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逆噴射小説大賞2022ライナーノーツ【前編】

 逆噴射小説大賞。
 パルプ小説(ノンジャンルのエンタメ小説)の書き出し800字以内で面白さを競う、比類なきインクオクトーバーフェスト。

 
 
 昨年度に初参戦したおれは、そこで二十年ぶりに小説を書く喜びを思い出した。当然の帰結として今年も参戦した。
 以下に、今年応募した二作品のライナーノーツを記す。




ロストジャイヴ

○一作目。ハイスピードハイウェイアクション。

○今年の二月、前回の大賞の二次選考結果が発表されて間もない頃だったと思う。おれは道すがらカッコ良い/響きの良い造語を生み出せないか妄想していた。
 この大賞へのネタ出しを意識してではなく、折に触れてやっている事だ。脳内に浮かび上がったワードを保存しておけば、それがどこかで花開く事が往々にしてある。昨年最終選考に残った「代書屋ゴンドウ」もそうして生まれたタイトルだった。

○不意に、おれの脳内に「ガロシェ」という単語が湧いた。
 ガルシアの別国語のようだがそうではない。何となくだがフランスの拷問吏にいそうな気がする(実際フランス語で靴の一種を指すと後で知った)。小説の悪役ヴィランに使えそうな単語だ。しかしただのガロシェでは格好がつかない、何か響きの良い二つ名はないか。

 三つ首。
 三つ首ガロシェ。

三つ首ガロシェ。八雲会最高幹部我島ガシマの子飼い。

 二つ名を決めた瞬間、この一文もセットで出てきた。異形のヴィランと手強そうな敵組織の存在を端的に示すおれ好みの表現だ。これを作中で使ってみたい。
 その後七ヶ月に渡り放置していたが、今回参戦するにあたり脳内からこの一文を引っ張り出した。たった一行の文章から、物語の肉付けがはじまった。

○物語の大筋は、昨年の応募作「アンジー・ラナウェイ・オーヴァドライヴ」と同じくカーチェイスで行こうと決めた。界隈の用語で言うところの”開幕逃走もの”だ。刺激ある作品が求められる賞レース対策として有効なテーマと言われているが、その分陳腐化するおそれも大きい。
 だが、賞レース対策やテクニック以前の話として、おれは疾走感ある内容や文体が好きだ。どうせ勝負するなら自分が好きなもので勝負したい。だからおれはカーチェイスを書くし、書く以上は面白く読んでもらいたい。
 おれが面白い/カッコ良いと言い切れる要素を以て、できるだけ多くの人が楽しめる/ワクワクできるような作品に仕上げる事。これが一作目の目標となった。

○目標達成のために意識したのは二つ。
 一つは、映画で言うセットアップ(世界観と主人公の姿勢、物語の目的の描写)を800字制限下ですべて書き切る事。もう一つは、絶対に作中でヴィランをぶちのめす事。

○一つ目については、パルプスリンガー(パルプ小説の書き手)が集うdiscord「BARメヒコ」で頂いたアドバイスの影響が大きい。勝手で申し訳ないがアドバイスの内容をここに記す(※discordの内容を引用するのがNG、または不快であればお教えください。直ちに修正します)。

「絶対800文字じゃ無理だろってのを800文字に押し込む技術は割と問われます」──居石信吾さん

「逆噴射は800字で映画のセットアップを全部しろっていう無茶企画ですね」──ゆめくらげ親方

 両名とも初回からこの大賞に参戦されている、ハイレベルの筆力と批評眼を兼ね備えたパルプスリンガーだ。実力と経験豊富な両名が口を揃えて言われるからには、このアドバイスはゆるがせにできないと直感した。

○上記のアドバイスを参考におおよその流れを考える。
 最初の一行で主人公の姿勢アティテュードと舞台を示し、すぐさまヴィランに追われるシーンからスタート。追手のヴィランとその背後の敵組織を端的に説明した後、一気に反転攻勢しヴィランをぶちのめす。最後に物語の目的となる特大の引きを入れてひとまずの〆。この流れをぼんやりとイメージした。


○前回と同じく、細部の詰めには愛聴しているBGMからインスピレーションを得ようと思った。
 まず、舞台となる深夜のハイウェイの描写に用いたのは、敬愛するTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTのナンバー”暴かれた世界”と”ミッドナイト・クラクション・ベイビー”。


 そして作品全体を貫く疾走感の源泉として、ゲームミュージックコンポーザー長沼英樹氏の”Sneakman Toronto Mix”。

(完全に余談だが、長沼英樹氏のBGMはどれも非常にサイバーパンクしている。パルプスリンガーには”ニンジャスレイヤー”の愛読者が多いが、同作と長沼氏のBGMの相性は抜群だ。試しに一聴してみてほしい)


○上記の三曲、特に”Sneakman Toronto Mix”を重点的に聴きながら細部をイメージしていく。
 前回の「アンジー」ではクルマに乗っていたが、この疾走感を十全に表現するには四輪では足りない。単車バイクだ。主人公は単車に跨がり全身に風を受けてハイウェイを疾走している。

○では、主人公は何故追われている? そもそも主人公は何者だ?
 組織の何かを盗んで逃走しているチンピラ? 違う。それだと「アンジー」の主人公と変わらない。ヴィランをぶちのめすのが確定している以上、今回の主人公は前提としてタフな男だ。自分の意図しないところでトラブルが発生しそのために追われているに違いない。
 そこまで一気に連想するも思考がストップ。しばらく頭を抱えたあと、不意に”死体専門の運び屋”という設定を思いつく。
 
 死体専門の運び屋。自身の仕事にプライドを持ち、滞りなく職務を遂行する事をポリシーとする。今回は怪しい積荷を掴まされた挙げ句理由も分からず口封じされようとしていて、その理不尽な状況にブチ切れている。しかも積荷は聞かされていた内容と完全に別物。このブツは一体何者だ。
 
○一気呵成の発想ととぎれとぎれの発想を繋げながら、キーボードをがちがちと叩き続ける。
 おれはパルプを書くときには体言止めを好んで使うが、本作では意図的に多用した。濫用と言ってもいいレベルだ。自分では、摩部甲介さんとジェイムズ・エルロイを通じて知った"電文体"のできそこないだと思っている。短文や体言止めを連発すると文章が締まる気がするし、書き手自身のテンションもブーストされるから良い。
(もっとも、文章作法としてはあまり褒められたものでない事は承知している。電文体のように一つの文体として確立しているか、疾走感ある状況の描写で限定的に用いる等、書き手の技量と自重が求められる表現ではないかと今になって疑念が湧いている)

○書いてるうちにテンションがキマってきたので、勢いのまま太字フォント(noteの大見出し機能)もぶち込んだ。
 今大賞の審査に限らず、文字強調や太字フォントの濫用は基本的にハイリスクな行為だ。小説の力でなく文字機能に頼った、あるいは文字機能で遊んでいるだけの「はしゃいでいる」表現に終わる事が多い。だが今回に限っては、主人公の心情描写として適切な、きちんと意味を持たせた表現だと思えたので使用に踏み切った。仮に審査過程でマイナス評価が下されようとも、自分の中ではスジの通った選択ができたので良しとしている。

 
 そうしているうち、全体の半分は形にする事ができた。
 あとは見せ場にして二つ目の課題。ヴィラン撃破のシーンの詰めだ。


○おれは元々小説書きではない。あくまでこの大賞の一ファン、つまり読み専として過去大賞の応募作群を楽しませてもらっていたが、それらを読み漁る中でひとつ思う事があった。
 それは、危機を提示した上でその危機を打破している作品はことのほか少ないという事だ。
 勿論、他の作品ひいては他作者を貶める意図は微塵も無い。そもそも(過度に倫理に反しない限り)面白ければ手段は問わないのがこの大賞の、ひいてはエンタメ全般のルールだ。実際危機に直面していて「続く」で面白い作品は幾らでもある。むしろ「続きが読みたい」と思わせる戦いである以上、それがこの大賞の応募作の王道だろう。

○その上で、おれ個人の嗜好としてはその作品を読む事で何らかのカタルシスを得たいという思いが強い。それは書き出し800字の制限下で戦うこの大賞でも同じ事だ。
 作中で危機を打破すれば、その分さらなる脅威や謎を提示する字数の余裕が生まれる。つまり一つ目の課題である十全なセットアップのクリアーにも繋がる。だがそういう損得を抜きにしてでも、せっかく自分で書く以上はひとまずの危機を打破したい。ヴィランが襲ってくるならそいつをぶちのめしたい。それを以て自分にも読み手にもカタルシスを与えたい。それがおれの信じる面白さだ、そういう強固な思いがあった。

○そうやって意気込んだはいいものの、肝心のヴィラン撃破のアイデアはなかなか思い浮かばない。
 主人公がごついリボルバー銃をファニングしたり、ヴィランの上顎を掴んで脳天を地面に叩きつけたりと、色々パターンを考えたが全部ボツにした。一撃で仕留めない事には字数制限が厳しいし、派手なぶちのめし方でないと自分も読み手もカタルシスを得られない。

○最終的に、爆殺でいこうと決めた。
 上述した”暴かれた世界”の歌詞にこういう一節がある。

香港のガラス張りのビルが輝いたくらいで パーティは終わりにしたんだ

 これだけだとイマジネーションの材料たり得なかったかもしれない。だが、作詞したチバユウスケの詩集には氏の直筆原稿が載せられており、そこには「ビルに火をつけたくらいで」との当初案が記載されていた。
 それを読んだ時、ガラス張りのビルが炎を照り返して輝く様が鮮やかに脳内に浮かんだ。ワンターンキルを達成するとともにこの光景も描写したい。その為にはバギーに乗ったヴィランをバギーごと爆破して炎上させるしかない。ちょうど今回のヴィランは火の玉を吐くバケモノだ。そいつが吐き出す火球に爆弾をぶつけて引火させてやろう。

○そこまで考えた時、不意に主人公の追加設定が脳内に降りてきた。
 死体専門の運び屋。ビークルを駆る死を運ぶ者デスブリンガー
 デュラハンだ。乗り物に乗った死神と言ったらアイツしかいない。「デュラララ」のパクリと言われるかもしれないが、おれはあの作品をアニメで一話しか観ていない。別に狙ったものでもないから良しとしよう。
 現代に生きるデュラハンなら、馬車ならぬ単車、そして自身の頭にもギミックがあって良いはずだ。よし、単車には相棒バディとなる女性型のAIを仕込もう。着脱可能なヘッドには爆薬を詰め込む。AIに運転を任せてUターンしたら単車のシートに立ち上がり、爆弾兼用の頭部をヴィラン目がけてぶん投げる。そいつをヴィランが吐き出す火球に引火させれば一丁上がりだ。

○荒唐無稽な思いつきをそのままキーボードに打ち込む。ガラス張りのビルが爆炎を照り返す描写もきっちり入れた。書いているうちに「玉屋」という独白も浮かんだのでこれも入れる。元ネタはゾンビリベンジというセガのレトロゲーだ。
 思いつきが次々と形を成していく痛快さに爆笑しながらキーボードを叩き続ける。そのまま失速する事なく初稿を書き終えた。


○順番が前後するが、タイトルは本格的に書き出す前に一日かけて考えた。
 タイトルは最も大事で、それでいて最も書き手のセンスが浮き彫りになる箇所だ。おれ個人の好みを言うと見栄えと音の響きが良いものが最上だと思っている。構成要素として挙げられるのは、単語や短文である事、漢字+ひらがな又はカタカナである事、濁点か半濁点が入っている事、カタカナなら「ロ」か「ハ」が入っている事、等々。

○主人公が死体の運び屋という設定はうっすらと頭に浮かんでいたので、最初はそれになぞらえたもの、死を運ぶ者を連想させるタイトルにしようと思っていた。具体的には「〇〇ブリンガー」という感じで、とにかくブリンガーという言葉を使いたいと思っていた。
 だが、いざ使おうとしてもなかなか上手くハマらない。「デスブリンガー」なんて手垢にまみれた単語だし、そもそもFFとかの武器のイメージの方が強い。「コープスブリンガー」というのも考えたが字面に迫力が足りない。「ロストブリンガー」というのはギリギリ使えそうかと思ったが、何となくダサい気がしたので取りやめた。

○いくら考えても上手くいかないので、昔使っていたケータイのメモ帳を読み漁ってみた。メモ帳の端々にはかつて考えた造語が書き留められている。そこから何かヒントが得られないか。
 メモ帳を読んでいるうちに「ゴースト・ジャイヴ」という単語が目に留まった。そこからストーリーが続いているとかではない。あくまで単語だけだ。だが「ジャイヴ」という部分は使えそうだと思った。連想するのは社交ダンスとかの演目だが、辞書を引くと”悪ふざけ”という意味もあるらしい。



 ロストジャイヴ。死体を使った悪ふざけ。


 採用した。
 これなら良いかな、と思えた。

○思いついた当初はウヒョーカッチョイイーと思っていたが、日が経つごとに微妙なタイトルではないかと思いはじめている。字面と響きの良さを優先したが、作品内容を理解できるタイトルかというと甚だ疑問だ。そもそも「ジャイヴ」と言いたかっただけでしかない以上当然だが。
 だからと言って、これに代わるほど良いタイトルも思い浮かばない。やはりタイトルは難しい。


○その後、友人達の下読みと推敲を繰り返して最終稿を仕上げ、大賞開催期間の初日に投稿した。多くのスキを頂戴した事、またTwitterでお褒めの言葉をかけていただいた事に、この場を借りて御礼申し上げます。

○その上で、特筆すべき事としては二つ。
 一つは、朽尾明核さんが昨年に続きピックアップしてくださった事。セットアップにAI、積荷=ヒロインと、意識していた点をことごとく評価してもらった事を嬉しく思うと同時に、氏の分析の鋭さに改めて感服した。大変にありがとうございます。



○もう一つは、摩部甲介さんが本作をピックアップフォルダ(お気に入り応募作集)に入れてくださった事。

 おれはパルプスリンガーの先輩方のファンだが、その中でも摩部さんの大ファンだ。その摩部さんから自作をピックアップフォルダに入れてもらった時の喜びと言ったらなかった。自室でひとり限界オタクのように狂喜し、これを以て優勝という事でいいとすら思った。何なら今もそう思っている。大変にありがとうございます。



○下読みを依頼したリアル友人たちにも本作は好評だった。特に単車のAIと「玉屋」のくだりが良かったとの声が多く、おれは大いに気を良くした。

 だが、その中で一つ気になる声が上がった。友人たちの中でも歯に衣着せずモノを言ってくるやつからの感想だった。


 率直に言う。面白い。

 だが、昨年の応募作に比べて狙い過ぎている感じが否めない。

「狙い過ぎ」という評価におれは面食らった。おれはあくまで自分が書きたいものを書いたつもりだ。それが狙い過ぎとはどういう事か。
 問い詰めるおれに、友人は淡々と返してきた。

 面白いのは間違いない。
 登場人物のネーミング等、ワードセンスも悪くない。

 ただ、「お手本のようなパルプ」を狙った印象は相当ある。
 界隈の人たちにウケる作品を書こうという意図が先行している気がする。
 昨年の応募作は君の世界観をそのまま出力していると思えたけど、今回のはそうではない。
 極論、君以外の人間でも書けそうな内容だと思った。



 おれはカッとなった。


 【後編に続く】