あの日はきっと、こんな日。

先日、我が家の猫が1匹体調を崩した。


父曰く「死ぬかと思った」ほどの状態だったらしく、母からもヘルプのLINEがきた。
夕方両親が2人揃って猫を病院へ連れていくのを見送りながら、私は若かりし日の2人を見ているような気分になった。


私が幼いころ、夜間に高熱を出し両親が慌てて病院へ担ぎ込んだことがあるらしい。
幸い当の本人は病院に着いたころにはケロッとしていて、心身ともに大変疲れたという笑い話なのだが、私はそのエピソードを2人からよく聞かされた。

それぐらい、若かりし日の両親にとっては大事件だったのだろう。

お互い20代という若さで、母だって今の母ではない。
もっと若くて、人生経験もなかった母は、私が死ぬかと思ったと言う。


そのエピソードが、ふとその時脳内で蘇った。
猫は心配だが、私は気もそぞろだ。

何故だろう。何故今こんなことを思い出すのだろう。


そう思っているうちに、「あ」と気付いた。
まさにあのエピソードと同じ状況ではないか。
死にそうな猫と高熱の私が入れ替わっているだけで、状況は一緒ではないか。


私は、猫を心配しオロオロしながら病院へ行った両親を見送りながら、
「ああ、あの時もこんな感じだったんだろうな」と思った。
こうして、二人してうろたえながら、お互いを励ましながら、夜中車を走らせて病院へ行ったんだろうな。両親は生きた心地がしなかったんだろうな。


高熱を出している私。うろたえる両親。夜中に道路を走る車。病院。医師。診察室。ケロッとして遊ぶ私。胸をなでおろす両親。

映画を見ているように、場面場面が目に浮かんだ。

今まで「はいはい(またその話か)」と聞き流していたエピソードが、一瞬にしてハリウッド映画のようになった。


あの日は、きっとこんな日だったのだろう。

私はその夜、ベットで頬が緩みっぱなしだった。

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