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【連載】花と風葬 4

 夢を見た。一匹の犬がいた。暗闇の中から、出られない犬。どうしようもなくて、ただただ惨めに吠える犬。でも、その声にすら怯えている。自分の落とす影に、吠える声に、暗闇に、全てに怯えていた。
 
 翌朝、あの女が来た。玄関の前に立っていた。一瞬息がひゅっとなって、変な気持ちになった。
「…帰れ」
「いやです」
俺が言い終わらないうちに彼女はそう言い放った。
「お前、俺が怖くないのかよ。今この場で俺が殺すことだってできるんだぞ」
彼女は少し微笑んで、
「怖くないです」
と言った。俺は本当にこいつという存在が分からない。悪く言うなら気色悪い。
「何なんだよ、お前。帰れっつってんだろ」
彼女は俺の目をまっすぐ見ていた。睨め付けているようにすら見える。
「…お前、仕事は」
「大丈夫です」
そう言う奴の後ろに止めてあるバイクの中にはまだたくさん葉書があった。ただ、そんなの俺の知ったことじゃない。
「入れよ」
ここにずっといられるなんてたまったもんじゃない。俺は寝癖が元気すぎるほどに跳ねているし、寝間着はヨレヨレだし。目脂だってまだ付いているはずだ。チャイムの音で目が覚めたばかりだ。
 彼女はダイニングテーブルの椅子に座って、ゆっくりとホットミルクを飲んでいた。いい歳してコーヒーも飲めないのかよ。
「ねぇ」
着替えて顔を洗った俺に、馴れ馴れしい口調でその女は俺に語りかけた。
「福井一家殺人事件」
その瞬間、俺は持っていたコーヒーのカップを落とした。静かな部屋に、陶器の割れる音だけが響いた。フラッシュバック、という言葉を聞いたことがあるだろう。俺は今、まさにその状況に陥っている。
 
 目の前には、死、死、死。

 「帰れよ!」
頭に響いてキーンとするほどの大声で俺は怒鳴った。彼女は小さなメモを机に置いて——その時俺はまだそれに気づいていなかったが——静かに帰って行った。

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