完全試合

 最頂点からのリリース。鋭い手首のスナップ。パワフルな腕の振り。それらを支える確かな下半身。私の妄想内でのピッチングは、パーフェクトと言う表現があるとするのなら、正にそれに近かった---。

 私は外野手だ。ほぼ外野しか守ったことがない。そしてこれからも外野手だ。しかし、とあるポジションに非常に興味がある。投手だ。軟投派の投手として、会場を湧かせたい。
 だが私は生憎にも、控えめな性格だ。そしてチキン野郎だ。更には目立つのが苦手だ。揃う必要もない三拍子が揃いに揃っている。そのため、今まで幾度となく登板のチャンスを逃している。
 だか、いつまでもチャンスを遠のいている訳にはいかない。私はとりあえず、シャドウピッチングのようなものから、始めることにした。ただのシャドウではなく、投球の仕草と共に想像というか、妄想を付け加える。それで徐々に慣れていけばいいさ。
 実際に始めてみると、これがなかなか面白い。主に家で、外では人気のないことを確認したのちに割と頻繁にやっている。面倒見の良い野球仲間の先輩から、たまに指導を受けながら徐々に修正している。
 その努力の甲斐あってか、今では脳内で奪ってきた三振は数知れず。当初の予定では、軟投派であったが、剛腕投手として脳内で成長した。

 ある日、いつものように私は、会社の休憩室に人がいないのを確認していた。そして、いつものようにマウンドに立つ。そう既に私はいつでもどこでも、好きなとき好きな場所に、マウンドを作り出すことができるようになっていた。
 コンディションはまずまず。ストレートを中心に、緩急をつけ、コースをつき、着々と凡打の山を築いていった。
 気づけば9回2アウトランナー無し、1人もランナーを出すことなく、ラストとなろうバッターを迎えた。全神経をこの1球に込めた。
 最頂点からのリリース。鋭い手首のスナップ。パワフルな腕の振り。それらを支える確かな下半身。私の妄想内でのピッチングは、パーフェクトと言う表現があるとするのなら、正にそれに近かった。
 スパーーーーーーーン。フォロースルー状態のバッターを他所に、乾いたミットの捕球音が響いた。やった、やり遂げた。刹那、歩き出す人影が視界にちらつく。
 おかしい。そんなはずはない。なぜ歩くのだ。完膚なきまでに押さえ込んだはず。
 気づけば、休憩室のガラス戸越しに課長が腹を抱えて笑っている。赤面する私。
「ピッチャーなの?笑」
 「いえ...」
 「投げる予定あるの?笑」
 「いえ...」
 「そーいう子だったんだ...笑」

 くれぐれも、会社内でのピッチングはやめとくべきだ。後悔する。



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