボンカレー

カレー、好き。
50年の生涯の中でカレー嫌いといった友だちは一人、あまり好きではないと言った人は一人。
それくらいみんなカレーは好きなんじゃないかと思う。

お家で市販のルーを使って作るカレーも、外で食べるスパイスカレーも、スープカレーも、だいたい大好き。

あ、食べられなかったカレーがあった。
たま〜に作ってくれる父のカレー。
辛すぎて卵を落としても牛乳を足しても食べられなかった。
今でもおいしいものを送ってくれても、なんか引っかかる一言が添えてあって食えない。

祖母が作ってくれるカレーは空気のように好きだった。
特になんということもない、ゴロゴロカレー。
だった気がする。
記憶が曖昧なのは、きっと日常で当たり前すぎてしあわせすぎたからだ。
バカだな〜私。

うちの両親は共働きだったので、隣の家に住んでいた祖母が平日の夜ごはんを作ってくれていた。
祖母は料理上手で、私と弟にはハンバーグとかカレーとか、子供が好きそうなメニューもよく出してくれていた。
ゼリーとかシャービックとか。


ある日、小学校に上がる前の私(記憶では3〜5歳くらい?)は、「カレーが食べたい」と祖母に言ったそうだ。

でも、その日、カレーの材料はなく困った祖母は珍しいと思って購入していたボンカレーを温めて出してくれたらしい。

ボンカレーの歴史を見てみると、レトルトの全国販売は1969年。
ボンカレーゴールドのCMに王貞治が出演したのが1978年だから、きっと私が食べたのは初期のボンカレー。

ひと口食べた私は生意気にも「ちがう。まずい」と言って、食べるのをやめたらしい。
子育て中の自分だったら、確実にキレている。
食べたいって言ったくせに〜〜〜、なんだこら!となっているはず。

でも祖母は、「ちがいがわかるなんて!」ということで怒らず、今では「小さい時からちがいのわかる子だった」というポジティブエピソードとして記憶に刻まれている。

その日、祖母が新たにカレーを作ってくれたのか何か別のものでご飯を食べたのか、その後のことはまったく覚えてないし、教えてはもらっていないからわからないけど、私はこんな感じでまあまあいろいろなことを許容されて育ったのだな〜と、今にして思う。

祖母曰く「おばあちゃんに育てられると甘い子になってしまうから、厳しく育てた」とのこと。
そのせいかどうかはわからないけど、自分にも少しその「気(け)」があって、自分の子どもの詰めの甘さが見える時に「あまいんだよね〜」と言ってしまう。
よく考えたら、自分の方が少しだけ長く生きていて知っていることで、初めてやっている子どもにとっては何もわからずできないことがあるのは当たり前なのに、、、

ただ、最近分かったことだが、周囲の親御さんと比べると「NG」を出す率は低いらしい。
「やってみればいいじゃん」「なんとかなるでしょ」「すごい!」「大丈夫だよ〜」4大ワード。
今では私が褒めたとて「お母さんだからね」と冷静に言われてしまうのだが、、、


おばあちゃん。
私は甘い子に、甘い大人に育ちました。

辛いことがあったら逃げるし、困ったことがあったら人に頼るし、最近では好きな時に好きなものを食べ、飲み、周囲のことでイラッとしたりもするけどそれもすぐに口に出し最後には「そういうこともあるよね〜」と自分の中では割と寛大な心を発揮しています。
罪は憎んで人は憎まず、唯一政治には厳しい目を向け、のスタンスです。

生活の中での甘やかし、は大切。
食後に、午後3時にいや3時じゃなくても甘いものが必要なように。

今ではレンジでも温められる、めちゃおいしいボンカレー。
当時、おばあちゃんの味と違うからと拒否してしまってごめんなさい。

そして、味の違いがわかる子だと言ってくれた祖母に感謝。
そのまますくすくと、味の違いがわかる?おいしいものが大好きな楽しい人生を歩めています。

面白いことに、上の子はブラウン角砂糖のような、下の子はざらっとした天然塩のようにそれぞれの人生を歩み始めています。
ブラウン角砂糖はコーヒーに入れると甘く、天然塩は素材のおいしさを引き立ててくれ時に甘く感じます。

甘やかされた記憶は人に優しくできる。
もちろん、塩やスパイスは大切だけどそれはわざわざ自分がしなくても外部要因としてあるわけで、、、sweetはなかなか転がってはいないんじゃないかな〜と思う今日この頃なのです。

というわけで
これからも、出会う人を(なるべく)甘やかしていくことをここに誓います。
注意:my倫理に反した行動には厳しいこともありますがご了承ください。




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