不眠ヒグマ

ヤスタニアリサさんには「私は雪の日に死にたい」で始まり、「ほら、朝が来たよ」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば10ツイート(1400字程度)でお願いします。
#書き出しと終わり
shindanmaker.com/801664

書く練習。なんでも夢オチにすりゃいいって話しではないですよね。
それと、ちょっとだけ川上弘美意識して書いてます。


私は雪の日に死にたい。
私は私を殺すために冬の夜、雪山に一人登り、
ひらけた場所を見つけたので手にした大型のスコップで穴を掘った。

自身が埋まるほどの穴を掘ったあと、周囲の雪を敷き詰め、コートを脱ぎ、靴と服を脱ぎ、キャミソールと下着一枚で穴に横たわると、穴の横に積んだ雪を足から順番に乗せていった。

雪に埋れ冷たくなった私の第一発見者は、
冬眠に失敗したヒグマだった。
パキパキと小枝を踏み歩きながら私の方へ近づいてくる。はっはっと野生の息遣いが聞こえる。
雪の下から私の黒く長い髪が見えたのだろう。
ヒグマはきらりとひかるであろう鉤爪で雪をのけて私を発掘しているようであった。

あと少しで私は死ねるはずだったが、ヒグマに発掘されたら綺麗には死ねまい。冬眠を逃したヒグマはヒトを好んで残忍に食うという。そして一度ヒトを食うとその味を忘れないということも。
念願の美しい死まではあとわずかだったのに思わぬ邪魔が入ったため、舌打ちをした。

一方のヒグマは体に傷がつかないように灰色の雪の中から私を、まるでぬか床からきゅうりや大根をそっと取り出すように、掘り起こしてくれた。

彼はおそらくこのように考えるだろう。冬眠に失敗した劣等生の俺は、これからヒトを襲い食って生きるべきか、それともいまさらだが草や干からびた実を拾ってほそぼそと生きるべきか。
どちらにしても死ぬにしてはまだ早い。

ええいヒグマよ、食うのであれば早く私を食ってしまえ。もう綺麗な遺体への高望みなどせん。
鋭利な鉤爪を私の細い首筋に刺し、ちゅうちゅうと血液を啜りなさい。喉から下腹部まで鉤爪で一気に割いて、内臓を貪ってごらんなさいよ。私はもはや生ける屍、覚悟を決めた炭素でしかない。

ヒグマは私の肌に付着した雪を丁寧に払い、背面から冷たい両手を彼の両手で包み込んだ。私の裸足の両足も、同様に足で包み込んだ。ヒグマの毛皮はガサガサで土と雨が混ざり合ったような匂いがした。肉球はふくふくとして温かい。はっはっという息遣いも昔飼っていた犬の声に似ていた。
突然にしてヒグマは語りかける。

「女よ、なぜ死を願う」

ヒグマは問うた。

「はあ、男を裏切ったのです。とても好いていたのに私は男を裏切ったのです」
「裏切りは罪だ。しかし、罪を背負って生きてこそ知恵ある生き物」
「情けない自分に罪を負うことは耐えられないのです」
「耐えてこそ、罪の返上。死は甘えでしかない」
「はあ、生きる上で私はもはや、意味を持たない炭素でしかありえません」
「ならば、炭素でよい。意味を持たない炭素として生きよ」

後ろから抱かれているのでしっかりとヒグマの顔を見ることができない。ヒグマの顔を見ようとして身体を揺らしてもがっしりと体を押さえつけられているので顔が見れない。そうこうしているうちにヒグマにも私にも平等にふわりふわりと雪が積もる。
ヒグマは私の両手を離し、左手を天に向ける。
ちりちりと雪がヒグマの肉球に落ちたのを確認するとヒグマは、

「む、これは瑞雪。豊作の前兆。よき道を互いに歩もうぞ」

息苦しい。両目を開けるとタオルケット、毛布、羽毛ぶとんの埋もれて目が覚めた。
私の死はまだ先かと息を吐く。
ベットから起き上がってカーテンを開く。
目の前には桜の花が満開に咲いている。

はあ、春になったよ。
ヒグマはあのあと冬眠したかな。
意味のない炭素でも春の朝の喜びは感じられるものなのね。
ほら、朝が来たよ。

(1389文字)
#小説 #掌編

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