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【書き出しと終わりメーカー】秘密のまにまに

 あなたに秘密があるように、わたしにも、誰にも言えない秘密を持っているのです。

 わたしの秘密はあなたは知らないわけだけど、あなたの秘密はわたしはこっそり知っている。

 あなたは10年前、返済ができずにあなたの大事なものを売りました。

 喉から手が出るほどに黒いお金が必要だった。

 真っ当な銀行はけんもほろろ、保証人のホの字も出せばガンジーだって裸足で逃げてく世間だもの、お辛かったですわね。

 そうして売ったあなたの両目は、いまこうしてここにある。

 ほら触ってみてこの瞼の下にあるちらちらと動く眼球、懐かしいでしょう。
 私のお父様がお家が建つほどの黒いお金で買い取ったあなたの新鮮な臓器。

生まれて初めて視界に広がる世界はそれはそれはもう、ぞっとするほど美しかった。

 点字に頼ることも、白杖を握ることもなくなったいま、なぜこんなに虚しいかあなたには想像もつかないでしょう。


 それから、黒い繋がりを暴露されたお父様は失踪し、夫という寄生先が崩御した母親はどこかの男に鞍替えし、誰もいない部屋の鏡のなかには整形まみれの母親と、金だけが取り柄の父親の血が混じった、浅黒い肌のそばかすだらけの女がいたんです。
  
 この目に光さえあれば、ふつうの家庭になれるのではないかと、一縷の希望を持っていたんです。
 だからわたしはお父様にずっとずっとずっと懇願していた。歪んだ世の中を自分の眼で見て、自らの手で変えられるのではないかと夢見ていたんです。

 だけれども、この両目はあなたにお返しします。

 あなたが身を切る覚悟で守りたかったものと、わたしが心の底から願っていたものはきっと同じたぐいのものなのでしょう。

 しかし、わたしにはそれらを取り戻すことはできないことを、はっきりと理解致しましたので。

 わたしの夢は瞼を閉じて見ることに決めたのです。

 あなたに全てお返しします。平凡でしあわせなあたたかな家族。叶わないから夢でした。

(了)

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