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苦手なことを仕事にする!・・・毎日100人以上の人に関わる?

幼児教育の専門学校を卒業したのに、結局専門職では就職せず一般企業に就職したのが40年前。百貨店でコーヒーを販売していました。

その頃はとっても引っ込み思案で、子どもたちと直で遊ぶにはまったく不都合は感じていませんでしたが、大人ときちんと話したり、コミュニケーションをとるのがとっても苦手で、なかなか就職試験にも受からず、もっと自分自身を成長させないと専門職にはつけないなあという結論を出し、その頃の求人誌だったかな・・・を頼りに一般職に進みました。まあ、こちらも事務を希望していたのにそこは決まってしまっていたので、販売ならということで人と話の出来ない私ができるかどうかは不安でしたが、逆に話さざるを得ない状況に追い込んだ方がよいかもと入れていただくことにしました。

今考えればとっても子どもだったのですが、たまたま比較的若い会社で、直の上司も20代後半、その上の方も30代半ば、同じ会社の同僚も若いし、食品売り場の周りの方も同世代もいて、なんとか滑り出したという感じの始まりでした。

毎日のレジ締めで客数を見ると、毎日100人以上の人と接しているんだと内心驚いていました。カウンターでコーヒーを淹れていたので、お客様とお話をさせていただくことも多く、いろんな方がいらっしゃるなあという社会勉強もたくさんさせていただきました。バブルの時代で、その恩恵を感じることは少なかったのですが、それでも今考えるといい時代だったなあと思います。

2年目からは販売でもほかのお店の休み交代などにも行くようになり、ほかの百貨店のルールに驚いたり、社食の違いなんかも楽しんでいました。その後所属のお店が変わったりして、3年目に事務職に移りました。

まだ昭和の時代で、伝票なども手書きな部分もありながらちょっとだけ端末が入ってきたころ。いつバグるかわからない危うさの中で毎日仕事していました。このころは、同僚とか直接の上司も変わって、ちょっとやりにくいなあと感じていたころ。デパートの派手な感じもなく、そして事務仕事も基本的なことを教えられないまま対処療法的な仕事の仕方で、全体的なことや先のことを見ずに仕事していた感じでしたね。

販売苦手!!と思っていたのに事務もなかなか難しくて、いっぱい仕事ためちゃったりしてこれまた向いていないとしたら、私には何が向いているのでしょう・・・と思いながら、ちょうど7年目に退職しました。

まあ、この退職もいろいろいわくつきで、入社以来、一番いやな時期だったなあ・・・このころの直属の上司にはいまだに不信感しかない!!って言ったらその頃の人たちに驚かれるかなあ。まあ良くも悪くもそのせいで「辞める!!」ってきっぱり言えたんだけど、その後しばらくアルバイトとして働くことになったんだなあ。

でも、この会社には本当に感謝していて、その後いくつかの会社で働かせていただきましたが、やっぱり最初の会社ってずうっといいことだけが残っているような気がします(退職の時の嫌な思いは別にして)。私の仕事歴には、苦手なことを仕事にするということと、人に恵まれていていまだに付き合ってくれている人がいるってことになった原点であります。


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