小説「自殺相談所レスト」3-2

自殺相談所レスト 3-2


登場人物
関モモコ……嶺井の助手。空手の才能がある。
依藤シンショウ……殺し屋。モモコに空手を教えている。


 五月女チヨが応接室を飛び出した後、関はその場に立ち尽くしていた。感情に任せて怒鳴ったのなんて久しぶりだった。

「よう、モモコ、遊びに来たぜ。」

 入り口に依藤が立っていた。いつものようにジーンズとジャケット姿だ。この季節でも暑くないのだろうかと関はよく思う。

「よとっちゃん……ちゃんと働きなよ?」

「開口一番説教かよ!」

 関は嶺井と依藤にだけは心を開いている。とくに依藤はちゃらんぽらんなので、関はよくしかるのだ。

「ところでよ、さっきここの外で、例のストーキング少女とぶつかったんだが、なんかあったのか?血相変えて走ってたぜ?」

「うん……喧嘩した。」

「え、マジで?リュウがか?」

「ううん、私。嶺井ちゃんが急用で出かけてたから、私が代わりにチヨちゃんの相手してたの。よとっちゃんはあの子のこと知ってるの?」

「こないだリュウから聞いた。チヨちゃん、だっけ?その子いじめられてるらしいから、いじめ問題の専門家を探したいんだと。リュウは本名じゃそういう活動しねえから、偽の身分証づくりを頼まれてな。今日来たのも、出来上がった身分証を渡すためなんだが、しばらく待ちそうだなこりゃ……」

「いじめられてるんだ、あの子。」

 嶺井からは自殺しようとしていた、としか聞いてない。関は、チヨの最後に放った言葉の意味が、少し分かったような気がした。

「で?お前らはなんで喧嘩してたんだ?」

 関は少しばつが悪そうに答えた。
 
「だって、チヨちゃんが、ここで働きたいっていうから……」

「ふーん、ダメなの?」

「ダメに決まってるでしょ!チヨちゃんは私たちとは違うんだから。」

「まあな。それは話に聞いただけでも分かる。けどよ、バイト一人増やすくらい問題ねえんじゃねえの?」

「ダメ!」

「ダメか?だってチヨちゃんはよ、死にかけたところをリュウに拾われて、毎回毎回優しくしてもらって、すっかりハート掴まれちゃってるんだぜ?追い払うのは酷ってもんだろ。」

 依藤が気持ち悪い裏声を出し始める。

「リュウ様、私、一生あなた様についてゆきますわ……」

「ダメーっ!!!」

 関が依藤の脇腹に正拳を食らわせ、悪趣味なもの真似をやめさせた。

「うがっ……ちょ、おまえ、俺が教えた護身術を、悪用しやがって……」

 依藤は床に倒れ、悶えている。

「嶺井ちゃんには近づけさせないんだから!」

 依藤は殴られたところを押さえながら、よろよろと立ち上がった。

「ったく、どうしてそんなにむきになるんだか……」

 そうつぶやきながら、依藤はある可能性に気づいた。

「なあ、モモコ……おまえひょっとして、リュウのこと、好きか?」

「え、そりゃ好きだけど……」

 関のきょとんとした顔を見て、依藤は自分の意図が伝わっていないとわかった。

「いや、その『好き』じゃなくてだな……お前、リュウのこと考える時幸せになるか?」

「うん、なるよ?」

「リュウと一緒にいると胸の奥があったかくなるような感じ、するか?」
「うん、するする。」

「おお……そうか、うんうん、こりゃあいい。」

 ニヤニヤしている依藤に、関は再度正拳突きをした。

「あいたぁ!何するんだっ!鼻が!」

「ねえ!一人で納得しないでよ!」

「わかった、説明するから!」

 依藤は手を上げ、追い打ちをかけようとまた拳を構えている関を制した。

「モモコ、お前はな……リュウの奴に恋してるんだ。」

「え、恋……」

「そう、お前がリュウに対して感じてる好意は、恋愛感情ってやつなんだよ。」

 関はまだ、実感が湧いてこなかった。

「さらにだモモコ、俺の見たところ、あのチヨちゃんも、リュウに恋してる。お前らは恋敵なのさ。」

「チヨちゃんも、嶺井ちゃんが好き……」

「お前らはいわゆる女の勘ってやつで、互いが恋のライバルだと察した。それが喧嘩につながったんだ。」

 依藤はさも名推理を披露したと言わんばかりに、得意げな顔をしている。

「いやあそれにしてもガキくさいモモコが恋とはなあ……我が弟子の青春、俺は温かく見守ってやると、」

 依藤は関が泣いているのに気づいた。両手で顔を覆い、肩を震わせている。

「おいおいどうしたモモコ?大丈夫か?」

 関は手をどけた。蒼白な顔をしている。

「よとっちゃん……もし、もし、嶺井ちゃんがあの子のこと……好きになっちゃったらどうしよう……」

 依藤は慌ててモモコを慰めた。

「ないない、それはないって、モモコ。リュウはな、誰に対しても優しいタイプなんだ、今チヨちゃんに優しいのも、あいつの平常運転だから!」

「ほんと?」

「ほんとだ、男・依藤シンショウ、ここに誓うぜ。だから泣き止んでくれ、な?」

 関はまだ、はらはらと涙を流し続けている。依藤は焦った。関がこんなに泣くところなど見たことがなかったのだ。

「なあ、モモコ、こいつはとっておきの情報なんだがよ、リュウはその辺の女には絶対なびかねえ、なぜならあいつは昔、」

「二人とも何やってるんだ?」

 依藤は完全に虚を突かれ、変な声を上げて驚いた。嶺井が帰ってきていたのだ。

「嶺井ちゃん、おかえり!」

 関はあっという間に泣き止み、嶺井に駆け寄り抱き着いた。

「切り替え早っ……おう、リュウ、例の物、持ってきたぜ。」

「ああ助かる。」

 依藤は懐から偽の身分証が入った封筒を取り出し、嶺井に渡した。関が泣き止んだことで、依藤も冷静さを取り戻していた。同時に、自分の軽率さを反省した。いくら関のためとはいえ、嶺井の過去を勝手に話そうとしたことを。

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