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【発狂頭巾】怪異!発狂頭巾対八尺白烏帽子

発狂頭巾シーズン1(初代発狂頭巾)・13話より。

発狂頭巾基礎知識

発狂頭巾とはTwitterの集団妄想から発生した「昔放送してたけど、今は放送できない、主人公が発狂した侍の痛快時代劇」という内容です。クレイジーなダーク・ヒーローです。狂化:EX。

零幕

これは今より20年ほどさかのぼる頃。信州の深い山奥。夏の盛りの日。古い社の前。編み笠を被った1人の老剣士と付き従う頭巾の少年が、物質化されたほど濃厚な黒い呪いを振りまく女の怪異と対峙していた。

「すていくほるだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

女の怪異は意味不明な言葉を叫びながら恐ろしい膂力で周囲の木々をなぎ倒し突進してきた。

「御師様、危ない」

「狼狽えるなキチ坊。恐怖とは心にて蝕むもの、ならば我は静思黙考の内に発狂にいたる。キェェェェェェェェエイ!!!!」

老剣士は僅かの迷いすらなく、発狂しながら恐るべき一撃で怪異を斬り裂いた。

「ブレェインストォォォォォミィィングゥゥ・・・・・・!!!」

一閃。その剣筋には僅かに柳生新陰流の構えが見えたが、白刃に宿る狂気は上品な御留流・江戸柳生のものではない。この老人が生涯をかけて練り上げた狂気の剣だ。

あわれ、怪異は一刀両断され、奇声を上げながら地の底に吸い込まれていく。同時に周囲に流れる狂気は少しずつ薄れていった。

「ふむ、祓ったか」

「凄い!凄いです、御師様!」

頭巾の少年、幼い吉貝狂士郎はたった一人のイマジナリ師匠である柳生厳包(連也斎として知られる)の勝利に笑顔を見せた。

「何、この程度……柳生では誰でも使える剣に過ぎぬ。狂士郎、お主もせめてこの域まで鍛えねばな」

「はい!」

朗らかな顔を見せる吉貝。だが、すぐに少し不思議そうな顔をする。

「ところで御師様、あの怪異女は一体なんだったのでしょう?」

「ふむ。お主はどのように見る?」

「怨霊や物の怪でしょうか?」

「違うな。そのような低級なものではない」

剣を鞘に納刀しながら柳生厳包は首を振る。

「では……神仏……でしょうか?」

「惜しい。だが、違う」

ゆるりと、編み笠の紐を締めなおした柳生厳包は空を見上げた。

「あれは神よりもなお古き者。我らの遠き祖に当たるが、しかし遥か昔に忘れられし者。唐天竺では女媧てぃあまとがいあだぬ。そのように呼ばれている者の類。いうなれば……地母神の中でも特に古いもの、まあ『』のようなものよ」

一幕

江戸よりx里ほど離れた山奥の村では、夏の盛りともあって村人達は野良仕事に精を出していた。ゆるりとオニヤンマが飛ぶのどかな郷の昼下がりであった。

だが、そこにふらふらと現れたるは頭巾の男、その名を吉貝狂士郎、御存知発狂頭巾その人である。

「いやぁ、狂気狂気」

上機嫌で胡乱な足取りで田舎道を歩く。

「なんだぁ……あのお侍さんは……」「関わり合いにならぬ方が良さそうじゃ……」

ひそひそ話をする百姓たちを尻目に、村の大路をずんずん進み、やがて山に入る道へと進もうとした。

その時である。一人の百姓が進み出た。

「お侍様、その道はいかねえほうがいいですだよ」

「なぜじゃ?」

「いえね、その先は行き止まりで、昔に廃村になった村があるだけでして……それに……」

「それになんじゃ?はよういえ!」

チャキン!抜刀して刀の切っ先を百姓の鼻先に突きつける。コワイ!

「ひぃ!?い、いえ、違うんです。そこには化物がでるんですぜ……実をいえば廃村になったのも化物の祟りとか……わるいこたぁ、いいやせん。行かねえほうがいいですだ……」

「なにぃ!?」

チャキン!と刀を納刀する。

素人の百姓にもわかる、この侍、狂気に囚われているが、剣はかなりの豪の者だ。

「ならばよろこべ、わしがその化け物を退治してくれるわ!ガッハハハハハ!!!」

そういうと、発狂頭巾は瞬時に山中へ駆けだしていった。後にはきょとんとする百姓の男達と夏のうだるような暑さだけが残されていた。

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ざっ ざっ ざざっ

森の中を発狂頭巾が駆ける!

早くも道を外れ、獣道ですらない茂みの中を歩く。たまに大木が目の前にあれば「チェェェェェェェェェイ!」の掛け声とともに、愛刀・雁木毬(がんぎまり)で一刀両断する。

山にする雉や鹿や猪、熊ですらあまりの胡乱な生き物に恐怖を感じ、道を譲った。凄い男がいたもんだ。

途中、古い注連縄で祀られた謎の祠があった。

「ジャンバララァーーー!!!!」スバッ

無論、刀の一閃でぶち壊した。

途中、真黒な、不気味な鳥居があった。

「ドッピャピャピャァーーー!!!!!」スバッ

勿論、一刀両断した。

我が前に敵なし。神と出逢えば神を斬り、仏と出逢えば仏を斬る。発狂頭巾の前を阻む者は消滅あるのみである。

その時である。唐突に目の前の視界が広がった。夏の日差しが射しこむ。

「む?」

それは開けた場所。人っ子一人いる気配がない。しかしながらもはや崩れそうな幾つかの建物が残っている。おそらく百姓たちが言っていた廃村になった村であろう。

草がぼうぼうに茂っており、経過した時間を感じさせた。

「良い村ではないか。では軒先を借りて少し休ませてもらうとしよう」

境界に設置された意味ありげな積み石を草鞋で豪快に蹴っ飛ばして粉砕し、ずかずかと村に入っていく。

そして同時に愛刀を抜刀し、思い切り振り下ろした。

「ウンダラバッバァァァァァ!!!!」

ぶぅん!ばぁん!

恐ろしいまでの膂力から放たれた剣閃は音速を超え、周囲に衝撃波を放ち、道を邪魔する夏草を全て刈り取っていく!

これぞ健常人には使えぬ発狂剣法・超音速鶴(こんこるど)、かつて村人を苦しめる悪代官屋敷を襲撃したときに使用し悪代官も用心棒も村人も一人残らず吹き飛ばした恐るべき剣法だ。

「フッハハハハ、愉快愉快。ではそこの軒先で涼ませてもらうとしよう」

邪魔をする夏草を吹き飛ばし、半壊した廃屋の軒先(であった瓦礫)に腰掛け、懐から煙管を取り出した。

火をつけ、一服。ぷかぁ。発狂頭巾の脳血管にオピオイドが充填されていく。

みぃーーんみんみん……みぃーんみんみんみん……

遠くには入道雲が見える。かつては良い里であったのだろう。

ゆるりと、焦点の定まらない瞳で、半刻ほど発狂頭巾は憩い続けた。狂人にとって、誰も居らぬ場所で憩えるという事は貴重で、必要な事である。

その時である。視界の端に動くものが見える。動物よりも鋭い動体視力を持つ発狂頭巾がそれを見逃すわけがない。

それはかつて塀だったものの残骸。その上を白い何かが動いている。それに何か、不思議な声が聴こえる。

『ぽ……ぽ……』

それは女の声のように聞こえた。ただ意味不明な言葉をつぶやき続けているにすぎぬ。

だが、塀の遺構はずいぶんとしっかりしたもので、かなりの高さがある。女の背の高さとはとても思えない。八尺(2.4m強)もある化物であろう。

「…………」ニィ

発狂頭巾の口の端が緩む。これは狂人だ。狂人に違いない。狂人だ、狂人だろうお前。首おいていけ!!!発狂頭巾の発狂回路は短絡(ショート寸前)だ。

今すぐ遭いたい!!!遭って殺したい!!!狂人同士の挨拶は殺し合い、首の取り合い、参る!!!

「フンッ!!!」

『ぽ……ぽぽぽ………?』

発狂頭巾は腰かけた姿勢のまま、天高く跳びはね、空中で抜刀し、その白い頭をめがけ裂帛の気合と共に剣を撃ち込んだ。

『ぽぽ……!?』

「おんどらごっるぁぁぁぁぁ!!!!!」

ちゅどぉん!!!音速の壁、地面に激突した衝撃、吹きあがる砂煙、そしてマッハ5で振り下ろされる白刃が化け物を斬り裂いた。はずであった。

「む?手ごたえがおかしい」

ふと見れば、そこには真っ二つになった化け物はおらぬ。砂煙が晴れてくると、遠くに大きな影が見える。

その姿、およそ八尺。発狂頭巾より二回り以上大きく、それでいてその身体は白く、白い衣を纏い、白い烏帽子をかぶっている。長く美しい黒い髪が艶めかしい。

どうやらステップの連続で避けたようだ。発狂頭巾の剣を避けるほどの俊敏性を持つ獲物と理解し、吉貝は舌なめずりをする。これは楽しめる。

『ぽ……ぽ……』

回避しながらも一瞬、八尺白烏帽子は何があったのかわからぬようであった。

そしてゆっくり手を発狂頭巾に向け伸ばそうとした瞬間、正気に戻ったかのように、すっと構えを取った。

『ぽぽぉぉぉぉぉ!!!!!!』

八尺白烏帽子が唸る。その唸り声は天高く轟き、遠く江戸の地にすら聞こえたという。

ニィ…と発狂頭巾の口の端が釣り上がる。徒手空拳の構えだ。片足を相手に向け、半身を開いて腰を落とし、拳を握り、左腕を下げ、右腕をあげる。

間違いない、これぞ撲針俱(ぼくしんぐ)の構え也!かの大秦国で、残虐な暗黒皇帝ネロ・クラウディウスによって開かれた奴隷拳闘士による暗黒格闘技である。

華麗なステップワークで発狂頭巾の剣をかわしたのもこの格闘術によるものだ。

そして今、八尺白烏帽子が取る構えは撲針俱で最も攻撃的な構え、守りを捨て相手を叩き潰す『地椎来都の構え』(でとろいと・すたいる)に外ならない。

八尺白烏帽子がインステップと同時に、発狂頭巾も前に踏み出す!

「ギョワー!!ギョワー!!ギョワー!!ギョワー!!」

『ぽぽ!ぽぽ!ぽぽぽ!ぽぽぽぽ!!!』

発狂頭巾の鋭い連続斬りからの突き(全て音速超え)と長い腕から繰り出される八尺白烏帽子のコンビネーションブローが激突する!

一つ一つが衝撃波を伴って周囲に破壊の渦を巻き起こす。この八尺白烏帽子、長い腕と撲針俱特有の素早い連撃だけで、発狂頭巾の凄まじい撃剣を受け止めるだけでも尋常のものではない。

ガキン!ガキン!ガキン!ガキン!

「小賢しいわ、ギョワァァァァーーーー!!!!」

ならばと八双の構えを取る発狂頭巾、連撃など吹き飛ばさんばかりの強烈な一撃を狙う。だが、その一撃は鋭い鳩尾への衝撃を持って阻止された。

「ぐぼべっ!!!」

『ぽぽ……ぽぽーーーーー!!!』

それは八尺白烏帽子の蹴りであった。その美しく長い脚から繰り出される蹴りは、華麗ながらも8.8cm砲の破壊力に相当する。もしも常人であれば、四肢が断裂していてもおかしくないほどの衝撃であった。

思わぬ一撃を喰らった発狂頭巾であったが、インパクトの瞬間に後ろに飛んで衝撃を殺し、発狂剣法受身(脳内で命中していないと信じ込む事でダメージを無にする基本技)を使い、距離を取る。それでも肋骨が一本折れたのは確実であろう。

だが、それ以上に発狂頭巾には衝撃を受けた点があった。

「馬鹿な!撲針俱には足技は無い……」

『ぽーぽぽ……ぽぽぽ!!!』

いや、八尺白烏帽子の構えが違う。これは撲針俱の構えではない!両腕を同じ形に曲げて構え、膝を少し持ち上げる。

これは暹羅国のパフユッ、シャム拳法、現在では古式ムエタイとも呼ばれるもの。その源流は天竺で武術の達人であった釈迦が極めた殺人拳法カラリパヤットにあるという原初の武術だ。(釈迦が弟子である提婆達多に襲われた時、踵落としで地獄に突き落とした逸話を知らぬものはいないであろう)

しかしこの程度で諦める発狂頭巾ではない(狂人なので)。再び刀を構え、恐るべき膂力で横薙ぎを狙う!

「面白い……やるではないか怪異め!…むっ?!」

『ぽぽぽー!!!』チュインチュイン

光りながら、踏み込みながら体を低く踏み込んでいる。不味い、次に繰り出す技で先に出した攻撃の硬直を無視する『発狂キャンセル』(ゲージ50%消費)だと気が付いたときにはもう遅い。

巨体をバネにして短い突進と共に、右手の昇撃から左足での膝蹴りが発狂頭巾を襲う!シャム拳法の奥義・阿芭可(あぱか、タイガーアッパーカットとも)だ。恐るべき一撃に弾き飛ばされ、発狂頭巾の身体は宙に舞った。

地に伏す吉貝、だが八尺白烏帽子の猛攻は止まらない。再び構えを解き、発狂頭巾の頭めがけて力強いストンプを繰り出そうとする。

これは何の格闘技か?そう、これはやくざ者の間で古くから伝わる裏社会の武術、極道戦闘術の一つ・神農脚(ヤクザキック)だ。

即座に後転して回避して距離を取り、発狂頭巾は構えを取る。僅かに不利だが、まだ負けたわけではない。狂人同士の戦いは心が砕けた方が負けなのだ。

「ならばその足、切り落としてくれようぞ。ギョワー!!!」

発狂頭巾渾身の横薙ぎ、これを受け止められる者は日ノ本に10人はおるまい!

その一撃に対して、またしても八尺白烏帽子は構えを取る。足を八の字にし、力を入れて構える!両腕を曲げ、衝撃に備える!

『呼(ぽ)っ!』

ガキィィィン!

発狂頭巾の刀が弾かれる。何故!?

三戦(さんちん)。それは空手の源流である琉球古武術に伝わる基本にして、防御術。古くから伝わる守りの型、

呼吸のコントロールによって完成されるこの型は完全になされた時には あらゆる打撃に耐えると言われる究極の防御術だ。マサチューセッツ工科大学の研究によれば、理論上は核爆発の衝撃にも耐えられることが判明したことはもはや諸兄の間では常識となっているはずだ。

「ぬぅ?」

『ぽぽぽっ!!!』

再び八尺白烏帽子は構えを変化させる。刀を受け止めた瞬間、間合いは極めて近い。このままでは不味いと後ろに飛んで退いた発狂頭巾が見たものは最後の『構え』の意味だった。

頭巾に潜む玉虫色の瞳がチリチリと火花を散らす。

腰を落とし、柏手をパァァァンと鳴らし、両の掌を大きく前方に突き出し、そして右足を大きく上げて大地を揺らす四股を踏む。

ズドォォォォォォォン!!!

八尺白烏帽子の不知火型土俵入り、すなわちこれは『相撲』の構えだ。それもYOKODUNAレベルに達している相撲だ。

相撲、それは世界最強の格闘技である。塩によって清められた腕はアンデッドモンスターすらひねりつぶし、四股は大地を割り、てっぽうはあらゆるものを砕き、決まり手は物理法則や因果すら捻じ曲げる。

だが、それだけではない。旧約聖書においてヤコブ関が神霊Y.H.V.Hと相撲を取りシロボシを得たため、イシャラー・エル(神に勝ったもの、イスラエル)の四股名を拝領したことは読者の皆さんも御存知であろう。

相撲は人が神に勝つ力を得る武術なのだ。現代でも、力士が物品・誠意・勝利・相手の生命を受け取るときの感謝の言葉である『Gods and death(ごっつぁんです)』にその由来を伝えている。

「ぬぅ!!!!」

発狂頭巾も急いで刀を構える。だが、人ならぬ八尺白烏帽子の相撲の前に、発狂頭巾と言えども勝てるものだろうか。あまりにも稽古が足りぬのではないだろうか。

『ぽぽぽぽぽぽぉぉ!!!!』

八尺白烏帽子の凄まじい突っ張りが迫る!このまま発狂頭巾はこの世から押し出しによって決まり手となってしまうのだろうか。

√3幕

秋の夕暮れであった。虫の鳴く声が聴こえる深い谷の奥。頭巾を被った少年と豊かな髭を持つ山伏姿の老人が剣術の指導をしていた。

幼き日の発狂頭巾、そしてただ一人の剣の師であるイマジナリ師匠・果心居士その人である。

りーんりーん……

鈴虫の声が響く中、ヤング発狂頭巾は剣を握り続ける。

足元には小さく円形が描かれており、果心居士からその1尺(約30cm)ほどの円の中より一歩たりとも足を出すべからずときつく言われている。

そして発狂頭巾の切っ先から一町(約109m)ほど先に、丸太が一本地面に突き立てられて、建てられていた。

その丸太を剣で斬り倒せというのが師匠に命じられた課題であった。

「でやぁぁぁぁぁ!!!」

幼い発狂頭巾は渾身の力を込めて剣を振りぬく。

僅かに剣圧を起こすほどの勢いだ。少年にしては良く鍛えらている。しかし丸太には全く届きそうもない。

「まだじゃ。もう一度やれい。よいか、わかったな?」

果心居士は冷たく言い放った。

かれこれこの訓練を片時も休まず3日間も続けている。吉貝少年は空腹や喉の渇きで限界近い。しかし剣を握る手は全く衰えを見せなかった。

「よいか、吉貝狂士郎よ。お前は内心、あの丸太を斬る事は出来ぬと諦めておるのではないか?どだい、できぬことだと、思っておるのではないか?」

「いえ。けしてそのようなことは」

「ならば何故斬れぬ?」

心の底からぞっとするような声で、老人は続けた。

「狂人同士の戦いは心にある。強く思い込めたものの刃しか届かぬ。思え、そして信じろ、お前の剣は必ずやあの丸太を叩き切るとな!よいか、わかったな?」

「はい!でゅえらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

吉貝少年は大上段に構え、声を振り絞り、全身全霊で剣を振り下ろした。その心に、切っ先に一寸の迷いすら無し。

ゴツン!

遠くの丸太が揺れるのが見える。何かに当たった。同時に、吉貝の剣にも衝撃が帰る。

「今のじゃ。よく信じた。だが、まだ丸太は立っておる。もっと思い込め。お前の剣は『当たらぬものすら斬り裂く』と、心から思い込め。よいか、わかったな?」

「はい!…ぎょわぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

少年は肉体・精神・魂から全てを一色に染めた。

ただ、目標を斬る、必ず斬る。それだけを考え、刀を振り下ろす。

ガシュウガコォン!!!凄まじい轟音を立てて、丸太がはじけ飛んだ。絶対にあたるはずがない距離で、少年の狂気が丸太を断ち切ったのだ。

「見事。見事也、狂士郎よ。忘れるな、剣は敵を斬るために振るうに非ず。必ず斬るという心、狂気こそが敵を斬らしめるのだ。よいか、わかったな?」

ゆるりと、老人は杖にもたれかかった。

二幕

発狂頭巾の顔から焦りは失せていた。

穏やかな顔で、瞳だけは玉虫色に、爛々と輝いていた。焦点すら合っているのかわからぬ。ただ、ゆらりと、刀を構える。

それに対して、八尺白烏帽子は怒涛の勢いで距離を詰めた。ここには行司はおらぬ。故に、立ち合いは八尺白烏帽子の拍子で始まる。

はっけよいすらなく、格闘技というにはあまりにも暴力的な突っ張りが発狂頭巾めがけて放たれる。

自分の相撲を取るだけ、これこそが相撲の極致である。力士の張り手が唯一神の喉輪に届く術なのだ。

その時である。ふらりと発狂頭巾は突っ張りを紙一重で避けた。そしてそのまま、渾身の勢いで虚空に剣を走らせた。

「ぎょぇぇぇぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

無論、その剣筋では八尺白烏帽子を斬るには能わぬ。仮に刃が八尺白烏帽子の身体を捉えたとしても、筋肉と脂肪をバランスよく蓄えた相撲体と力士パワーが産み出す運動エネルギーの前に弾き返される。

しかし。

しかしだ。

「狂うておるのは……わしか、おぬしか?!」

カァ~~~~~~~!!

残心を取ると同時に、八尺白烏帽子の身体に、袈裟斬りの刀疵が浮かびあがり、同時に七色の体液を噴出した。

『ぽぽ?!』

「ギョエエエエエエエエ!!!!」

驚きを隠せぬ八尺白烏帽子に振り向きざまに、発狂頭巾の愛刀・雁木毬が襲い掛かる。

明後日の方向、刃は空を切る。しかしながら、今度は八尺白烏帽子の右腕をぷつりと、切断した。

『ぽぽぽーーーーーーー!?!?』

「ウンダバァァァァァァァ!!!!!!」

時間と空間、因果律すら超越した発狂頭巾の刀はとどまるところを知らない。

今度の剣はまたもや虚空を横薙ぎ一閃する。同時に、八尺白烏帽子の膝を両断され倒れる。

『ぽっ……ぽぽぽーっ!!!!』

発狂頭巾の剣は当てるのではない。斬る、斬ったと思い込むことで実際に斬撃を与える回避不能の一太刀也。

剣は生死の狭間にて大活し、禅は静思黙考の内大悟へ至る。

メジャー・ダイミョにまで登り詰めた伝説的なソードマスター・柳生宗矩は説く。生死の狭間にて修行することで、剣術は禅と同じく、悟り……すなわち全知全能たるホトケの境地に辿り着くことができると。

今、発狂頭巾が振るう剣は小手先の技ではない。狂気の果てに辿り着いた【絶対に斬る一太刀】である。

斬る!

「ギョワァァァーーーー!!!」

『ぽぽぽーーーーーーー!!!』

斬る!

「ギョワァァァーーーー!!!」

『ぽぽぽーーーーーーー!!!』

見る見る間に、こま切れ肉へと変えてゆく。狂人の剣は非情の剣に他ならない。

おお見よ、廃村は見る見る間に謎の体液とズタボロの白い布、そして何かを切り刻む音を立てながら絶叫しつつ刀を振るう発狂頭巾だけになってしまったではないか。コワイ!

「ギョワァァァーーーーーーーー!!!」

『ぽぽぽぽぽーーーーーー!!!!!!』

しかし。

しかしである。

どれだけ発狂頭巾が切り刻もうと、『ぽぽぽ』という八尺白烏帽子の悲鳴は絶えない。既に白烏帽子の喉も頭もズタズタに斬り裂いているにも関わらずである。

格闘技とは人の使う技である。神仏は格闘技で戦わない。その力、権能で叩きのめせば済むからだ。

では怪力乱神の部類に当たる八尺白烏帽子がなぜ格闘技で戦ってきたのか。それは『人の領分』にとどまるために他ならない。

では格闘技を捨て、『人の領分』の枷を外せば?

突如、発狂頭巾が愛刀で切り刻んだ肉片から何かが天に向かっていくつもの柱が急激に伸び始めた。

七色の光を放ち、もつれあい、絡み合い、やがて融合して巨大な柱のような形を取り始めた。

いや、それだけではない。

その形は徐々に人型になり、白い光が表面を覆い、やがて『それ』は顕現した。それは元の『それ』の百倍もの大きさに膨らみ、山々すら凌駕する天の上から発狂頭巾に対して悲しき怒りの雄たけびを上げた。

『ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぉぉぉぉぉーーーーーーーーーー!!!』

その雄たけびはもはや音と空気の衝撃波といっていい。地を穿ち、全てを砕く破壊そのものであった。

八百尺白烏帽子。見よ、これぞ人に忘れられてなお子を追い求める『母なる狂神(きょうじん)』八尺白烏帽子の原初の姿、242.424m(だいたい東京新都庁やガンバスターと同じ)の巨体が、今大地に立つ!

「ぬう、化物め。正体をあらわしおったな!?そこになおれ、叩き切ってくれようぞ」

発狂頭巾、これにも動じず(発狂しているから)、地を蹴り、瓦礫と化した壁を蹴り、八百尺白烏帽子の身体を蹴り、天に向かって急上昇を始めた。

『ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぉぉぉぉぉーーーーーーーーーー!!!』

だが、それまでだった。八百尺白烏帽子の拳から繰り出された一撃によって、その動きは一瞬で虫のように潰された。

相撲ではない。何かの技はない。工夫すらない。

ただ腕をふりまわしただけ……しかし凄まじい狂気を纏った拳の一撃。

それは原初の神の怒り、地母の晩餐。

「ウギャーーーーーーーーーー!!!!!!!」

ばきり、めしり、ぐしゃり。

全身の骨が折れ、全身の筋が弾け、全身の腱が切れてなお八百尺白烏帽子の拳の勢いは衰えない。そのまま大きく振りかぶり、破壊の力を発狂頭巾の矮小な身体に打ち込む。

とても、人の耐えられるものではない。

噴き出る血、飛び出しかける眼球、切れる脳血管、断裂する大動脈。よもや人の形を残しているのが奇跡と言ってすら良い。それでも狂人は刀を手放さぬ。

山にぶつかり、岩肌にひびが入り(ドラゴンボール的な演出)、それでも勢いを殺さず地にめり込む。暗い山腹の中、ぴくぴくと脈動しながら、発狂頭巾は遠い日の白昼夢を見た。

虚幕

どどどどどどどどどどどどどどどどどど

時は冬。山には雪が積もっている。天高く、空気は澄み、しかし空気は身を切るほどに冷たい。

奥山に隠された大瀑布。轟音をたてて流れる水が絶える事はない。その滝壺で、白装束を着た一人の痩せこけた少年がただひたすらに滝に打たれ続けていた。

水は清く、凍てつくほどに冷たい。しかしその身体は僅かにも動じることは無く、何かを求めるかのように、静かに激しい滝に打たれ続けていた。

その滝壺の岩場の上に、腕を組みながら、やはり不動で見守る一人の男がいる。赤ら顔、長い鼻、おお…なんたることか。この男は天狗だ。そう、この天狗の男こそ発狂頭巾・吉貝狂士郎のたった一人のイマジナリ師匠・鬼一法眼である。

その男が吠えた。大瀑布すら揺るがすほどの大声である。

「小僧よ!脳裏に最強の敵を浮かべる事が出来たか!?!?」

滝に打たれ続ける吉貝狂士郎少年はその声にも反応しない。深く、深く、己の狂気を探索する黙考を続けている。

「よいか。その最強の敵はおヌシの剣も通じぬ。おヌシよりも遙かに強大だ。とてもかなうものではない。神仏か?いや、そのようなサンシタではない。規模が違う。それほどの強敵を思い浮かべられたか!?!?」

どどどどどどどどどどどどどどどどどど

鬼一法眼の一方的な問答は続く。吉貝狂士郎少年は瞳を閉じたままだ。

「だが、おヌシはそやつを斬らねばならぬ。蟷螂の斧とて、捻りつぶされるわけにはいかぬ。なんとしても斬らねばならぬ。いかがするか!?!?」

どどどどどどどどどどどどどどどどどど

ゆっくりと時間が流れていく。吉貝狂士郎も、鬼一法眼も、一ヶ月の間、一時も休まず、この滝行と問答を続けている。

この日まで、答えは出なかった。ただ、深く、深く、地の底よりも深い吉貝の心の奥深くを目指して黙考を続けてきた。

「いかがするか!?!?」

再び、滝の轟音すらものともせぬ狂人の大声で、師匠・鬼一法眼が問う。そして、静かに刀の柄に手をかけた。

ブッダの顔も三度殴れば怒る。三度の問いで答えを見つけられぬならば吉貝少年を『見込みのなかった弟子』として斬り殺すつもりだ。

狂える狂人天狗・鬼一法眼は平安の世からこれまで見込み無しとして37564人の弟子を切り殺してきた。彼から指南を受けて生き残った者などヨシツネ卿・人斬り抜刀僧こと念阿弥慈恩・八人の狂えるバトル坊主など数えるほどしかいない。

「いかがす」「ギョワァァァーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

突如、吉貝少年の瞳が開き、瞳から玉虫色の光が放たれ、(そして読者にはお馴染みとなったであろう)発狂頭巾の叫びを響かせる。

おお、みよ。これぞ狂人の覚醒なり。

「な、なんと……フッ、フハハッハ。見事、見事也吉貝狂士郎!」

ゆらりと一歩、岩場の上で鬼一法眼が後ずさる。

そして、上半身と下半身がずるり……ずるり……とずれてゆく。

吉貝狂士郎が開いた「狂人の悟り」、それは無いものをこの世にあると信じぬく狂気也。丸腰で滝に打たれ続けていた吉貝少年は、見事、思い込みだけで師匠を両断する《架空の刀》を産み出し、そして師匠を両断したのだ。

「左様、強大な相手と対峙するならば狂気で持って自分をそれ以上に強大にすればいい……自然(じねん)の摂理にして、狂人の理屈、よくぞ悟った」

かんらからと鬼一法眼の喉が鳴る。

「おヌシは今、師を超えた狂人となり、わしを斬った!平安の世より生き続けた、死なぬ怪異・地獄出禁であるわしを!実に見事、もう教える事も無い。後は好きにせい!先に冥府で待っておるぞ、土産話を忘れるでないぞ!!!フッハハハハハハ!!!」

狂気的な声をあげながら、しかしどこか清らかさを感じる爽やかな顔で、血の一滴もこぼさぬまま、鬼一法眼は倒れながら滝壺に落ちていった。

水面にばしゃんと落ちた天狗は、徐々に水に溶け、やがて墨汁のような濁りとなり、その濁りすら悠久を湛える水によって流されていった。

「ギョエエエエエエエエーーーーーーーーーー!!!!」

後には狂った奇声を上げながら狂気の世界を旅し続ける吉貝狂士郎だけが残された。

三幕

僅かな静寂は破られた。

ずしぃぃぃぃんん……

『ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぉぉぉぉぉーーーーーーーーーー!!!』

ずしぃぃぃぃんん……

『ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぉぉぉぉぉーーーーーーーーーー!!!』

大地を巨大な足が揺らす。山々に巨大な影が映る。雲にまで届く奇声をあげる。

発狂頭巾を始末したとて、八百尺白烏帽子の暴走した母性はとどまるところを知らない。一歩ずつ、人里の方向に向かおうとしている。

救わねば救わねば抱き締めねば。母である我が子供らを一人残らず抱き締めねば。もう二度と離さぬ離す訳にはゆかぬ。連れて行く連れて逝く子供らを一人残らず連れて往く。

彼女は狂っていた。母なる狂神であった。

と、その時である。目の前にある大地が、山が、轟音を立てて割れた。地が盛り上がり、ドドドゴゴゴと恐ろしい唸りを上げて、巨大な影が山の中から背を伸ばす。

『ぽぽ???ぽぽぽぽぽぽぽぽーーーーーーーーーー!!!』

おお、それこそは我らが見慣れた姿。黒い頭巾に玉虫色の瞳、狂った笑みを浮かべる口の端から泡を吹き、極彩色の着物に涎が垂れる。ご存じ発狂頭巾……しかしその大きさはいつもの大きさではない。八百尺白烏帽子すら僅かに凌駕するほどの巨体であった。

ゆっくりと構え、いや……見栄を切りながら刀を構えるその巨大な侍、それは808尺(約244.84m)に達する巨大な発狂頭巾、深淵に揺蕩う内なる狂気を物質化してその身を発狂巨大化したもう一柱の光の狂神、八百八狂頭巾也!

「「「狂うておるのは……」」」

叫びと共にカッと八百八狂頭巾の瞳が玉虫色の炎を宿す。

思わぬ妨害者の出現にグワッと八百尺白烏帽子の顔が般若のごとき形相に変わる。

空気が、空間が振動を始める。

「「「貴様の方ではないかーーーーーーーーーー!!!!」」」

カァ~~~~~~~~~~~~~~~!(ヴィブラスラップ)

『ぽ、ぽ、ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぉぉーーーーーーーーーー!!!』

八百八狂頭巾に応えて八百尺白烏帽子も吠える。それは存在しない我が子を奪った怨敵に対する母の怒りそのものであった。八百八狂頭巾も口元をニィィィィと耳元まで吊り上げる。白烏帽子もまた狂人、善き狂人也。ならばするべきことは一つ。

「「ギョワァァァーーーーーーーー!!!!!!」」

ズバシュウウゥゥゥゥ!!ズガァァァァァン!!強大化した愛刀・ジャイアント雁木毬(必要筋力50・筋力補正A)から繰り出された一太刀はパワー・スピード・エンチャント狂気共に最大限の勢いで八百尺白烏帽子の腕を切り落とし、勢い余った刃が火花を散らしながら地を大きく抉る。

『ぽぽぽぽぽぽ、ぽぽぽぽぽぉぉぉぉぉーーーーーーーーー!!!!!』

だが切り落とされた腕はすぐに真っ黒な灰となって消え去り、燐光の如き粒子を迸らせながら新しい腕をにゅるんと生やした。なんという再生力。そしてその勢いのまま、両腕を伸ばし八百八狂頭巾の周囲に二条の螺旋を描いて包み込む!

おお、これぞ二重螺旋、生命の神秘そのものの形也!

二つの腕が引き起こした竜巻は魂の輪廻(るふらん)を示し、八百尺白烏帽子を原初の母であることを証明した。そして自分の腕の元に狂気と暴力でもって全ての生命に帰還を命じる。

「「「ギョッワワワァァァァァ!!!!」」」

ガキンガキン!!!ズバシュ!!!ザッッシャァァァ!!!

だが、発狂頭巾も負けてはいない。刀身で防ぎ、襲い来る腕を切り落とし、さらに生えてきた白烏帽子の腕を斬り裂いて防ぐ。あまりの勢いに弾かれた刃は地面を大きくえぐり取った。

「「「この程度か八百白烏帽子。狂いが足りぬぞ、笑止也!!!」」」

『ぽぽぽぽぽぽ!!!!!!!』

ガキン!!!ズバシュ!!!ドガッシャー!!!

ガキン!!!ズバシュ!!!ドガッシャー!!!

ジャイアント雁木毬と触手再生腕の打ち合いは50合を超え、それでも八百尺白烏帽子の勢いは全く衰えない。八百八狂頭巾の瞳が怪しく、玉虫色に光を放つ。

「「「これにて狂い終いだ、八百尺白烏帽子!!!」」」

『ぽぽぽぽぽ・・・・・・』

ズボッッッッ!!!!!八百八狂頭巾がジャイアント雁木毬を突如、地面に突き刺す。

おお、なんという事か。刀が地面を抉った跡が、禍々しい漢字と文様になっている!!!

丸に狂、これすなわち発狂魔方陣。

発狂魔方陣を触媒として次元ポータルを作り出して異界に強制送還・封印するという発狂剣術の秘奥中の秘奥にして、あまりに残虐な剣法としてイマジナリ師匠から強い戒めを受けた禁じ手!!!

八百八狂頭巾は戦っていたのではない、狂気の戦場に大いなるウキヨエを描いていたのだ。

『ぽ!!!!ぽぽぽぽぽ!!!!ぽぽぽぽぽーーーーーーー!!!』

八百尺白烏帽子は逃れようとするが、異界への扉は決して逃さない。

白烏帽子が秘めた生命の力を奪い、異界へと追放していく。どんどん縮んでいく八尺白烏帽子は驚愕と恐怖と混乱と悲哀の表情を見せ、そして八百八狂頭巾と僅かに、一瞬だけ、目が合った。合ってしまった。

玉虫色に輝く狂気の瞳と七色に染まる母の瞳が交差した時、二人の狂神の魂に【存在しない記憶】が刻み込まれていく。

∀幕

それは霞みかかる春の昼下がり、山岳地帯に隠された峠の間道だった。幼い一人の頭巾を被った少年が泣きながら歩いていた。

それは幼き日の発狂頭巾、吉貝狂士郎。

良識忍軍の突如の襲撃により焼け落ち皆殺しになった故郷である狂人の里を出て、一人歩いていた。父と母に命懸けで逃がされた吉貝少年はただ一人の生き残りとなった。

「父上……母上……」

生き延びた。しかし全てを失った。

虚空となった少年の心が再び立ち上がるには、今少しの癒しが必要であった。それでも、もう世界に吉貝少年を知っている人々は居ない。皆、良識忍軍によって殺された。

吉貝少年はぺたりと座り込んでしまった。

もういいだろう。ここで野垂れ死ぬのもまた狂人の道であろう。諦めよう。

そう思った時であった。

『ぽ……ぽぽ……ぽぽ……』

人の通わぬ間道には似つかわしくない奇妙な女がいた。異国の物と思わしき白い衣、白い烏帽子、見た事も無い靴、美しい黒い髪の若い女、しかしその背丈は樹冠に達するかと思うほど大きい。

「ひっ」

吉貝少年の顔がひきつる。

これは魔物か妖か。それとも自分を殺しに来た良識忍軍の追手であろうか。腰に差した先祖伝来の刀の柄に手をかける。しかしその腕は震え、腰は動こうとしない。あまりにも恐ろしい。

『ぽ』

すっと、巨大な女は手を顔の前に近づけた。吉貝少年はびくりとするが、想像した物とは全く違う物が握られていた。

それは黒い紫色をした果実であった。季節の早いヤマグワの実だった。

「これ……」

『ぽぽぽ……』

女は口がきけぬらしい。しかしどうやらこの実を食べろと言っているらしい。その声は穏やかなものであった。

ゆっくりと果実を受け取り、口に含む。優しい甘味がした。思えば里を出て一昼夜、何も食べていないことを思い出した。

『ぽぽぽ……ぽぽぽ……』

どうやら吉貝少年が食べた様子を見て、女の声は一層穏やかになった。喜んでいるようであった。

母にも似た僅かな安らぎの中で、吉貝少年は再び立ち上がる気力、そして良識忍軍を皆殺しにする狂気を芽生えさせた。

その後、化物女は果物や金目の物などを幾つか持ってきてくれた。その度に、穏やかな声で『ぽぽぽ』と声をかけ続けた。やがて彼の懐に、旅を続けるには十分すぎるほどの物が集まってきた頃、ゆっくりと化物女は森の中に帰っていった。

それ以降、吉貝狂士郎はこの化物女と再会したことはない。

まるで幻のような遅い春の一日であった。

四幕

発狂魔方陣の境界面では事象が崩壊し、迸る狂気の波動が六百十八尺白烏帽子を分解し続けていた。

『ぽぽぽ!!!ぽぽぽぽ!!!!ぽぽ……ぽぽぽ……』

哀れにも悲鳴のように唸り続けていた。

異界へと追放した者は狂理学第二法則によりこの世界には存在できない。存在しえない。存在しなかったことになる。消滅だけではなく、二度と誰にも認知しえなくなるし、再度戻る事も不可能なのだ。

既に30尺(9m)程度まで不可逆的に縮んでいる。このままあと僅かで、三百四十八尺白烏帽子はこの世から消え去るのだ。

一瞬だけの視線の邂逅の後、僅かな時間の間に八百八狂頭巾の脳内では狂った電気信号がバチバチと火花を上げ続けていたが、それは突如破綻し、電気信号はプチンと短絡した。

「「「狂うておるのは、わしか、貴様か、世界か、運命か!?!?」」」

突如、発狂頭巾がジャイアント雁木毬を発狂魔方陣から抜き放った。刀はポータルを構成する一要素となっており、これを外す事は異世界追放を中止することを意味する。

光る発狂魔方陣がみるみるうちに力を失い、その境界面は閉鎖されつつある。

『ぽぽぽ…!?』

百二十八尺白烏帽子の身体はそれでも縮むのをやめない。勢いは衰えたとはいえ、ポータルの隙間からまだ異世界に吸引され続けていく。

やはりこの怪異は消え去る運命だったのだろうか。

いや、違う。

「「「ギョッッッワワワァァァァァ!!!!!」」」

八百八狂頭巾のジャイアント雁木毬が再度、発狂魔方陣に突き立てられる。それは発狂魔方陣を強制終了させる危険な行為であり、余剰の狂気エネルギーは吉貝に逆流する!!!

煌めく発狂粒子、歪む発狂重力、暴走する発狂波動が八百八狂頭巾へ全て集中し、カッという閃光と共に大爆発を起こした。

KABOOOOOOOOOOOOOOOOOOM!!!!!!!!!!

『ぽ!?』

これには思わず、もはや当初の大きさよりも縮んだ四.八尺白烏帽子も驚く!

衝撃、熱線、爆風、稲光、キノコ雲……発狂エネルギーの暴走であらゆる破壊が、廃村跡地を襲い尽くした。

八百八狂頭巾は、緩やかに爆風と熱の中に沈んでいった。親指をグッと立てて。

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煙も落ち着き、静寂を取り戻した頃、発狂頭巾は目を覚ました。その身はすっかり縮み、元の背丈に戻っていた。衣服はズタボロだが、頭巾だけは新品のような輝きを残していた。

爆心地と化した山中、そのクレーターの底である。見れば空は夕暮れの茜色に変わりつつあった。周囲の森も吹き飛ばしたので、蝉の音は聞こえないが……

「わしとしたことが、酔狂な事をしたものよ……」

独り言ちながらゆるりと立ち上がる。無理をしたためか、体中があちこち痛い。特に頭が痛い。あちこちの線がちぎれたかのような痛みだ。

と、その時である。

クレーターの端から、こちらを覗く小さな白い影を見つけた。発狂動体視力はどんな者も逃さない。

『ぽぽぽ……ぽぽぽ……』

それはすっかり力を奪われて縮み、しかしながら存在そのものはぎりぎりで現世にとどまった元・八尺白烏帽子、現・零.八尺白烏帽子(約24cm)であった。

白い衣、白い烏帽子、美しい黒い髪はそのまま、しかしながら小さく縮んだことでまるで童女のようであった。

発狂頭巾が起きたことに気が付くと『ぽっ!』と声を上げて、茂みに隠れていった。

「奴め、わしが目を覚ますまで見守ってくれておったか。酔狂な奴よ」

零.八尺白烏帽子が元の力を取り戻すまで百年はかかるであろう。元の力を取り戻せたとしても、母の権能の大部分を異界に奪われた状態では八尺が限度であろう。

相変わらず童子を追いかけまわす怪異となるかもしれぬが、日ノ本……いや世界を終焉に帰す災厄になるほどの『母の力』は取り戻せまい。

しかしながら、そのような事は発狂頭巾にとってはどうでもよく、考えてもいなかった。ただ優しい眼で、山に消えてゆく零.八尺白烏帽子を見守っていた。

やがてその姿が見えなくなったころ、吉貝はまた別の方向の山に向かって焼け野原を歩き始めた。

さらば幼き日に出逢った怪異よ、良い狂気であった。

発狂頭巾の旅はまだまだ続く。

(夕焼けの空をバックにエンドロール)

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