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死にたいわけじゃない

死にたいわけじゃないんよね

自分を生きたいの

(備忘録)
mikaさんofficial blogより


再発治療中で体力に衰えは感じつつも、副作用も少なく、落ち着いた状態が続いている今。
あまり、病気のことにとらわれずに、日々を送ろうと思いつつも、やはり気にはかけてしまう。
その表れの一つとして、再発治療中の人のブログをいくつか覗いてしまう。

そのうちの一人に、mikaさんという方がいる。

その方のブログに、上記の言葉が備忘録として記されていた。
(勝手な引用大丈夫かな?ブログで公開されているので、紹介も許されると解釈してます。)


そうやんねん。
それやねん。


私が、なかなかふっきれなかったのも、そこやってん。


エンドレスな再発治療にうんざりしつつも、今を過ごせることには、とても感謝している。


でも、いつもどこかで悶々としている。


それは、病状の進行を恐れているからではない。(つもり。)

それについては、再発がわかる前から、覚悟はしてきた。

寿命というものを、受け入れたい。

そう思ってきた。


そう思いながらも、治療を選択した私。
それは、仕事にけじめをつける時間が欲しかったから。
とりあえず、時間が稼げるならばと、治療を受けた。
幸いにも、薬の力が、私に、予想以上の時間をもたらしてくれている。
とりあえず、仕事に区切りをつけることはできた。
それが、よかったかどうかは別として。


そして今。
どうして私は治療を続けているのだろう。

もちろん、大切な家族との時間を持つため。
自分がやりたかったことを、やるため。

こうして、noteに文を書くことができるのも、その時間があるおかげ。

しかし、寿命を受け入れると決めたのに、治療を続けているのは矛盾しているのではないだろうか。

もちろん、死に急ぎたいわけではない。

どこかにお出かけしたい欲や、美味しいものを食べたい欲は、ずいぶんと減退してしまったけど、それでも、好きなだけ本を読むことができるこんな贅沢な生活。
文句を言ったら、バチ当たる。

でも、どこかで、いつもうしろめたい。

ほんまに、これでいいんやろか。

そんなしょうもないことを考えんでいいくらい、忙しくしたらいいんちゃうかとも思うけど。

でも、そんなことしても、やっぱりひっかかるやろうなあ。


そんな時に出会ったmikaさんの言葉。


自分を生きる


それやったわ。

薬で生かされてるって、そう思ってた。
時間を与えられてるって、そう思ってた。

生かされる。与えられる。

受け身ばっかりやん。

いやいや。そうじゃなくて、自分で、自分を生かさないと。

自分を生きないと。

自分を生きるんや。


このmikaさんて方には、会いたいと思えば会いに行ける。
どんな人なのか、実際にこの目で感じてみたい。
でも、その勇気は今のところない。
自分を生きてるって思えるようになったら、会いにいけるかなあ。



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