ショッピングモール、旧友
ショッピングモールの楽器店へ行くと、スタッフが店内の一区画で機材をセッティングしている。これからアマチュアバンドがスタジオライブを始めるらしい。
ちょうどいいタイミングなので少し待って観てみたら、チャラい容姿の若者らが現れて、ニルヴァーナの曲を演奏しながらピョンピョン飛び跳ねだした。
お世辞にも上手くない。聴いている方が恥ずかしくなるタイプのやつで、ずっと観続ける義理もないからじきに退出した。
楽器店を出たところで、「百君」と後ろから呼ぶ人がある。振り返るとじゃがいもみたいな顔の男とショートヘアの女が立っていた。自分は、前にもこんなことがあったような気がした。
「やっぱり百君だ。久し振り」
二人とも何だか見覚えはあるようだけれど、名前が浮かばない。
「いやぁ、ひどい演奏だったね」
じゃがいも氏が言った。
「せっかくだから、お茶でもしましょうよ」と、女が言う。
ちょうど星乃珈琲店の前だったけれど、どこの誰だかわからない人たちと向かい合って飲み食いするのは気詰まりだ。
「……すみませんが、どちらさんでしたっけ?」
「え」
「あ」
「……」
「……ははは。そうか。わからないのも仕方がない。随分変わってしまったのだからね」
じゃがいも氏が笑いながら顎のラインを撫でた。女も一緒に笑っている。
「岡村君と賀川よ」
岡村も賀川も大学時代の同窓だが、自分の記憶と眼の前の顔が、どちらも一致しない。
訝しむ様子が露骨過ぎたのか、二人は思い出話を始めた。
酔っ払って寝た木寺の顔に油性マジックで落書きしたこと、中田が二十歳で脂肪肝を患ったこと、その他。どれも覚えがある。どうも、見知らぬ相手と記憶を共有しているような、おかしな按配である。
事によると、賀川と岡村本人から取り出した記憶を赤の他人にインストールしたものか、それとも自分の記憶が何かのはずみで捻じ曲がったものか知ら。そう考えるとやっぱり目の前の二人に対して、気持ちが悪いようでいけない。
「いやぁ、せっかく会えたけれどもね、これから子供と約束があるものだから……」
適当なことを言って退散することにした。
すると相手は何だか食い下がってくるかと思ったが、「そうかね。それではしょうがないね」と、存外あっさり退き下がった。
二人と別れて、モール前の停留所からバスに乗った。あいにく席は空いていなかった。空が随分どんよりしているようだった。
そうして長い坂道を下って帰った。
よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。