お題短編その3「サイレン」

※ランダムワード「リアル」「ラッキーアイテム」によるお題短編小説です。今度はちゃんと短くまとめます。

サイレンの音が不快に感じるのは、聞き逃すようなことがあってはならないからだ。

分かってはいる。

今もサードネット全域に鳴り響いているが、やはりこの不快感にはなれない。慣れるべきでないのも分かってはいるが。

「午前6時の『リアル』予報が発表されました。各自内容を確認し、対策をとってください。」

私はリアル予報を確認するためにポケットからスマホを取り出すと……近くにいた若者の二人組がこちらを横目で見ている。ああ、知っているさスマホはここじゃ時代遅れだ。

『風に帽子を攫われる12%  通行人との肩の衝突46%  電車遅延に遭遇67%    本日のラッキーアイテム:遅延証明書』

ややついてないが、平凡の範囲内で助かった。それにしてもラッキーアイテムが遅延証明書とは、私の勤務先も中々時代遅れだ。あの文化は私が新卒の頃から既に廃れかけていたというのに。

周囲の人間が予報を確認し安堵する中、先程の若者達は何やら騒々しい。よほど悪い予報だったと見える。

ただ私にはどうする事もできない。本当にリアルな問題はリアルでしか解決できないからだ。もっとも、彼らが見た目通りの年齢ならサードネットワークのネイティブ世代、つまりリアルの問題をここで対策するのは当たり前になっている世代だ。それを考慮すると不憫にも思える。

「皆さん、ラッキーアイテムは確認されましたか?それでは良い一日をお過ごし下さい。」

サイレンよりはマシな、アラームの音が聞こえてきた。横の若者が何やら叫び始めているが、私はちょうど、目覚める時間のようだ。かつては誰もが不測の事態に機転を利かせる体験をしたのだ、あの若者の成長を願うとしよう。


確かに今日は風が強い。帽子は家に置いていくとしよう。後退した前髪を晒すことにはなるが、宙を舞う帽子を追いかけるよりはマシだ。

道を歩いていた年配の男性がよろめいたが、なんとか受け止めることができた。しかし妙だ。私はこれくらいなんともないが、男性の方は怪我に繋がったかもしれない。予防策の1つも講じていないように見える。

「おじいさん、ラッキーアイテムは見てないんですか。」

「ラッキーアイテム……あ、そうだった、杖忘れてきちゃった!」

アイテム未所持を罰する法律の施行は来月からだ。見過ごしても問題は無いが、まあ遅延証明書があれば上司も黙るだろう。私は20メートル先にあった交番におじいさんを連れていった。

この一手間のおかげで、「一本早い電車に乗る」計画は崩れた。満員電車が解消されて久しいが、それにしても車内はガラガラだ。この乗客たちは皆、電車の遅延の可能性を予報で受け取っているはずなのだが。

向かいの席の女性がアイマスクを付けている。

その隣の男性はうなだれて寝ている。

もう1つ隣では、アイマスクとイヤホン。

辺りを見回すと、アイマスク、イヤホン、サングラス、鞄から帽子を取り出して深く被る者もいる。これはまさか、皆アイテムを付けているのだろうか。ではなぜ私のラッキーアイテムだけが遅延証明書なのだ……待てよ、遅延?現時点でこの電車は時刻表通り……私ははっとして窓の外を見た。ここは先頭車両じゃないか!

同時に、視界の中に人が見えた。顔まで見えた。どこかで見た覚えのある若者が……

私は目を背けるのが間に合わなかった。

ようやく車両から降りられた乗客達は「アイテム持ってて良かった」「サードネットのおかげ」「事故を回避できなかった鉄道会社は無能」などと話している。私はまだ体が震えていたが、とりあえず外に出た。

会社に連絡を済ませつつ、遅延証明書をダウンロードする。乗り換えた先の電車も空いていた。周りはもう誰もアイマスクを着けてはいなかったが、私は目を閉じた。


「午前8時の『リアル』予報が発表されました。各自内容を確認し、対策をとってください。」

うっかりサードネットに接続してしまったらしい。しかし私のリアル予報は午前6時にしか受け取らない契約だ。

夜勤明けだったりするのだろうか。この時間でも案外人は多い。そこかしこで宙にホログラムの画面を表示したり目を閉じて何やら呟いていたりする。

あの若者のリアル予報はどうなっていたのだろう。アイテムがあればあの結末を回避出来たのだろうか。それとも、あの乗客達のようにアイテムを持った上で臨んだ未来だったのだろうか。

「皆さん、ラッキーアイテムは確認されましたか?それでは、良い一日をお過ごし下さい。」

サイレンだけではない。私にはこのアナウンスも、周りの人間達の安堵の声も、耳障りだ。

確かに世の中は便利になった。だが見えてしまった未来に一喜一憂する生き方は、私には豊かだとは思えない。

私はポケットの中のスマホを握り締めた。


※本作品はSHOWROOMアカウント「入川礁の、薄暗い部屋の隅から」との連動企画によるものです。

入川礁(いりかわ しょう)/役者/舞台/SHOWROOM/ボイスドラマ/映像/脚本/Twitter/ホグワーツ休学中、Shadowverseに留学/遊戯王エンジョイ勢





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