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1年ぶりに少年の気持ちになって

明日から職場が変わる。それに伴って、通勤手段も変わることになる。これまでは、家から職場までの距離もそれなりにあり、電車やバスなどの交通機関も不便なことから、車での通勤をしていた。

しかし、明日からの職場では距離もそれほど遠くなく(とはいえ、自転車で30分かかる)、職場のすぐ近くにバス停があることから車での通勤ができないことになった。車を使うことができなくなったのは、1年目という扱いになり、事故でも起きたら大変なことになってしまうという発想が直接的な原因ではあるが。

そんなことから、新しい職場へは10月までの半年間、自転車で通勤することになった。毎日片道30分の道のりを漕いでいくことになる。考えなくてもわかる。絶対大変な生活になる。しかしながら、バスを使うのもはばかられる。家から職場までバスを使っていくためには、乗り換えをどこかでしなくてはならず、待ち時間などを考えると時間のロスが激しいからだ。時間を無駄にしたくないという思いが強い僕は、少々大変ながらも都合がよい自転車を選んだ。だが、自転車を僕は持っていない。

そこで、新しく自転車を買うことにした。中古のものを買うことやリースという選択肢もあった。しかし、中古のものを買うよりも新しいものを買ったほうが安心であり、メンテナンス等を考えると半年と限られた期間であれば新しく買ったほうが安く済むかもしれないことを考えて、新しいものを買おうという判断をしたのだ。それに、僕が住んでいるのは地方であり、自転車のリースなどはサービスの提供地域から外れている。職場までの通勤方法を決めて、僕はすぐにサイクルショップに向かった。

周りの人たちはみんな口を揃えて言う。電動のものを買ったらどうかと。たしかに、日々の負担を考えると電動アシストがあるのとないのでは天と地の差があるだろう。ただ僕は、電動自転車を買うほどのお金を持っていない。言っても自転車を使う期間は半年だ。たった半年のために10万円を使う勇気を僕はあいにく持ち合わせていない。それに、半年後に引っ越すことも決まっている。いまお金を使うことは気が引けるのである。

そんな僕はサイクルショップに着くと、すぐに1番安い自転車を探した。どれだけ探しても1番安くて2万円。そうか、自転車ってこんなに高いものだったんだ。などと世間知らずが露呈する。しぶしぶ僕は2万円の自転車を購入した。

購入した自転車に乗って帰路につく。そこでふと、自転車に乗ったのはいつぶりだろうかと考えた。1年前に車を買ってからというもの、どこへ行くにも車だった。そう、1年近く自転車に乗っていなかったのだ。大人になったぁと感傷に浸りながら自転車を漕ぐ。

「ここにこんなお店があったんだ。」
「この道ってこことつながるのか。」

いつも通っているはずなのに新しい発見ばかり。車と自転車という違いはここまでも大きいものなのか。住み慣れた街のはずなのに、初めてきた街のように新鮮に感じる。これなら半年の間の通勤も楽しいと思えるかもしれない。朝の顔と夜の顔、春の顔と夏の顔と秋の顔。きっとどれもが新鮮だ。気が付くと、仕事に対する気持ちが前向きになっていた。

そんなとき。
「このままどこか遠くへ探検してみようよ。」
少年心が僕の中で姿を表した。
「きっと楽しいよ。風も気持ちいいし、新しい発見が素敵な冒険にしてくれるよ。」
たしかにそうだね、漕いでいて気持ちいい。久しぶりの自転車。
「そうだ、海の方へ行ってみないかい?」
海か。家とは真反対の方向だね。でも確かにいいかもしれない。学生時代はよく自転車で行っていたものだ。
「そうでしょ。海を眺めながら美味しいものでも食べようよ。」
そうだね、そうしようか。

姿を表したばかりの少年心は、僕にとって魅力的な提案をした。そんな提案に乗る僕。渡ったばかりの横断歩道をもう一度渡り、海へと向かった。

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