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掟破り

 

 ストックしてある米が残り少なくなると、なんとも不安になる。代わりに、五キロほどの袋(一人暮らしなので)をデンと置いておくと、不思議と心が落ち着いてくる。
 やはり、日本人の食生活が心底身についているのだろうか?


 別に、ストックが切れていたなら、その時点で補給すればいいだけの話ながら……なぜか「ゆとり」としての蓄えがないと落ち着かない。
 まあ、農耕民族的な習性と納得するしかないらしい。

 これは一先ず措くとして、肉体にとっての「米」に当たるものは、精神にとっては何なのだろう?
 まず浮かぶのは、知識や経験……その蓄積だろうか?
 確かに、知識も経験もなくしては、いかなる精神の運動も発動しない。
 コトが創作であろうと、一般的な仕事であろうと変わりはないはず。

 とはいえ、人間というやつは巧く出来ていて、仮に薄ぼんやりと生きているだけでも、それなりの知識や経験は自ずと蓄積されるようである。
 怠け者の不良学生にしたところで、教室での居眠りや、見つからずに喫煙する術など、別に書物等に頼らなくても体得しているだろう。

 どんなスタイルであれ、「生きる」ということは即「学ぶ」という事に違いなく……それが積み重なれば蓄積にも繋がるはずである。

 もとより、世間で言うところの「学問」等は、一般には「良質な」知識や経験の蓄積を齎(もたら)し、事を成し遂げる近道であると信じられているらしい。
 かかる説が間違っているとも思わないが、絶対無二の方策とも思えない。
 「学」から隔たっていても事を成した人はたくさんいるだうし、「学」の蓄積に埋もれながらも無為に過ごした人もいるに違いない。

 「才能」とか「天才」とか時に取沙汰され、かってはそのトレジャーハントの宝島として「無意識」が注目された時代があった。そう。シュールレアリズムである。しかし、振り返って見るに、これに邁進して「お宝」をゲット出来た者は滅多にいなかったはず。多くは頭でっかちの観念先行の陥穽(かんせい)に落ち込み、名を挙げた人物にしたところで、「宝島」とは無縁のセンスに物を言わせただけの話であった。

 はっきり言って、人間にはそんな都合のよい「宝島」などは存在しないようである。

 それでも人間という奴は欲深く、一般に公開されているような知識や経験だけではない、未知の世界に憧れるらしい。

 確かに、ある種の「お宝」が眠っている世界は存在するはずである。まさに、埋蔵金と言える……

 それはどこにあるのか? ではなく、どうすれば出合えるのか……の問題だろう。

 答えは一つ。すなわち「掟破り」である。

 言うまでも無く、いかに破天荒を自認する人間だとしても、実は数々の「掟」に縛られているはずである。「掟」の出自が道徳であれ法律であれ宗教であれ、社会で生きてゆくためには、これを遵守することが要請されるだろう。
 ひとたびこれを破れば、即「犯罪者」か、良くても「村八分」になるは必定である。

 しかし歴史は、「掟破り」が犯罪の烙印の代わりに、「英雄」の称号を授与することを教えている。
 そう。戦である。「掟」を律義に守る兵士は凡庸の誹りを免れず、……婦女子をレイプし、薄笑いの中で人殺しの出来る兵士こそ、戦場では優秀なのかも知れない。

 もとより「犯罪」を犯した兵士が根っからの「犯罪者」であったわけではない。戦とは、「善良」な人間を、一転して「犯罪者」に作り上げてしまうのだ。

 無論、僕はこの平時にあって、「掟破り」を以て「犯罪者」になろうなどと推奨しているわけではさらにない。

 ただし、「普通のお父さん」を「戦場の梟雄(きょうゆう)」に変身させたエネルギーを問題にしたいのだ。

 そのエネルギーとは、「欲望」である。
 人間という奴は、本能を放擲した代償として、「欲望」という不穏の推進力を手に入れた生き物らしい。すなわち、意識の埒外に夥しい「欲望」のマグマたる蓄積があるものだ。それこそ知識や経験を遙かにこえた、「あることを成す力」と言ってもいいだろう。

 例は俗に落ちるが、アニメ「ナルト」の九尾のようなものかも知れない。人間とは少なからず、この不穏の力を秘めているものである。
 しかし一般的な臆見では、その力の開放は危険この上なく、だからこそもろもろの「掟」という呪符を全身に貼り付けているのだろう。

 蓋し、戦場ではなく……想像界に於てこの呪符をはぎ取り、「掟」を破るところ……神の首を斬り、悪魔と契りを交せる人間こそ……たぶん「天才」と呼ばれるのかも知れない。
 もとより、かかる罪業に何人が堪えうるのか……それでも、我々は等しく、そんな「お宝」の蓄えを心に秘めてることだけは確実なのだ。

 買ったばかりの米の袋を見詰めながら……ツイそんなことを考えてしまった……

 

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