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【短編小説】トライアングル・ドライブ【いつみ・14歳】


【武藤 いつみ 14歳】

薄々、自分の異常性には気づいていた。
まず、ほかの人と比べて忘れ物が異常なほど多い。小学生の頃から時間割を見て明日の分の教科書をランドセルに入れても学校に到着すると何かしらを忘れていた。忘れ物常習犯で先生にこっぴどく怒られても次の日、ちゃんと忘れ物をする。
小学生の頃の通知表には全学年で「落ち着きがない」とばかり書かれていた。良くて「マイペースにがんばっているようではあります」の表記。「ようではあります」ってなんだよ。間違いなく私はマイペースで頑張っているよ。

それから集中力がまるでない。例えば授業中に「りんご」という単語が出てくると途端に頭の中で連想ゲームが始まってしまう。りんご、ごりら、らっぱ、ぱいなぽー、ポパイ。ポパイって缶詰めのほうれん草食べてるよね。缶詰めのほうれん草って売ってるの?見たことない。成城石井とか行けば買える?ていうかほうれん草で力、出る?

動作が雑で片付けも苦手。片付けている時に意識が別のところに行ってしまって最後まで片付けられない。手も不器用で包丁もきちんと扱えない。りぼんもまともに結べないから長さも揃えられない。髪の毛も器用にセットできなくて、いつもポニーテール。小さい時からポニーテールしか結えないから脳天にハゲが出来ている。ポニーテールハゲ。

注意力散漫なのに、何か気になることがあると尋常ではないくらい執着する。例えば2時間連続の図工の時間で絵を描くようにと言われたら誰とも話さず一心不乱に絵に向かうことができた。できた、というか右手が勝手に動いて道具を離してくれない。
思い描くイメージの世界にどっぷりと入り込んでしまい、自身の力でこちらの世界に戻って来られなくなってしまうのだ。
授業が終わっても描き足らなくて先生にもう終わり!武藤さんいい加減道具を片付けなさい!と怒鳴られて、無理やり机から腕を剥がされ泣きながら教室に戻った記憶がある。

感情の起伏が激しくて、気に入らないことがあると友達の襟を掴んで罵倒したり、殴り合いのけんかをしたりした。正確には誰かが止めに入るまで一方的に殴っていただけだけど。今はだいぶ感情のコントロールができるようになった。なったはず。アンガーマネジメントを教えてもらえるセミナーに母親に連れていかれたから。怒りの最中に意識を他の方向に散らす練習を何百回と行った。

幼い頃の私の行動は両親から見ても異常に映ったらしく、小学校5年生の時に精神科に連れていかれた。
嫌がる私に終わったらサーティーワンのアイス買ってあげるからいいから来て!と言われて、レギュラーサイズのダブルじゃないと絶対嫌だからねと言い、両親に引きずられながら病院へと連れていかれた。
診断結果としてある病名を伝えられたけれど、医者は診断結果を見ながらこれは正確には病気ではなくて脳機能障害にあたるため治せるものではないから周りが温かく受け入れてあげてくださいと説明をしていた。状況や病名がはっきりすることで安心するケースもあるだろうけど両親は酷く落ち込んでいるようだった。

私?いや別に。だって病気だろうがなんだろうが私は私。
病気じゃないけど頭おかしい人なんて世の中ザラにいるでしょう?不便だとは思うけどそれ以上に悲観なんてしない。
開き直りかよと言ってくる人もいるけどあなただって欠陥だらけじゃんと私は強く思う。
人間なんてどいつもこいつも不具合だらけの変態ばっかりだ。あなたたちがご自身の変態性に気づいていないだけで。

教室で前の席に座る三井君は黒ぶちメガネをかけている。私は人の顔を区別して認識することが苦手だから手帳に知り合い全員の名前と似顔絵と特徴を書いて、時々手帳を見返して名前を確認する。
三井岳。愛称ミッチー。黒ぶちメガネ。柔道部。忘れ物貸してくれる。ポニーテール褒めてくれた。
私は三井君のことをミッチーとは呼ばない。ミッチーと呼んだ瞬間スラムダンクが頭を占領して連想ゲームが始まっちゃうから呼ばないようにしている。安西先生、バスケがしたいです。ダメダメ、集中集中。集中して、三井君と呼ぶ。三井君、いい人。わたし、三井君ふつう程度に好き。

三井君よりもっと好きな人がいる。科学の矢萩先生。郷ひろみみたいでカッコいい。
科学のミニテストの答案用紙の隅に小さな文字でメッセージを書くと、矢萩先生はきちんとコメントを返してくれる。小さな文通。2人だけの通信。
矢萩先生に頭が悪いと思われたくない一心で科学の勉強を始めたら、連動して他の教科の点数も軒並み上がった。暗記でいける勉強なんてコツさえ掴んでしまえばちょろいちょろい。
私には誰にも見えないところにスイッチがあって、ひとたびカチリとスイッチが入れば人並み以上の力が出せるんだよ。なかなか他人から理解されないことだけど。私のスイッチにはオンとオフしかないのが玉に傷だけど。

矢萩先生とたくさんお話がしたくて科学部に入ったけど、なんと矢萩先生はマイコン部の顧問だった。いつもの事前調査ミス。オーマガー。しかも仲の良い女の子と一緒に科学部に入部したから自分だけ退部することはできない。さすがに。自分勝手が原因で友達減らすのはいい加減嫌だ。脳みそがバグっている私だって少しぐらいは学習する。
そんなことで今日も今日とて隅田川の水質調査をする。部活の先輩3名は全員男子で3名とも私と目を合わせて話してくれない。ねえ先輩たち、人と話すときは目を合わせて話しなさいって幼稚園の時に習わなかった?
彼らは後輩にあたる私になぜか敬語を使って話す。必要最低限の会話。
武藤さん、隅田川の水を汲んで来てください。武藤さん、ドアは静かに閉めてください。武藤さん、ちょっと静かにしてください。

彼らに教えて貰った通りに私は隅田川のペーハー値を測ったり、川のにごりの度合いを調べたりする。ときどきかるめ焼きを作ったり、溶かした寒天をシャーレに流し込んで固めて菌を培養するための地の部分を作り、日常の中に潜む菌を採取したりした。寒天培地。
時には校長室をノックして、校長先生の足の指の菌を採取した。意外にも校長先生の足の指の菌の数が少なくて部員の涼子とやるじゃん校長と感心しあった。
時々、矢萩先生が科学室を覗きに来て、どうよ隅田川の水質マシになった?などと声をかけてくれる。
その日、部員全員が休みでひとりで水質調査をしていた。2月の科学室はしみじみと底冷えする。白衣姿の矢萩先生が科学室のドアを開けてひょっこり顔を見せた。憧れの矢萩先生は今日も眉毛が立派だ。

「あれ?武藤、今日ひとり?そういえばさ、武藤って石に興味あったよね」

そう言って矢萩先生は白衣のポケットに手を突っ込み、ごそごそなにかを探しはじめた。

「先生なにごそごそしてるの?」
「はい、これあげる」

手のひらにころりと置かれたのは、小さなアメジストだった。

「この間の小テストの余白に今月誕生日って書いてただろ?アメジストは2月の誕生石だから」
「貰っていいの?」
「いいよ。でも俺があげたことは他の生徒に内緒ね。ひとりにあげるとみんな欲しが…」

言い終わらないうちに私は高くジャンプして矢萩先生の首に抱きついた。ちょっと、やめろ!と言って本気で嫌がる先生。嬉しい!先生大好き!首に巻きつけた私の手首を持って引き剥がす矢萩先生。

「武藤、あのね。俺、既婚者だし生徒はそういう目で見れないし、武藤は論外だから勘弁してくれよ」
「なんで!先生のこと好きなのに」
「俺はそういうお前のストレートなところが正直無理なのよ。石は勉強と部活頑張ってるご褒美ってことで。ごめんな。じゃあね」

矢萩先生は白衣についた私の髪の毛を指で払ってから科学室を足早に去った。あれ?いま私振られた?
こんなにもあっけなく人は振られるのか。そうか、私、今さっくりと告白してたもんな。しかも抱きついて大好きとまで言ったよな。ちょっとテンション上がりすぎてた。……っていうか、論外ってなに?なんで論外の生徒にアメジストなんてあげるの?二人きりの部屋で。これ内緒ねなんて言って。大人ってずるい。
イライラして全身に鳥肌がぷつぷつと沸き立ってきた。なんでなんでなんでなんでなんでなんで。
いけない、いけないアンガーマネジメントしよう。科学室の壁に目線をやって、壁の傷の数を数える。いち、にい、さん、しい。数えながら手のひらのなかでひんやりとしている紫色の固形物を、私はぎゅっと握りしめた。ごお、ろく、しち、はち。

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「トライアングル・ドライブ」

【武藤 いつみ 14歳】
【三井 岳 14歳】
【南 真人 14歳】→【武藤 いつみ 16歳】
【南 真人 16歳】→【三井 岳 16歳】
【12月18日 19:00】


#小説 #短編

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