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【掌編小説】やきそばwith U

よだかは実に保守的な青年です。
どれだけ保守的かと言えば、カップヌードルは日清のシーフードヌードル一択ですし、袋麺ならサッポロ一番味噌ラーメン以外には手を伸ばしたことはありません。
カップ焼きそばにおいてはペヤング一筋。どれだけ新商品が発売されたとしてもペヤング以外に脇目も振りません。

そんな一途なよだかが若手お笑い芸人「どうぶつ村」のシャチとアルパカのマネージャーとして同じアパートで暮らし始めてから1年半が経過しました。

窓からのぞくソメイヨシノはちらちらと薄い花弁を風に舞わせ、ギィギィと世界のネジを巻く鳥たちが四季の中でもいっとう新鮮な光を謳歌する季節になりました。

白鳥座を織りなす一等星のデネブが天空をひときわ美しく輝かせていたあの夏の日によだかははじめてシャチとアルパカに出会い、天空に一等星のペテルギウスが赤々と燃えるある秋の日に彼らとの同居を提案されて以降、今日までよだかは彼らとともに毎日を過ごして来ました。

これまで自分を押し殺して生活していたよだかでしたが、くだらなくてばかばかしい彼らの話を聞いていると、こわばっていた表情の口元が緩んで口角が上がり、笑みがこぼれ、目尻にはうっすらと笑い皺が浮かぶようになりました。

「いまのギャグくだらないっすね、ほんと、まじでくだらないっす。でも……さいこうっす」
そんなことをぼそりぼそりと口にするとき、よだかの全身に温かい血液が循環することを人知れず感じるのでした。

ある日、シャチとアルパカはいまだしまわずにいるこたつに書類を広げていつになく真剣な表情を向けていました。

「絶叫系はいけるだろ……ドッキリも可、と。水にドボンもオッケーオッケー。SASUKE? まあいけんだろ」
「それ事務所に提出するNGリストすよね?」
山盛りの洗濯物を取り込んだカゴを抱えながら「後ろ失礼します」とアルパカの背後をカニ歩きでよだかが通ります。ちらりとアルパカの用紙を覗き込むよだか。
「そうそう。テレビの露出増えるとNGリストなんて提出するんだな。俺は基本なんでも行けるけどな」
「心霊のジャンルもあるなんて初めて知りましたよ」
「俺たち事故物件住んでて心霊NGとかありえんだろ。むしろ事故物件住んでますアピールしようぜ、仕事来るかもしれないし」

彼らの住んでいるアパートはいわゆる事故物件のため、多少の薄気味悪さの代わりに比較的安い家賃で借りることができるのです。
管理会社の説明によると地方から上京をした若い男性が都会に慣れず、孤独感にさいなまれアパートで不幸な亡くなり方をしたとのことでした。

その時、アパートの天井部分からパキ、という乾いた音がして3人は同時に目を合わせました。続いてテレビからもパキ、食器棚からもパキパキ! これがよく言われるラップ音というものなのでしょうか。
「……うん、心霊の再現性はかなりいい感じだろうな。撮れ高期待でき〼と」
「ええ……アルパカ、おまえなんで幽霊とか乗り気になれるの……俺、実はそれほど心霊ウェルカムじゃねえよ。家賃安いのがありがたいだけで」
「そうか? ってかシャチさんNG多すぎじゃねえ?ドッキリダメ、絶叫ダメ、心霊ダメって何ならできるんだよ」
「俺たち漫才師だろ? 漫才師は板の上で生きて板の上で死ぬの! お客様の笑顔が見れてご飯が食べられればそれでいいの! 俺はわざわざ重機で作った穴にも落ちたくないし、どっかの国の独自のイニシエーションに習って麻の紐で足巻かれて地底の果てまでバンジージャンプなんて嫌だし、テレビからのしのし這い出て来る決して笑おうとしないロン毛の強面の女性にも対応できません!!」
「はあ……じゃあ激辛はどうだ? 激辛ならいけるか? 激辛は食べるだけだぞ。スタジオで軽い罰ゲームとして出るかもしれない。それも断るか?」
「……激辛は……ううううう激辛は……」
「よだか、獄激辛ペヤング用意!!!」
「御意!!!」

洗濯かごを一旦床に置いたよだかは棚からペヤング獄激辛焼きそばのパッケージを素早く剥がして、ヤカンでお湯を沸かしました。

3分後、一見普通のペヤングとは変わらない形状の地獄の焼きそばを前に3人は息を呑みます。
「食おう。きっとそんな大した辛さじゃない」
「そうだよな、食べられないくらいだったら商品化されないはずだし」
「ネットだとみんなやばいって言ってましたけどあれはヤラセなんですかね」
「大袈裟に言ってるだけじゃね? おし、よだかも経験の一つとして食おうぜ」
「うす」

3人はお手手を合わせていただきますをしたあと、一箱のペヤングを三方向から箸でつまみ、いっせいのせーで口に運びました。

瞬間、
「うううぉああおおおあああああ!!!!!!
痛いぃぃぃ!!!!!!!!!!!!!!」

シャチとアルパカが同時に断末魔にも近い悲鳴を上げ、床の上でのたうちまわりはじめました。平静を装っていたアルパカも顔をしわくちゃにして、シャチも辛さを超えた痛さで顔を真っ赤にしています。閻魔様がこの世に実在するのであればニタリと笑って地獄の一丁目にようこそ、と彼らに微笑みかけていたことでしょう。

シャチは脂汗をかきながらも一足早く冷蔵庫から麦茶を取りに行きましたが、水分を含むとさらに舌が刺激され膝から床に崩れ落ちました。
「ぐぅぅあああああ……痛えぇえええよぉお」



「シャチさん……ごめん俺、激獄辛ペヤング舐めてた」
「……アルパカひゃん、激辛は、やっはり、なひのほうこうでひきまひょう!!」

NGリストの激辛の項目を◯で囲み、その上に小さく「無理」と書いたシャチとアルパカでした。
「よだかも巻き込んじゃってごめんな」
よだかを労うように背中をぽんぽんと叩くアルパカでしたが
「俺、これ意外といけるかもしれません。舌ばかなのかも。もうちょっと食べてみま……」
「だめだめ! やめとけって! なんか感覚麻痺してるだけだから! これ以上食べたら胃が変になる!」 
もう一口行こうとしたよだかをアルパカが羽交い締めし、シャチは「ごひほうはまでひた」と言ってからビニール袋にナイナイしました。

「いや……でも、マネージャーが激辛行けるっていう展開は面白いと思うがシャチさんはどう思う?」
「いい気がする。東京03さんのマネージャーとか深夜番組に出てたし。途中まで俺らで途中からよだかにバトンタッチして本領発揮、みたいな」
「じゃあ念の為よだかもマネージャー版のNGリスト作って出してみようぜ。なんか無理なやつある?」
「ないです」
「即答じゃん。虫とか……は足で行ってたもんな。夏はあいつら襲撃して来た時に撃退してくれてほんと助かったよ。セミ爆弾も手掴み余裕だったしな。幽霊も平気、ドッキリも落下系も大丈夫、肉体労働系もありなんだ。すごいなよだかはまるっきり芸人向きの性質持ってんのな」
「ただ」
「ただ?」
「俺は死ぬほど俺自身がつまらないです。俺はひとりもにんげんを笑わせられない。俺が獄激辛ペヤング食べきっても笑ってくれる人間がいない」
「そんなこと……」

刹那、家中の家電、棚、天井がバキバキバキバキっと一斉に音を立てました。これまで聞いたことないほどの大音量のラップ音がアパート中を揺らしつづけていています。

「……よだか、たぶん今、全身全霊で幽霊にウケてる。っていうか、これもしかして幽霊に応援されてる?」
「……ありがたいすけど幽霊で視聴率取れますかね」

その時、誰1人リモコンを触っていないのに、突然テレビの電源が入り、モニターが天気予報を映し出しました。

「対話できてんじゃん……すげえ。視聴率も取れるぞこれ。心霊も全然ありだな」

テレビとNGリストと天井の3点にそれぞれ視線をやったシャチは用紙に『友好的な幽霊なら可』と添えました。

これから先、シャチとアルパカとよだかと、新たに加わった幽霊を巻き込んで末長く幸せに……というわけには行きませんが3人は新たな味方をつけて、どこまでもどこまでもお笑いの茨の道を歩んで行ったということです。
地獄の沙汰も笑って歩めばそこはいつしか極楽浄土にもなるようで。

(おしまい)



こちらの掌編小説は秋峰さんの「チミはカップ焼きそばの作り方を説明できるか?」の企画に触発されて制作致しました。
秋峰さん、面白い企画に便乗させていただきありがとうございました。

作中に登場する獄激辛ペヤングはこちらです。

わたしは獄激辛焼きそば、麺2本でギブしました。

本作のよだかのお話はこちら🦅




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