見出し画像

野生のおじいちゃん日記②

以前、玄関の扉を開けると野生のおじいちゃんが佇んでいたという田舎ならではの不思議な体験について投稿したが、その出来事があってからというもの、玄関を開けてもおじいちゃんがいるということはなかった。そんな奇妙な出来事など忘れて田舎暮らしを満喫していたある日、この事件は起こった。

ある夏の日、時間は11時をまわった頃である、私はTwitterのスペース機能を使って5名ほどで会話をしていた。そのとき突然玄関の扉が開く音がした。「なんだ?」と思い玄関の方を見てみると、次に中扉が開き、ひとりの人間が現れた。見覚えがある。そう、野生のおじいちゃんである。

「上がらせてもらうわー」
そういいながら野生のおじいちゃんは既に履いてきた靴を脱ぎ終わっており、気付いたときには私が座ってるこたつ机の隣の辺に鎮座していた。なお、11時というのは午後11時、24時表記では23時過ぎの出来事である。

「・・・」
ここはお茶の一つでも提供するべきところなのかもしれないが、私が提供していたのは驚愕の表情と圧倒的な沈黙である。固まっている私にまったく意に介さず、野生のおじいちゃんは右手に携えたビニール袋からおもむろに何かを取り出しはじめた。おじいちゃんが机の上に取り出したのは、

・封の開いたデニッシュパン
・ヤクルト2本
・缶コーヒー1本(微糖)
・大量のスティックシュガー
・何らかの歴史小説
一体これから何が始まるのだろうか。

「これ、食べえ」
「あ、いただきます」
しまった、差し出されたデニッシュパンに反射的に頂きますなどと返してしまったが、1ミリも頂きたくはない。なんせ、封は既に開いているのだ。しかし、頂きますといった手前食べないわけにはいかない。なくなく少しだけ口に入れることとする。うん、市販のパンの味がする。私がパンを食べていると、野生のおじいちゃんはヤクルトを飲み始めた。私の家で腸内環境を整えて一体なにが面白いのだろう。

ざわ...ざわ…
「え、無職さんの家誰か来てない?」
「こんな夜中に?」
「来てるとしても親では?」
「なんか食べてる音するよな」

そう、あまりの唐突な出来事に私はスペースの通話機能を切らずに野生のおじいちゃんへ対応していたのだ。いや、対応はできていなかったのだけれども。完全なる放送事故ではあるが、生き証人がいるためこの話がノンフィクションであることは調べればわかるだろう。

「これは、なんや」
「DVDプレイヤーです」

「これはなんや」
「湯沸かしケトルです」

「これはなんや」
「パソコンです」

野生のおじいちゃんは興味があるものについて次々に訊ねて来たが、私が毛ほども気の利いた返答をできなかったため、完全なる一問一答形式になってしまった。小学三年生、初めての英会話入門のテキストに載っていてもおかしくはないやりとりである。

「ピー、ピー、お風呂が沸きました」
私と野生のおじいちゃんの、無味乾燥な会話のキャッチボールに差し込んできたのは、私の家でもっとも新しい設備であるお風呂の自動湯張り機能である。この家のお風呂は湯を沸かすだけでなく気も遣えるらしい。

「あ、じゃあ時間も遅いですし僕お風呂入りますね」
「ゆっくり入っといで」
なん…だと…
この野生のおじいちゃん、驚いたことに私がお風呂に入ってもなお滞在し続ける気である。その証拠に今やおじいちゃんは缶コーヒーを飲みつつ持参した謎の小説を読み始めた。なるほど、これが田舎の洗礼というやつか。私が思っていた田舎の近所付き合いとは違いすぎる。もっとこう、野菜の贈り合いとか、そういうのではないのか。それとも野菜の贈り合いとかは実は幻想で、こういうのがスタンダードなのか。

ざわ...ざわ…
「wwww」
「誰かに家入り込まれてるよなw」
「おじいちゃん実況は草」
なぜかスペースは非常に盛り上がっている。こっちの身にもなってほしい。この状況が面白いと思う人がいるのならぜひ申告してほしい。代わってやるから。

このままでは埒が明かない。ここは一世一代の大勝負に出るしかない。
「あ、でも、明日も仕事あるので、お風呂上がったらもう寝るんですよねー」
「そうかー、じゃあまた今度遊びに来るわー」
「はいー、また来てくださいー」
もちろん明日に仕事なんてない。明後日にもないし、そもそも働いてなんかいない。大嘘である。こんなところで一世一代の大勝負を使ってしまってよかったのかは分からないが、なんとか勝利することはできた。また、遊びに来ると言っている以上、今後も野生のおじいちゃんは遊びに来るのだろう。結局この野生のおじいちゃんが何者で、どこに住んでいるのかは謎のままであった。こうして私の手元には使い道のない大量のスティックシュガーが残った。

・・・次回へ続く。

サポート機能で頂いた金額は、私の生活費となります。非常にありがたいです。サポートいただいた皆様には、ランダムで表示される5種類の感謝メッセージを用意しております。お楽しみください。