書く仕事も悪くないかも

最近少しだけしゃべる活動をしてみて思った。

「しゃべるの、めっちゃ苦手だ」

記憶あるかぎり、昔からしゃべるのは苦手だった。小学生の頃は本当に大人しくて声を発するだけでも緊張したし、日直がとても負担だった。

教育実習のときにクラスの前で話すのも、めちゃくちゃ苦手だった。

社会人になってからは書く仕事をメインにしてるので、しゃべる機会があまりなかった。だから忘れてた。わたし、しゃべるの、めっちゃ苦手だ。

しゃべるのが苦手だ~と再確認してから、書くことが楽しく感じる。

今までは「書くのつまらん」とか「書くのが好きなわけではない」とか思ってた。でも苦手な「しゃべる」をやってみたら、書くことがけっこう楽しい気がしてきた。相対的に書くことの価値が上がってきたと言うべきか。

しゃべるには声が必要。五感的なもののひとつ。自分の身体を使うので、必ず自分っぽさが入ってしまう。

書くのは脳みそと手と目が間接的に必要。あくまでも間接的に必要。本当に必要なのは文字。文字を表示するための紙または機械が必要。紙や機械は自分からは遠い、ただの物。

しゃべることよりも書くことの方が、自分を薄くできる。責任から自分を遠ざける。文章は自分とは別のものとして存在してくれる。気が楽だ。

書くことに面白さを見いだせなかったので向上心も無かったけど、改めて「書くのも悪くないな」と思えたことにより、向上心も出てきた。たまには文章の書き方の本でも読み返すか~と思える。

しゃべるのが苦手だから書く。選択肢は少ない方が選びやすかったりもする。わたしは書くしかないのだ。わたしに残された手段は書くこと。それをもう少し大切にしたい。

思えばずっと書いてきた。日記は小3から書いている。最初のブログは小5から書きはじめた。知らない人とのチャットも小5から。詩も小5から。

Twitterのような「りある」の更新は中2から。Twitterは高2から。ライティングは大4から。

恋愛だって、ほとんどメールやLINEで発展させてきたな。

クラスで一番大人しいと先生から言われた小5ときから、ずっと書いていた。

わたしは書くんだよなぁ。納得。

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