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2018.3.19.mon

風の強い夜だ。古いマンションの外では風が唸っている。その古いマンションの402号室で、一匹の狼の雄がベッドに横になり本を読んでいる。

彼は結婚をし、一人息子が生まれた。名前は…と命名した。彼の妻と子供は、妻の実家へと出て行った。10日前に。

狼は時々、本から視線を外して、自分以外には誰も居なくなった部屋を見つめた。ダンボール箱で作った車や猿のぬいぐるみ、お絵描きセットやタンスの落書き何かを見つめて、また本の世界へと視線を戻した。

狼は22時過ぎにはベッドへと入り、本を読んでいたのだが、30分後にはベッドから起き出して、台所へと向かった。

フットランプを点けて台所へ向かうと、薬缶に水を入れて、ガスコンロに火を点けた。

その間中、狼は台所で確かに、存在として立っていた。外からは風の音だけしか聴こえない。ガスはひっそりと燃えている。

狼はお湯が沸くと、湯呑みにお湯を半分以上注いだ。少し考えてからその後で、焼酎を少しお湯に足した。暫し黙って湯呑みを見つめてから、狼は一口その温かそうな液体を呑んだ。そして台所の側の椅子に腰を下ろした。狼は湯呑みを見つめていたが、顔を真正面に上げた。狼の視線の先には大きな白い冷蔵庫があった。冷蔵庫には、彼の仕事場の勤務表や子供の描いた絵、ぐしゃぐしゃになった一万円札のコピーやらが、磁石で丁寧に留められていた。

狼はじっと暫くその部屋で一人、闇の中の住人の様に黙っていた。風が少し収まると、部屋の中の時計の秒針の音が聴こえる様になった。狼は湯呑みをもう一口啜ってから、小さく溜め息を吐き「おーい」と声を出した。

「おーい」

誰からの返事も無かった。狼はまた黙って、湯呑みに視線を落とした。一息で湯呑みを飲み干してから、フットランプを消して、湯呑みを台所に置いた。そしてまたベッドに戻って行った。

ベッドの上には読みかけの本が置いてあったが、ベッドのサイドランプを消した。狼は本をベッドから優しく落として、眠りへと向かう事にした。この狼の一日が終わろうとしていた。

狼は暗闇に向かって小さく「おやすみなさい。」と言った。その声がベッドの辺りに小さく響いたが、猿のぬいぐるみは、全く動かなかった。






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