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"Be cool!"聡明で在れ。タフで在れ。


その曲をはじめて聴いたのは、たしか中学生になるかならないかの頃だったかと思う。



かつて”うたばん”という音楽バラエティ番組があった。とんねるずの石橋貴明と元SMAPの中居正広がMCを務め、構成にはアイドルプロデューサーの大御所・秋元康が名を連ねていた。

MC達のトーク、特に石橋が大声でゲストをイジって笑いをとるシーンは、学校のいじめっ子を思い出すから好きになれなかった。
だが、歌唱パートは好きだった。流される曲のだいたいは軟派なアイドルソングだったが、たまに自分の知らないカッコいい曲が紹介される。それをいつも期待しながら、番組を観ていた。


ある日、唐突に”それ”は耳に流れこんできた。


右から左へ流れるように
安手のニュースが賑わってるよ
事実をニーズに脚色されて
Everybody!

アッパーな中にも憂愁を帯びた、管楽器のイントロ。
そして、愛だの恋だのを軽々しく歌う、クラスメイトが夢中になっている流行りの歌とは一線を画すシニカルなフレーズ。

一発目から、心を鷲掴みにされた。


すべてのものには値札が貼られて
ささいなプライド切り売りすれば
愛でも夢でも何でも買える
Everybody!

とんねるずの二人――当然そこには、自分が嫌いな石橋もいる――が、アイドルや歌手のようなオーラを何も感じさせないただの男たちと踊り、歌っている。

ただそれだけの事なのに、耳と目がテレビから離せない。
華もオーラも無い男たちの歌が、この上なく格好いい。

視覚と聴覚は、完全にこの映像に吸引されていた。


偽物のあの予言者が
指を差すのさ
明るい未来
もしも そこに いたら
神よ 何か 言ってくれ

予言者がニセモノなこと自体は、別に問題じゃない。
当時は”ノストラダムスの大予言”なんてものが流行し、終末論も一部で騒がれるような混沌とした世相だった。
だが、未来の予言者なんてそもそもが胡散臭いものだし、むしろニセモノなのが常だろう。当時の小学生ですら、薄々それは知っていたはずだ。


ならば、そのニセモノに指を差された”明るい未来”とやらの真贋は?


歌詞の意味に気づいた自分の動揺を置き去りにして、歌はサビへと続いていく。


ずっと ずっと
時は過ちに気付いているのさ
いつでも どこでも
愚かな時代

テレビの前の男たちは、高らかにアンサーを歌い上げる。


「騒ぐほどの事じゃない。安心できるような答えなんて、そう簡単には見つからない。最初からわかっていた事じゃないか」


そう言わんばかりのフレーズが発せられたあと、イントロでも流れたあの管楽器が、ダウナーなファンファーレを鳴り響かせる。


こんなに憂鬱な
明日がやって来るなら
群衆の中に紛れていたい
WOW WOW WOW WOW
Just be! Just be cool!

これまでのタフでシニカルな歌詞に比べ、ラストのフレーズはやや頼りなさを感じさせる。
だが、最後の最後、これまでの歌詞に通底する叫びが発せられた。


「ただ、クールになれ。その他大勢にまぎれていても、自分の目で冷徹に見極めろ」


― ― ―


歌唱パートが終わったあと、俺はただ惚けていた。
さっきの歌がエンドレスで流れる惚けた頭で、俺は固く誓った。


絶対に、この曲を手元に置きたい。
この曲が入ったCDを手元に置いて、擦り切れるまで何度も何度も聴き返したい。
この曲を何度も聴いて、この曲が似合うような大人になりたい。


当時小遣いの与えられていなかった俺は、副賞の図書券目当てで町の読書感想文コンクールに応募し、最優秀賞を受賞した。
そして、副賞として与えられた3000円分の図書券で、あの曲が入ったアルバムを買った。



俺が、生まれてはじめて買ったCD。

そして、生まれてはじめて自分の稼ぎで買ったモノだった。


― ― ―


今日まで、それなりの苦労はしてきたと思う。

周りと協調はしつつも、決して周りに破られない価値観も造り上げてきた。
人生の分岐点も、最後は自分でルートを決め、納得のいく結果を得ることができた。


だが、本当に、あの時誓った自分に成れたのだろうか。

今の俺はどれだけ、この歌が似合う男に近づけたのだろうか。

まだまだ山積している人生の課題。責任は負わず煽り立てるだけの他人。
そいつらに臆せず、惑わされず。ただ冷徹に、自分にとっての正解を見極めて歩んでいける。
それだけの強靭(タフ)さと聡明さを、背骨の真芯に据えた男に。



三十を超えた今になっても、たまにこの歌を聞き返す。


いつでも どこでも
愚かな時代


やはり、安心できる答えなど、そう簡単には見つからない。

それを、確認するために。



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