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【小説】あかねいろー第2部ー 57)想定内の苦戦?

  前半は風下を選択した。風速にして4mほどなので、そこまで試合には影響はなさそうだったけれど、しっかりタックルするところから始めようという思いで、トスで勝ったら風下と決めていた。
 ロッカールームで先発とリザーブの25人が円になり、そのまわりを残りのメンバーが巨大な円となり取り囲む。そして、一太が気合をつける。
「ボコるぞ。絶対にボコすぞ」
この言葉に全員がほえる。僕らは拍手をして彼らを送り出し、メディカルなどのスタッフを除いて、上のスタンドに上がる。
 このスタンドから試合を見たのは、W杯以来だ。自分のいない自分のチームの試合を見ることになるとは思わなかった。
 僕らに先立って大沢南のメンバーが10mラインに並ぶ。僕らは彼らに遅れること1分くらいで慌ててグラウンドに出ていく。なんだか少し立ち遅れた、出負けしたような感じがある。どうしてだろう。ただただ相手が先に並んでいるだけなのに。少し違和感を感じたのは、大沢南の選手が、全員左腕に黒の腕章をしていることにあるようにも感じた。いわゆる喪章だと思われる。何かあったのだろうか。事情はわからない。ただ、それらも含めて、真剣勝負ならば、構えた時点で少し機先を制せられたような雰囲気があった。
 その違和感は、すぐに嫌な感じに変わった。
 大沢南のキックオフは風に乗って僕らのFWを超えて、いきなり仁田のところへ飛んでくる。慌てずにしっかりとキャッチをして、少し前に出てから、大きく蹴り返そうとするも、思いのほか風に戻されて、22m付近までしか蹴り返せない。仁田のキックも確かにへなちょこだが、思いの外風が強い。それは、スタンドにいるとかなり感じる。グラウンドレベルよりも上空の方が風が強い。
 ラインアウトは、僕らもだいぶ精度が上がっているけれど、相手ボールへの仕掛けは個人任せというところがある。しかも、今日は相手が大沢南ということで、特にビデオを見て研究とかはしていなかった。4番がかなり背が高く190センチ近くはありそうで、6番も結構大きくて、この二人が2番目と4番目に並んでいたので、その辺りに投げてくるのだろうと思っていた。
 しかし、相手のスローワーの2番は、何やら数字のサインを唱えている最中に、ラインアウトの1番手前に並んでいたずんぐりむっくりの1番にボールをすっと入れる。そして、その1番はすぐにボールを持って呆然とする一太の横を駆け抜ける。慌てて、ウイングの笠原が1番に間合いを詰めてくるも、しっかりとスローワーの2番がフォローに入っていて、1番が笠原を引きつけて2番へとパスを折り返す。ライン際2mくらいのところでボールを受けた2番の前にはもう誰もいなかった。しっかりとインゴールで真ん中まで回り込んで、あっという間に大沢南が先制トライをする。
 僕らは、全員が、ラインアウトをからバックスに展開してくるだろうと思っていた。それを疑いもしていなかった。まして、サインを言い終わる前に仕掛けてくるようなサインプレーを、このファーストプレーで出してくるなどは夢にも思っていず、ラインアウトに並んだメンバーからすれば「何かの反則じゃないの?」くらいの煙に包まれた状態だった。
 ただ、ゴールポストの下に集まった僕らは、この一時に特に大きなショックを受けたわけでもなかった。こういう出会い頭のことはしばしばあることだし経験もしてきた。大沢南からすれば、用意した渾身のスペシャルプレーだったわけで、見事にしてやられた。けれど、チームとして崩されたとか、力量の差があるから生まれたトライでもなかった。僕らは、しっかりそういう状況を理解できるようにはなっていた。
「1つずつ。取り返していこう」
15人が小さくまとまって頷く。
 ゴールキックは楽々と決まる。
 0-7。
 次のキックオフは大沢南がクリーンキャッチし、大きく蹴り返してくる。これが、例によって思いの外伸びて、仁田が目測を誤り頭を越されてしまう。インゴールまで転がったボールをなんとか拾い、隣にフォローしてきた笠原にボールを渡す。笠原は22mくらいまで走ってから蹴り返すも、これも風にあたりうまく陣地を返せない。
 次のラインアウトは彼らは普通に入れてきて、2番がキャッチする。モールになると、ほぼ一瞬で僕らのFWが彼らのモールを潰してしまう。なんとか出したボールに対しても、しっかりとディフェンスをしていくので、大沢南の攻撃はリズムが出ない。接点は必ず僕らが絡みかけていた。最終的には、彼らのノックオンを誘い、スクラムになる。スクラムは、こちらも組むなり僕らのFWが自動的に1.5m前に出て、反則を誘う。ペナルティを得ると、タッチにキックを蹴るが、これが意外と飛ばない。次のマイボールのラインアウトはノットストレートを犯してしまう。
 ラインアウトでの苦戦というのはある程度織り込み済みなところがあって、慌てることは特にないのだけれど、風下がこんなにきつい風下だとは思っていず、蹴っても蹴っても前に進めないことに対しては、流石に苛立ちが募ってきた。
 15分近くになったところで、相変わらず自陣10m付近にいるラインアウトで、僕らは思い切って展開をしてみる。なんとか大野がラインアウトを確保すると、フランカーが一旦サイドをつき、少しゲインをしてから、岡野ー小道から、清隆をカットイン気味に走らせたところに、小道がループで回り、小道が取ったところにすぐ相手の13番にタックルされる、その瞬間にブラインドサイドから回ってきた笠原が、ほぼ真横で斜め45度に走り抜けていく。彼らのディフェンスラインの角度と、彼の走り込む角度、そして、裏に出て仕舞えば、県代表のエースウイングの笠原を単独で止めるのは難しい。なんとかFBとウイングとSHが彼に追い縋るも、今度は、そのインサイドにしっかりと、走力では決して負けない仁田がフォローをして、ディフェンスを引きつけた笠原からパスを受けて、一気にインゴールまで走り切る。
 力の差が出たという感じのトライで、スタンドでやきもきしていた僕らもようやく安堵する。何より、ミスの続いた仁田がトライをしてくれたのが嬉しい。
 7-7。
 本来ならば、ここから自力のある僕らが確実に力を見せていく、というのが筋のはずだった。チャレンジャーが渾身の一撃で最初に得点をするけれど、しっかりとそれを受け止めてからは、徐々に土俵の真ん中に押し戻し、逆に相手を一気に土俵際に持っていくというのが、強いチームと弱いチームによくみる展開だ。
 しかし、そうはいかなかった。
 次のキックオフは22mを大きく超えて飛んでくる。そのボールを取った大野は蹴らずにしっかりと走って22m付近でラックを作る。そこからのボールは、蹴るべきだった。風下とはいえ、まだ同点だ。手堅くいくべきだった。しかし、僕らは、完璧なアタックで1トライ取ったこと、そして、風下に苦労していたことが合わさり、小道はここからの展開を選択する。相手の14番は大きく後ろに下がっている。13番との間には広大なギャップが広がっている。今度は、清隆から、笠原をダミーにして、仁田をアウトサイドセンターの外に走らせて、飛ばしパスをする。が、清隆からのパスは向かい風に煽られてしまい、仁田の背中を通り転々としてしまう。しかもあろうことか、相手の13番がつめたその目の前に、待ってましたとばかりに跳ね上がり、彼の胸にすっっぽりと収まってしまう。ブラインドウイングも、FBライン参加をしている。後ろには誰もいない。SHの岡野が猛然と13番に走りかかるが、無念夢想でインゴールに飛びこむ彼には追いつかなかった。
 普段はしない選択に、清隆の方が迷ってしまったように見えるパスだった。ようやく追いついたところを、あっけなく自分たちのミスで得点を献上してしまう。
 7-14。
 1本目と違い、ポール下に集まった僕らは、深刻な表情が並んだ。
「なんで蹴らないんだよ」
一太がぼそりと言う。あまり、試合中に誰かのプレーのことを個別に非難することは好ましくない、というか何の解決にもならない。僕らは、特にリーダークラスは、何度もそういうコーチングを受けてきた。そう言うのは、試合後のmtgでやるべきであり、トライさをれたあとは、次のプレー、この況に対してすべきことに集中しよう、と。
 しかし、17歳、18歳の僕らには、頭で分かっていても、出てしまう言葉はある。
「すまん」
小道が俯く。
「まずは敵陣いこう。それと、FWは、もっとFW周りをつこう。そこが一番嫌がるはずだから」

 スタンドで見ていた僕たちは、その様子を見ながらも、まだ心配はしていなかった。接点では確実に僕らが優っているし、セットプレーも、最初のラインアウト以外は確実に僕らが優っている。スクラムに至っては完璧に勝っている。そして、いざとなればバックスでもしっかり取れる。そう言う手応えは見えた。
 しかし、異様に感じたのは、大沢南の選手たちの方だった。1つ目のトライの時もそうだったのだけど、2つ目のトライ、展開的には、非常に重要な楔となるトライをしたときも、彼らは、誰一人、笑顔ひとつない。歓声すらない。スタンドで見ている、20人程度の部員からも、拍手はあっても、喜びの声も、歓声もない。監督も腕組みをしただけでにこりともしない。グラウンドのメンバーは、すぐに10m付近にもどり、一度小さく和を作って、何かを確認しあって、キックオフの位置へ散っていく。
 あるべきところに、あるべきものがない。そこには、確実に異質な何かがあった。それが、全員がしている喪章と関係があるだろうと言うことは、十分に察せられた。上から見ていても、何か不自然な空気感があって、いい感じはしなかった。

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