見出し画像

シャニカマさん×ムロツヨシ

タイトル:『アンガー・タイム・マシン・ブルース』

わたしは激怒した。

小説の共同制作を行っているシャニカマさんにLINEで進捗状況を訊ねるも、一週間も既読スルーのまま彼から音沙汰がないのだ。

そのくせ毎日のように動画配信や屁理屈のエッセイをこれ見よがしに投稿している。これは由々しき事態ですよ。
彼が一刻も売れたくてしょうがないのは理解できる。
「みうらじゅんになるため」に責任ある仕事をやめ、日夜努力を重ねているのもわかる。彼の熱意は画面越しにめらめらと伝わってくる。

売れたい、売れたい!絶対に売れてやるんだ。

俺はできる男だ、俺はどんなときでも成功体験をものにしてきた男だ。
そして、みうらじゅんに俺はなる!と。

実際そのあたり辺りの詳細は知らんがなだけど、ともかく私とペアを組んで創作しているのだから、進捗の返信くらいはしてよ。奥歯をぎりぎりと噛みしめていると玄関のインターフォンが来客を告げる音を鳴らした。

ピンポーン。

……。たぶんN○Kの集金だ。……よし、無視したろ。

ピーンポーン。ピーンポーン。ピンピンピンポーン。

……。やけにしつこいな、ここまま居留守使おう。

ドンドンドン!
今度はインターフォンからドアを乱暴に叩く音に変わった。やだ、N○K怖い。

「ヤスタニさん!居留守使っているのはわかっているんですよ!意固地になってないで早く出てきてください!」

ドア越しで男の叫ぶ声がする。ああ?もうわかったよ!出りゃいいんでしょ出れば。
渋々ソファーから腰を上げてドアノブを下げドアを数センチ開けると、わずかなドアの隙間にガッ!とスニーカーの先端が入り込んで、ドアが閉じないように防いだ。靴をすべり込ませて押さえるとか闇金の人間かよ。何者だこいつ。

「ちょっと、なんです…」

いい終わらぬうちにドアの隙間から顔をこちらにぬっと出した男がにんまりと笑って言う。鼻の下、唇の上にある特徴あるホクロが上下する。

「どうも、ヤスタニさん。この顔に見覚えないですか、ありますよね、どうもこんにちはムロツヨシです」

ひえ、なにその自己紹介意味分かんない!両手を使い、力一杯ドアノブを引いて扉を閉めようとするわたしに対抗して、ムロツヨシはぐいぐいと反対側に扉を開けようとする。だれか、だれか助けてムロツヨシに不法侵入される。

ムロツヨシに、ムロツヨシに…え?ムロツヨシ?
目の前にいる男性を二度見すると、確かにムロツヨシにそっくりの風貌をしている。本物をみたことないから確認の取り様がないけれど。ムロツヨシ少し老けた?

一瞬気を抜いたとこで、自称ムロツヨシが思い切りドアを開き、ドアの後方からどん!という鈍い音と同時に「痛い!」と声が上がった。なに、もう一人いるの?

扉の奥からぬらりと現れたのは、渦中のシャニカマさんその人だった。

「え?!岡さんどうしてうちの住所知ってるの?」
「ヤスタニさん、本名で呼ぶの、やめてもらっていいですか」
「リアルでシャニカマさんって呼ぶ方が変でしょうよ。ってか、あんたLINE返信しなさいよ。こちとら一週間もあんたの返信待ってたんだからね」
「あー、昔の合作のあれか……。確かのんびり書いて良いって言ったのヤスタニさんでしたよね」
「昔?ちょっと、昔話にしてなかったことにするつもり?」
「うるさいなあ、ほんと面倒臭い」
「お、やんのか年下」

わたしがムキになってシャニカマさんの胸倉を掴みかかろうとしたとき、間にムロツヨシが挟まってまあまあとなだめようとしたため、わたしはついムロツヨシのゆるいウエーブのかかった髪を両手でぐいぐいと掴んでしまった。
「痛い、痛い、痛い、痛い!俳優は商品なんだから大事にしてほしいの。ムロツヨシ的にはそう思う、ね、ヤスタニさん」
ムロツヨシ節に押され、私は両手で掴んだ彼の髪の毛をぱっとはなした。手のひらに何本かちぎれた頭髪が残る。

とにかく冷静になろう。置かれている状況がまったく飲めないが、とりあえず私が器の小さい人間でないところを見せつけてやりたい。
何度か深呼吸をしてから二人を部屋の中に招いた。

「とりあえず、中、入ってください。玄関先だと迷惑なんで。片付いてないですけど」

身長180センチを超える大柄なシャニカマさんと、中肉中背のムロツヨシが私の家のダイニングのソファーに詰合って座る姿はなんともシュールだ。彼らに何か飲むか訊ねる。

「俺、ナタ・デ・ココ」
「おれ、タピオカミルクティー」

2人揃ってわたしを試す返事をするので、一切無視して水だしむぎ茶を出してやった。なんだよナタ・デ・ココって。いつの時代の飲みものだ。2人は薄い麦茶をすすりながら、

「タピオカミルクティー、流行ったねー!なつかしい!」
「流行りましたよね、タピオカ。ムロさん、あれ流行ったときに思ったんですけど、タピオカって女の乳首に似てないですか?」
「似てる似てる、岡くん冴え冴えじゃーん!」
「ちょっとー、ムロさんまで本名で呼ぶの勘弁してくださいよー!」
「だってリアルでシャニカマって呼ぶ方が違和感ない?」

このひとたち人の家でなんでこんなにくつろげるの? 永遠に続くのでは思える至極どうでもいい会話にメスを入れたい。

「あの……、お取り込み中のとこ申し訳ないのですが」
「はい、ヤスタニさんなんでしょう」
「ムロさん、このたびのご用件伺います。そんで、伺ったらさっさとおいとましてくれませんか」

ぴしゃりと言ってやった。言ってやったつもり。それなのに、二人は私の質問を聞いたとたん、顔を歪め腹を抱えてひいひい笑っている。

「これだよこれ、待ってたよ。まじで適材適所じゃね」

何が適材適所だ。というか何に適材適所だダンカンばかやろう。
ああ、キッチンのオリーブオイルをこいつらにぶっかけて火をつけてやりたい気持ちに駆られるが待て、私はまだ前科持ちにはなりたくないでござる。

ムロツヨシは改めてのこちらを向き直って、笑いをかみ殺しながら説明をする。なに、なんか変な薬でもキメんの?それ合法のやつですか?芸能界ってあなおそろしや。

「あのですね、まず説明しますと、ここにいる岡くんは、俺と同じ事務所に所属しているんですよ。な?」

え?ユーチューバーに留まらず、事務所入りしたの?それは素直におめでたい。おめでとう。

「うす」
「でね、なんと、昨年2025年のみうらじゅん賞の受賞をしたんです、はいっ拍手パチパチパチパチ」
「うす!」

ムロツヨシに拍手を促されるままにおざなりに手を叩いた。ねえ、今、聞き違いじゃなかったら、昨年2025年って言わなかった?言うまでもないけど、現在は2019年の5月だ。令和元年。それにみうらじゅん賞って、シャニカマさんが喉から手が出るほど欲しかった賞だ。このひとたち、どこまで人をおちょくっているのだろうか。

「まあまあ、ヤスタニさん、顔面に青筋立てたらせっかくのブスがさらにおブスになりますから。まったく何も信じてもらえないと思うからまずは証拠をね、見せますからね。ほら岡くん、例のものを」
「うす」
そう言ってシャニカマさんは伊勢丹の袋の中からA4に引き伸ばした写真を丁寧に取り出した。親のかたみに触れるように、大事に扱う。
引きのばされた写真はロン毛グラサンのみうらじゅんとシャニカマさんが握手をしている様子の写真で、バックの映像には2025年みうらじゅん賞と文字が映されている。
間違えなく、みうらじゅん賞の授与式であることがはっきりと伺えた。
これは、どっきりにしては手が込んでいる。おそらく、事実なのだろう。
と、いうことは、もしかして彼らは………。

「俺たち、未来から来たんです」

ああ、絶対今面倒臭いことに巻き込まれる予感しかしない。まさか未来から来たムロツヨシとシャニカマさんなんて、面倒事しか携えてこないに決まっている。

「それで、どうしてうちに?」

私も木の椅子に座って薄い麦茶を一口飲んだ。
はい、経緯を説明しますとシャニカマさん。
そういえば未来から来たというだけあって、シャニカマさんも少し老けたように思える。ふさふさだった髪が、……可哀想だからこれ以上は書けない。

今気付いたけれど彼らの服装は5月にしては真冬の格好をしていて、2人とも厚手のコートを着ていた。明らかに現在の気温には適していない服装だ。そのちぐはぐさが、かえって「未来から来た」ことを証明しているようにも思えた。

「信じられないかもしれないですけど、2025年には既にタイムマシンが開発され、一般家庭にも普及するようになります。といっても大変高額なので一部の世帯しか購入できませんが」
「へえ、そんなにバカ売れしたんだ。シャニ―。」
「シャニ―言うな。いえ、おれ自身はそれほどバカ売れしたわけではなくて、みうらじゅん賞の副賞として頂いたんです。みうらさんが『俺もタイムマシン欲しかったんだけど、管理とか面倒だから君持っててよ。俺が乗りたいときには借りるから』って言って」
「みうらじゅんらしい……。じゃあタイムマシンもらえてよかったね。それで、なんでわたしがでてくるの」
「それが…」

そこでシャニカマさんが少し目を伏せ、伊勢丹の袋からおもむろにカエルのトロフィーを差し出した。それはまごうことなきみうらじゅん賞のトロフィーだった。しかし、そのカエルの向かって左腕がぱっきりと取れてなくなっている。

「……。あらら……腕が取れてる……」
「うす」
「取れたパーツは持ってるの?」

彼はふるふると顔を振ったのち、右腕を挙げ目に充て泣く真似をする。あわてたムロツヨシが

「そう、トロフィーが無残なことになったから、先輩であるムロがこう提案したんです。だったら過去に戻って、まだ無事な状態のトロフィーを取ってきちゃおうぜって」
「そんな、『サマータイムマシンブルース』じゃないんだから」

そこでムロツヨシがドヤ顔をして胸をドーンと張る。ドヤ顔が本気で腹立つ。

「そういえば、ムロさんも『サマータイムマシンブルース』出演されていましたものね。その発想はさすがです。だけど!なんで、わたしが絡んでくるんですか」
「うす。タイムマシンで2025年の授与式まで戻ろうとしたら、時空の歪みに引っ掛かって、なぜか2019年に放り出されてしまったんです。このあと2025年に移動するにはエネルギーが足りない。通常、マシンのエネルギーはガソリンか電気ですが、ガソリンはタイムマシン用に特別に開発されたものでないと使用できないし、電気の場合だと2019年の電気自動車とはマシンの口径が合わないのでどちらも使用不可です。予備電気バッテリーを積むのを完全に忘れていました。なんとも情けないお話です」
「それじゃ、未来に帰れないんじゃ……」
「そうなんです。でも、おれが手に入れたタイムマインはもう一つの次世代エネルギーで稼働可能なんです」
「それは?」

SFの話を聞くと眠気がくらくら襲ってくる私だが、今回の話は前のめりになって聞いた。
「それは、「怒り」です。怒りのエネルギーをマシンに伝達させれば、最大で10年程度であれば時空の移動が可能です」

いか……り……?だと?

「そうそうそこでヤスタニちゃんの登場なんですよ。岡くんに2019年で怒り狂ってるやベーやついないの?って聞いたら、良い人物いますよって教えてくれて」

彼らが私の自宅に訪れた目的は、わたしの怒りの感情を利用して未来に帰ることだった。
ねえ、いまさっき、「怒り狂ってるやべーやつ」って言わなかった?
やべーやつってなんだよ。
頭の中にある何かがぷちりと切れる音を聞いた、いま確かに聞いた。

「シャニカマ、てめー表でろ!」
「ヤスタニさんまだ怒るの早いです。表にマシンがあるんで、そこでお願いします」

シャニカマさんはひょうひょうといって、コートを羽織った。
ムロツヨシも高いのか安いのかわからないジャンパーに手を通す。

果たして、玄関先に置かれたタイムマシーンは、セグウェイそのものだった。
「これセグウ……」
「間違えなくタイムマシーンです。ほら岡くん、乗って」

彼の声に促されて、前にムロツヨシ、後ろにシャニカマさんが乗る。成人男性2人がセグウェイもとい、タイムマシンに乗るので非常にバランスが悪い。よくもまあ落ちないで時間旅行ができるものだ。
ムロツヨシは左右のハンドルの中央部分にある液晶パネルに「2025年12月31日」と入力してからこちらを見てニカっと笑う。

「ささ、どうぞヤスタニさん。このハンドルを握って。日頃の怒りを思う損分口に出しちゃってください。誰も止めません、はいどうぞ!」

はあ。もうどうでもいいけど、とりあえず彼らが未来に帰れるように協力してやるか。
ハンドルに手を置いて、最近あった腹の立つことを思い浮かべてみる。

「私のことを『いつか干される』と言ったおまえ!やるべきこともやらないで不幸ぶってないで、さっさと働けよあほんだら。『困った時は助け合うのが当然』って、それ助けて貰う側のセリフじゃねぇんだよ!悔い改めろ」

セグウェイのメーターの針がちらちらと動く。

「ヤスタニさんもっとです」
「シャニカマ、合作の書いてるとき、あんた側の主人公のセリフを想像して書くのがどれだけ大変かわかってんのか!あたしはあんたの思考を覗けるエスパーじゃねえんだよ!ダメ出しばっかりするんじゃねえ!」
「ええええ!?おれへのディスりはやめてくださいよ!」
「ヤスタニ、いい感じだぞ、もっと、もっとだ」
「ムロ、呼び捨てにしてんじゃねえ、てめえケツから手ぇつっこんで奥歯がたがた言わすぞ」
「すいませんっ、ヤスタニさんいい感じです、いい感じにジャイアンです。もっとちょうだい!」
すうとわたしは息を吸い込んで大声で叫んだ。

「×××、×××って×××するなら、××してから××しろ、舐めんなカス!」

全力で怒りを放出した瞬間、まばゆい光に包まれ、刹那、それまであったセグウェイが忽然と消失した。
すべての怒りを吐き出したわたしは、肩ではあはあと息をした。

怒りをエネルギーにして時空を跳べるタイムマシンが存在する、というのは本当だったんだ。
このどうにも昇華できないわたしの怒りも誰かの役に立つならそれもいい。

それにしてもシャニカマさんが本当にみうらじゅん賞を受賞するなんて。2025年までズッ友でいられたら、そのときはセグウェイもとい、タイムマシンに乗らせてもらおう。
ところで、シャニカマさんとの合作が座礁しないといいのだけれど。
もしもう一度、タイムマシンが目の前に現れたのなら、未来に向かって、共同作品が完成しているか覗いてみたいものだ。

リビングにもどると、左腕の折れたカエルのトロフィーがテーブルの上に所在なく置かれている。
まあ、彼は2025年から折れてないトロフィーを盗んでくるからこれは私が持っていてもいいよね。
みうらじゅんになれるように、がんばってね、シャニカマ君。   (了)


スペシャルサンクス:シャニカマさん

リクエストは以下の通りです。

「ムロツヨシ博士と未来からやってきた自分が協力して、なんとか未来に帰ってみたい。ムロツヨシの底抜けた優しさで無理難題をコミカルに乗り越えたい。」

あんまりシャニカマさんしゃべってなかったですね。
ご参加頂きありがとうございました。

#ら 、のはなし #コラボレーション #シャニカマさん #小説


頂いたサポートはやすたにの血となり肉となるでしょう🍖( ‘༥’ )ŧ‹”ŧ‹”