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【小説】40歳のラブレター(2)「新歓」

 あなたに初めて会ったのは僕が大学3年生の時で、あなたたちが僕たちのラグビーサークルのマネージャーとして新入生歓迎会に来た時だったと思います。

 高田馬場の駅前すぐの、大きくて汚くて、食べ物はひどい味のする、天井が壊れていて、同じようなサークルで占拠されている居酒屋で。そこはその前もその後もよく使いましたが、食べ物がどんなものだったか、ビールと日本酒以外にどんな飲み物があったのか、そしてだいたいいくら払っているのかすら僕は知らないです。結局知らないまま卒業しました。何故ならば、僕たちのお財布は飲み会の時はあなたがたマネージャーに預けているからですね。どうせ裸になって騒ぎ出すので、そうすると財布やら携帯やらを無くす人が続出するので。

 その初めての日にどんな話をしたのかは全く覚えていません。ただ、二次会にはあなたたちはこなくて、だけど、あなたの家と僕の家が近いので、次の練習に来る時にあなたを車でピックアップするように言われて(ちゃんとしている幹事がその辺を取り仕切ってくれていました)、それで次の火曜日にあなたを家の近くまで車で迎えに行くことになっていました。否応もなく引き受けたわけですが、さあ実際に迎えにいく、という段になって僕は結構どぎまぎしていました。何故ならば、女の子を車で迎えに行くと言うのは当時の僕にはなかなか緊張するものだったのです。

 緊張したと言うか、ちょっとためらったのにはもう一つ理由があって、僕の車はかなり年代物のトヨタのクレスタで、黒いスモークが張り巡らされ、車高は地面すれすれまでローダウンされ、タイヤは20インチまでインチアップして、マフラーからバリバリと音がなる、それはそれはいかがわしい車だったからですね。

 僕はガソリンスタンドでアルバイトをしていて、そこが随分おおらかなところだったので、暇な時間はいつも車をいじったり、お客さんがいらないという部品をもらったり、中古でとても安いパーツを買わせてもらったりしていて、そんなこんなであんな車になってしまっていました。あの日初めて、マフラーからブオンブオン音出して、女子しか住んでいない静かな学生寮の前につけたときは、正直言えば僕自身とても恥ずかしかったです。


 4月の後半で、GWがもうすぐという頃でした。僕たちは幹部学年の3年生で、一人でも多くの1年生を集めたい時期でした。だから1年生は男の子も女の子も、車で送迎できる子はできる限り迎えに行って、帰りは家に送り届けるというVIPサービスを展開していました。まあ、どこのサークルでも似たようなことをやっていました。特にマネージャー候補の女子は死守目標、みたいなのがあって(0だけは避けたい!という)僕たちも結構必死でした。

 ですから、僕はあなたに興味があったということではなくて、家が近いので送り迎え要員にならざるを得なかった、というのが実際のところです。なので、こんな車で迎えに行って引かれてしまうと困るなとい思いはかなりありました。それに、あなたがどんな感じの子だったかも、その時はほとんど記憶になかったのでなおさらです。

 あなたがこの時、僕が車で迎えに来たことをどう思っていたのか、聞いてみたいなと思っていましたが聞けませんでした。見ず知らずに等しい男が家の近くまで車で来て、来てみたら明らかに時代錯誤のいかがわしい車で、そういう状況を女の子がどう感じるものなのか、この歳になっても僕はまだわかりません。ドキドキしながら待っていたのか、めんどくさいなあ、家を知られるなんてやだな、と思っていたのか、それとも。そして、実際車を見てどう思ったのか。

 ともかくあなたは助手席に乗って、僕は運転席で、僕らにとってのスタンダードな慣れ親しんだ形に初めからすんなり収まったように感じています。道すがら、あと一人男の子をピックアップしていったけれど、なんかすごく自然にあなたは助手席にいたように感じたのを覚えています。まるでずっと前からいつもそこにいたかのように。

 練習場までの道はそれなりにあって、湖の近くの、細くてすれ違うのも厳しい道を70キロ以上出して走り抜け(危ないですね)、街道に出ると4車線で、主に右側の車線を走って飛ばして。4月の午後は、窓を開け放ってスピードを出して郊外をかけるにはとってもいい季節で。隣にはあなたがいて、よく行くボーリング場をすぎ、目の前には電波塔が見えて、その先の小さい道を右折する。右折して道なりにしばらく行くと練習場に着くわけですが、その道が、とてもさわやかというか、清々しいというか、とにかくいい気分だったのを覚えています。不思議なものですね。今でも春になるとあのタワーの見えるあの街道を、窓全開でタバコふかしながら走りたくなります。(タバコはやめましたが)

 知っての通り、僕は始めは、あなたたちの同期のAさんに好意を寄せていました。どうしてそう思ったのか、今となってはあまりはっきりとしたことは言えないのですが、要は顔が可愛かった、雰囲気が良かった、ちょっと謎めいた感じが良かった、というところでしょう。それについては、あなたも知っていて、でもそのことについてはあまり触れないでいたように思います。僕もあなたも。
 でも、彼女は僕が連れてきた高校のラグビー部の後輩のBと付き合うことになって、あっさりと僕はフラれたワケです。もちろん、僕らにとっては女の子にフラれることは、そんなに珍しいことではないのだけれども。それでも、自分で高校から連れてきた(それも結構、押して押して連れてきた)後輩に負けるなんて、なんだか情けない限りですが、不思議に当時はそんな気持ちはなくて、さっさとお酒を飲んで、さあ次へ次へという感じでした。

 あなたもAさんもBも大学はみんな違いますが、同じサークルの同学年ということになります。皆さんの1年の時の3年が僕になるわけですが、今思うと、あなたたちが入りたてのマネージャーに手をつけるというか、想いを寄せている3年をどんな目で見ていたのか、今思うとちょっと怖いですね。俯瞰してみると、新入生の女の子を狙う、よくいるしょうもない男です。僕は。でも、そんなふうに思ったのは、本当に今、こうして書いてみて初めて思い当たりました。そういう点では、僕は純粋な害のない男です。


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